#13 コットン@羞恥のメイドごっこ



カレーを作るに当たって、班の四人で作業分担をすることになった。俺は薪割り担当で、高山景虎たかやまかげとらが水くみ。砂川美保すなかわみほさんはキャンプ場管理棟から調理器具を持ち出し、霧島さんもやはり管理棟から食材運びとそれぞれの役割が与えられた。薪割りはともかく、水くみは理不尽だと高山が叫んでいる。



「仕方ないだろ。水道が一箇所にしかないんだから」

「普通、料理するんだから水道くらい付けるじゃん。なんで、こんなことしなきゃなんねーの」

「いいから早く行けッ!!」



砂川さんに尻を蹴られながら、高山は蛇腹のポリタンクを片手に水道に向かった。料理場にはレンガで作られた焚き火台と大人数用のテーブルがいくつか並んでいて、普段はここでキャンプをするのだろう。水道がないために、“必ず水を汲んでから火を起こすこと”と立て看板がある。班のメンバーで連携してミッションをクリアしろということか。



ナタで薪を割っていると、となりの男子が汗だくになりながら俺の方に駆け寄ってきた。



「並木、お前うまいな。コツとかあるの?」

「ああ。まず軽く切れ目を入れて、一気に割るんじゃなくてナタを食い込ませるように、こうやって、最後は力を入れずに重力に従って振り下ろすだけ」



二、三回振り下ろすと真っ二つに割れる。繰り返してやっていくとちょうど良い大きさの薪が出来上がる。



「すげえな。手際良すぎだろ。並木はキャンプとかよく行くの?」

「いや。バイトで」

「薪割りバイトとかあるのッ!? すげえな」



いつの間にか男子から女子までぞろぞろと集まってきて、薪割りの講義をする羽目になった。ここで問題が一つある。季節的に湿気が多く、割ったばかりの薪だと火種がないとなかなか火がつきにくい。おそらくこれも意図的なもので、俺たちは林間学校という枠組みのなかで試されている。“連携、協力、相談をしながら困難を乗り越える”。これが条島高校の林間学校のテーマらしい。



「はひ〜〜〜水汲んできた。ってみんな集まってなにしてんの?」

「お、景虎おっつ。並木に薪割り教わってたんだけど、なんか問題発生らしいぞ」

「マジ?」



高山が寄ってきて、「なになに」と興味津々で、俺が組み上げた薪を覗き込んだ。先生から手渡されたのはマッチだけ。これでどうしろというのか。



「食材もってきたよ〜〜〜」

「ああ、まゆっちおつかれ」

「景虎、どうしたの?」

「なかなか火がつかないらしいぜ。それよりも、お前の彼氏、薪割りの神らしいよ」

「え? 薪割り?」

「料理もできて薪割りも上手いとなると、いい旦那になるんじゃないか?」

「……い、いやぁ」



薪割りができても、現代社会ではあまり役に立たないだろう。家を建てて、薪ストーブでもしつらえるなら話は別だろうが。



そんな会話を背中で聞きながら、食材にピンときた。



「霧島さん、食材に油はあったか?」

「待って。えっと、あった。サラダ油でいい?」

「ああ、大丈夫。それと誰か女子でコットンが余ってたら欲しいんだが」



霧島さんがバッグからコットンを取り出して渡してくれた。他の女子も協力してくれて、数枚のコットンが集まった。そのコットンをサラダ油で浸して、なるべく乾いている薪を組んでマッチを落とすとコットンが燃え上がり、それが火種となって薪に引火する。その火で残りの薪を乾かすように置いて一段落。



「すげえな。並木、こっちもお願いできる?」

「ああ、わかった」



同じ方法で隣の班やら、その隣の班の火を起こして薪を乾かす。いつの間にか合流した砂川さんは高山の汲んできた水で調理器具を洗っていて、チャラい割には仕事をする子だと思った。霧島さんと高山は食材を洗っていて、そうしているうちに水はあっという間に枯渇する。



「景虎、水もういっちょ」

「また俺かよぉ〜〜〜〜」



霧島さんにポリタンクを渡されて、弱音を吐きながらも高山は再びポリタンクを持って水道に走った。なかなか良いチームワークだ。他の班は揉めているところもあるが、うちの班は結束力がある感じがする。



「並木マジで尊敬する。ありがとな」

「ん。じゃあ、俺は戻るから」



自分の班のテーブルに戻ると、霧島さんがニンジンを切っていた。砂川さんは料理が得意ではないらしく、霧島さんの指示どおりに玉ねぎの皮を剥いている。お約束どおりに涙をボロボロ流していて、なかなかシュールな図が出来上がっていた。



「並木くん、じゃがいもお願いしていい?」

「ん。いいよ」



霧島さんに手渡された、紙袋に入ったじゃがいも五つの皮を剥き、水の到着を待つ。すると高山が息を切らして帰ってきた。さっそくじゃがいもを水で洗って、ボウルに入れておく。飯盒はんごう二つにそれぞれ米を二合ずつ、合計四合を炊くことにした。女子二人がどれくらい食べるか分からなかったけど(霧島さんは少食だけど砂川さんは不明)、飯盒だと焦げ付く可能性があるから、多めに炊いておいた方がいいだろう。



「砂川さん、飯盒に二合の米が入っているから、計量カップで四〇〇ぴったりで水入れて」

「計量カップ……この線でいいんだよね?」

「そう。そこでいい。俺は他の班の火の加減見てくるから、米を頼んでいいか?」

「……うん。おけまるー。米はあたしとまゆっちで責任持って見ておく!」



砂川さんは自信なさげだけど、本人が大丈夫というから任せることにした。 



「並木くん」

「ん?」



霧島さんに呼び止められた。霧島さんに手を引かれて木陰に連れて行かれる。そして、俺の右半身に擦り寄り、俺の耳に手を当てて、「かっこいいぞ」と囁いた。



「え? どの辺が?」

「火起こしとか。米とか」

「ん。ありがと」

「並木もちゃんと甘やかさないとねっ!」

「俺はいい」

「よくない」

「いいって」

「意趣返しされて、気分はどう?」

「……別に」

「なんで顔伏せるの? ちゃんとわたしに見せて?」



別に照れているわけではない。ただ、火を起こしたときに思ったよりも顔に熱を帯びただけだ。それで火照っているだけ。それを照れと勘違いされるのは嫌なだけだ。霧島さんに馬鹿にされるのが目に見えている。



「あ~~~並木、耳赤いじゃん」

「……かくない」

「隠さなくてもいいよ。ほら、みんな作業に集中してるから」

「だから違うって」

「あ。またメイドごっこしちゃう?」



ここで?

霧島さんには羞恥心がないのだろうか。別に俺はなんとも思わないが、さすがに偽装交際を見せつける目的だとしてもやりすぎだろう。しかも今はそれどころではない。だが、霧島さんは俺の右手を引き、上目遣いで、



「ご主人さま~~~。麻友菜……帰るまで我慢できないですぅ~~~」

「……いや。あのな」



なにが我慢できないのか。よく分からないが、カレー作りの真っ最中で、すぐ向こう側にはクラスメイトから他のクラスの生徒まで、たくさんいることを忘れていないか?

この会話を聞かれたら、それこそ恥ずかしい思いをするのは霧島さんじゃないか?



「でも、おあずけ」

「……なにを?」



霧島さんはまた俺の耳に手を当て、



「またいっぱいサービスしちゃいますねっ!」



と小声で囁いた。さっきよりも吐息がぬるく、耳をくすぐるように霧島さんはわざと息を吐いた——のだと思う。



俺から一歩離れた霧島さんは、またクラスでの顔に戻り、「じゃあ」と言って火にかけた飯盒の方に戻っていく。



まだ耳元に霧島さんの吐息の感触が残っている。近くに知り合いがたくさんいる状況下で、今のメイドごっこはかなりヤバかった。はじめて女の子にドキドキしたかもしれない。だからなのか、霧島さんの言葉の一言一句が頭の片隅にこびり付いていて離れない。高鳴って止まらない鼓動を落ち着かせるために一度深呼吸をしてから、俺は再び動き出した。



「並木、米って飯盒でどうやって炊くんだ?」

「それは、計量カップで」



そもそもカレーを作るレシピを知らない班まであって、なぜか俺が教える羽目になった。もっと酷い班は野菜の切り方を知らず、絶対に煮えないサイズのニンジンを鍋に入れようとしていた。あとは肉を最後に入れようとしている班もあった。



あっちもこっちもてんやわんやで、学級委員がこんなに大変だとは思わなかった。



「おつかれ。並木、大活躍じゃね」

「景虎とは違うべ。並木はうちのヒロインのカレピだかんね」

「わたしは関係ないよ~~~。もともと並木くんがすごい人なの」

「ほら、まゆっちは彼氏バカになっちゃった」

「ミホルラも見習えや」

「景虎には無理っしょ」



鍋にはすでに水が張ってあった。違う。そうじゃない。



「この水一旦捨てるから、高山は水汲んできてもらっていいか?」

「は? はぁぁ? なんで? カレーだろ」

「まずは肉を炒めて、焼けたらそこにニンジンと玉ねぎを入れて柔らかくなってから水を入れる」

「マジか……」



高山は三回目の水汲みに行くことになった。その間、鍋に油を引き豚肉を入れて火にかける。ジュウジュウと音を立てて肉が焼けてきたら、ニンジンと玉ねぎを入れてさらに炒めていく。



「玉ねぎがきつね色になってきたから、水を入れたいんだが高山遅いな」

「へばってるからね。あれでサッカー部ってワロス」

「ミホルラって景虎に当たりが強いよ。もうちょっとねぎらってあげればいいのに」

「まゆっちみたいに?」

「いや、わたしは……」

「まゆっちって並木のこと好き好きオーラが出てて半端ないよ? あいつの場合はドMだから、あたしが同じように優しくしたら溶けると思う」



溶けるとはどういう状況なんだろう。そう思いながらも、鍋を持ち上げて水の到着を待つ。するとヘトヘトになった景虎が「おまたせ」と言ってポリタンクを置き、膝に手を付いた。鍋に水を入れて、再び火をかければあとは当分やることがない。



「あ、そうだ。これ持ってきたんだ」

「マシュマロ?」

「うん。この前美味しかっ——あ」



霧島さんがしまった、と顔に出したときにはすでに遅く、砂川さんと高山が「この前?」と食いついてきた。別に隠すことじゃないし、言ってもいいと思うんだけど霧島さんは「なんでもないです」と顔を伏せる。



「この前のこと詳しく聞こうか。なあ、ミホルラさん」

「うんうん。景虎。まゆっちの尋問の時間が来たようだ」



霧島さんが二人にぐいぐいと質問責めに合っている間に、俺はマシュマロを割り箸に刺して焼いていく。この前の残りだが在庫は十分にある。ステンレス串は持ってきていないが、割り箸で十分だろう。



「マシュマロとか最高かよ。良い匂い〜〜〜並木、あたしも一個ちょうだい」

「ん。砂川さん、どうぞ」

「今度あたし達もバーベキュー誘ってよ。食材はちゃんと持っていくから」

「今度な」

「この前のカラオケもなかなか楽しかったし、また遊ぼうよ」



砂川さんはそう言って、マシュマロを口に含んだ。林間学校に来る前に俺と霧島さん、砂川さんと高山の四人でカラオケに行ったが、三人のテンションについていけず、俺は一人でソフトドリンクを飲んでいた。でも、楽しそうな霧島さんを見ていたらなぜか俺も楽しくなった。霧島さんは不思議な人だ。



「霧島さんもどうぞ」

「ありがとう~~~マシュマロやっぱりおいしいねっ!」



霧島さんは陽キャモード全開で二つ目のマシュマロを焼き始めた。そして、三個、四個と焼いてはクラス中に配って、笑顔を振りまいている。みんなに声を掛ける際にその人に合わせた会話をして、すごい人だと思う。クラスメイトや他のクラスの人まで、性格を網羅していそうだ。



しかし、なにが霧島さんをそうさせているのだろう。素の霧島さんは十分すぎるほど魅力的で可愛いし、誰からも好かれるキャラをしていると思う。霧島さんには霧島さんの良いところがあって、今の演じた霧島さんもいいけど、素の霧島さんはもっといいのに。



戻ってきた霧島さんは「お腹すいた」と言って、俺にもみんなと変わらない霧島さんのまま笑顔を見せた。






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