#08 ドライフラワー@モデルなカノジョ


今日は並木の欲求を果たすことになった。欲求といってもイヤラシイことじゃなくて、わたしが被写体をするだけ。生まれてからモデルなんてしたこともないし、どうやっていいのか分からない。並木はそれでもわたしを撮りたいと言ってくれた。



待ち合わせ場所に行くとすでに並木はカメラを構えていて、風景を撮影していた。この前のコンパクトカメラじゃなくて、なんだかレトロでデザイン性の高いカメラを持っている。



「おまたせ」

「ああ、霧島さん。おはよう」

「うん、おはよう。そのカメラかっこいいねっ!」

「ああ、これか? あまり持ち出さないんだけど、バイト代貯めて買ったやつ」

「そうなんだ。大事なカメラ?」

「大事っていえばそうだな。勝負カメラってやつ。ライカのM6ってレンジファインダーカメラ」

「レンジファインダー?」

「距離計が付いていて、二重像が重なったところでシャッターを切ると、ピントが合う。レンズはアポズミクロン35mmだから立体感はすごいと思う」

「えっと」



また饒舌になって話し始める並木に少し戸惑う。話がマニアックすぎてついていけないこともあるけど、話に熱が籠もっていていつもの並木からは想像がつかないというか。そういえば、この前買い物に行ったとき、わたしを撮ってくれたときもハイテンションだった。なにかに熱中している人は嫌いじゃない。並木の話を理解して、流すんじゃなくてちゃんと答えたい。今度、写真とかカメラについて調べてみよう。



「行こうか」

「うん。ところでどこで撮るの?」

「もちろん二番街で」

「だと思った。コーデはコレで良かったの?」

「ああ、ばっちり」

「よかった」



指定はロングスカートのワンピースで、なるべく柄物。なければ並木が用意すると言っていたけど、クローゼットを探していたら一回しか着用していない花柄のワンピースを見つけた。ウェストを絞れるタイプのワンピースで、黒をベースに白い花が無数に描かれている。



「美容室でセットするって言ってたけど、それも二番街?」

「ん。バイトの納品先なんだけど」



並木に付いていくと、行き先はやっぱり二番街の中にある美容室で、ここでメイクとヘアアレンジをしてもらうのだろう。しかし、店内に一歩踏み入れると違和感しかない。とにかく派手で、まるでドラマの中で見るキャバクラみたいだ。美容師さんもキャバ嬢みたいな人で、本当に美容室なのか疑わしい。



「よ。春輝。それでその子? もしかして彼女?」

「違う。あ、違わない」

「どっちだよ。名前は?」

「霧島麻友菜です。今日は、よろしくお願いします」

「良いね。素材としてかなり良いよ。それでどうしたい?」

「キレイにしてほしい」

「春輝はこれだから。今でも十分にキレイでしょ。そうじゃなくて、コンセプトをどうするかって訊いてんの」

「じゃあ、プリンセスで」



プリンセスってどういうこと?

プリンセスって聞くと、わたしはディズナーしか思い浮かばない。ドレス姿で笑顔で手を振るあのプリンセス?



「いや、それじゃキャバ嬢じゃねーか。写真撮るんだろ。なら変に作り込まないで、この素晴らしい素材生かしたほうがいいぞ。そうだな。異世界ファンタジーに迷い込んだ転生美少女。いいね!」



なんだそれ。美容師のお姉さんのコンセプトも分かりにくい。言葉を聞いただけじゃ全然想像つかないって。



「ん。じゃあ、それで」

「麻友菜ちゃん、髪質改善とセット、それにメイクするけどいい?」

「はいっ! お願いします」



それで一時間以上掛けて髪質改善をして、ヘッドスパまで付けてくれた。さらに丁寧なブローを終えて最後にメイクをしてもらう。誰かにメイクをしてもらうなんてはじめてだから、少しだけ緊張した。こんなに至れり尽くせりでいいのかと不安になる。



「麻友菜ちゃん、どう?」



鏡に映る自分を見ると、あまりの髪の綺麗さに驚愕した。絶対に自分じゃできないようなメイクが施されていて、自分が自分じゃないみたい。あまりの変貌ぶりに夢じゃないかと思ってしまう。



今まで以上にツヤツヤな髪の毛になっていて、さらに真っ直ぐで指でくしけずると気持ち良いくらいに指通りが良い。



「春輝、吹雪さんによろしく」

「ああ。金はこれだけでいいのか?」

「いいよ。一万でも多いくらいだからな」

「い、一万?」

「破格だろ。さて、いくか」



高校生にしたらかなりの出費だと思う。わたしのためにそれを出してしまう並木もとんでもない太っ腹だ。髪質改善とヘアアレジ、メイクで一万円は安いのかもしれないけど、写真撮影のためにそこまでするなんて、すごすぎる。



「霧島さん、ちょっと待って。うちの店に寄っていい?」

「うん。いいけど」



美容室から少し歩くとお花屋さんが見えた。ここが並木のバイトしている花屋か。午前中は店を開けていないらしくシャッターが閉まっていた。細い横道を抜けて裏通りに出ると、お店の反対側に扉があり、中に入る並木に付いていく。お店の中は百合の香り、それに薔薇となにかの花の甘い匂い。



「あ? なにしてんだ?」

「ああ、吹雪さんいたんだ。ちょっとドライフラワー取りに」

「そうか。ん? そっちは?」

「彼女」



この人が並木の父親代わりだっていう吹雪さん……。思っていた以上に年齢は若そう。まだ四〇前半くらいに見える。白いパーカーに黒いナイロンパンツを穿いたどこにでもいそうな人。けれど、滲み出るオーラが普通ではない。長い髪を後ろに一本に縛っていて(並木と同じだ!)、フードと襟の隙間から見える龍の絵が少しだけ怖い。わたしを助けてくれた並木と一緒にいた、クロさんとかいう人と同じタトゥーだと思う。



「えぇ? 春輝、お前彼女なんていたのか?」

「はじめまして。霧島麻友菜です」

「お、おう。山崎吹雪だ。礼儀正しいな」

「吹雪さんはここでなにを?」

「ああ、たまには秋子に花でもと思ってな」

「母さんに? それは喜ぶだろうね」

「だろ。あ、麻友菜ちゃん」

「はい?」

「春輝をよろしくな。こいつは俺が育てたリーサル・ウェポンだからな」

「意味が分からない。吹雪さん、苦戦しているなら俺が花作ろうか?」

「お。やってくれるか?」



並木はガラスケースの中の花を見繕った。色とりどりの花の茎をハサミで切り落とし輪ゴムで縛り、アルミホイルで保水する。最後にと透明なフィルムと黄色い紙を巻いて、あっという間に花束ができあがった。並木ってすごい。花のチョイスもすごく素敵。こんな花束もらったら、わたしなら嬉しくて泣きそうになるかもしれない。



「ありがとよ。じゃあ、デート楽しめよ」

「ああ。吹雪さんも」



吹雪さんは、後ろ姿のまま左手を上げて振り、並木にこしらえてもらった花束を右手に抱えながらビル陰の向こう側に消えていった。



「待たせてごめん。行こうか」



並木は壁にいくつも掛かっていたドライフラワーの花束二一つを手にした。淡い紫の薔薇やかすみ草、それから名前が分からないいくつかの種類の花が束になったドライフラワーで、言われてみればわたしの今日のコーデに合うような気がする。



「吹雪さんがリーサルウェポンとか言っていたけど?」

「色々教えてもらったんだ。どうでもいい知識から、料理まで。勉強は必須ではないができたほうがいいって言われて、そのとおりにしてる」

「そっか」



吹雪さんを見る並木の目はキラキラしていた。多分、吹雪さんに憧れているんだろう。父親がいない並木にとって、吹雪さんは父親代わりだと言っていた。並木がどうして長髪なのか、あまり他人の領域に足を踏み込みすぎるのはよくないと思っていたけど、並木のことが少しだけ知ることができた気がする。



憧れる人がいて羨ましいって純粋に思った。



次に向かった先は裏通りだった。細い路地で、そのほとんどが日陰になっている。けれど一箇所だけ光が差す場所があって、その影に半身を沈めるように立つ。顔の右半分は光り。左半分は影。そこで並木はわたしにドライフラワーの花束をわたして、胸の前で抱えるように指示する。そして、言われたとおりにすると、「霧島さん、実は言いたいことがあるんだ」と並木は口を開いた。



「なに?」



並木はカメラの左上に付いているファインダーに右目を付けていて、どこかうつろな左目がこっちを見ている。並木が少しだけ寂しそうに見えた。



「俺、一ヶ月後に死ぬんだ」

「えっ……?」



並木が死ぬ?

しかも一ヶ月後に?

突然の告白に混乱する。そして押し寄せてくる闇のような感情に訳が分からなくなる。並木が死ぬということは、現在闘病中なのか。それなのにこんなところにいて大丈夫なのか。悲しくなって、どうしていいか分からなくなる。



カチッという音がシャッターを切った音だと気付くまで、少しだけ時間がかかった。



「まあ、嘘だけど」

「……え?」

「ごめん。嘘。死ぬ要素はまったくない」

「バカッ!! なんて嘘つくのよ。本気にしたじゃん」

「でも、すごく良い表情撮れた。霧島さんって、普段は陽キャでいつも笑っているイメージあるから、悲しげな顔撮りたいって思ったんだ」

「それならそうと言ってよ」

「でも、そんな顔できる?」



悲しい表情を作れと言われたら、確かに自信はないかもしれない。笑うことは得意だけど、悲しい顔をするのは苦手だ。実際に悲しいことがあればそうなるだろうけど、演じろと言われれば難しいと思う。だからって、一ヶ月後死ぬとかナシだ。反則すぎる。



「できないけど……」

「ごめん、もうしない。今度は笑顔の写真を撮ろうか」

「……なんだか調子いいな」

「そう言うなって」



でも並木は楽しそうだった。普段はあまり見せない笑顔を見せてくれた。次にやったら許してあげないと思う反面、また並木のそんな顔が見たいと思っている自分がいることに気づく。今度はちゃんと悲しい顔を演じられるようにするから、そういう嘘はやめてほしいな。



次に連れて行かれたのは……キャバクラだった。こういう華やかなお店に入るのははじめて。並木が電気を点けると壁はすべてガラス張りで、キラキラしたガラスのシャンデリアが葡萄のように、いくつも天井からぶら下がっている。テーブルは曇り一つなく輝き、カウンターの向こうには高そうなお酒が並んでいた。



「勝手に入って大丈夫なの?」

「うちの母親の店だから。許可はもらってる。霧島さん、そこに立って」

「ここ?」

「そう」



立ってと言われたのはソファの上だった。靴を脱いでソファに立ち、ドライフラワーで顔の下半分を遮る。真顔になって、というフォトグラファー並木の言うとおりにする。並木は少し離れてシャッターを切った。



「なんだか服装と場所がアンバランスだね」

「それがいいと思って」

「よく分かんないけど、並木がいいって言うならいいよ」



ガチャっと奥の扉が開いて、眠そうな女の人が入ってきた。メイクはしていないみたいだけど、とんでもなくキレイな人だった。一目で分かるのはキャバ嬢だということ。すっぴんでその顔は、もはや神から与えられたギフトなんじゃないだろうか。嫉妬してしまうくらいに綺麗な人だった。



「なんだ、春輝か」

「起こしてすみません」

「いいって。あたしは寝るから、鍵はいつものとこに。ん、その子彼女?」

「そうですね」

「なかなか良いじゃん。でも、みんな嫉妬するよ。内緒にしておくから言っちゃダメよ?」

「ん。どういう意味です?」

「そのまんまだよ。ふぁぁ~~~眠い。じゃあね。おやすみ」

「おやすみなさい」



みんな嫉妬する?

みんなというのはキャバ嬢たちが?

並木に?

それって、並木がモテることを示唆していない?

……いや、状況が手に取るように分かる。クララさん状態の人が大量発生していないことを願う。いや、本当に。



それから数パターンの写真を撮って、並木はフィルムを巻き上げてカメラから取り出して、新しいフィルムをセットした。



キャバクラでの撮影が終わると、次は雑居ビルに向かうと並木は言う。



「さっきの人、すごくキレイな人だったね」

「ああ、あの人、この街で人気ナンバーワンのキャバ嬢だな」

「えっ」



どうりで雰囲気が違うと思った。そんな人とも知り合いだなんて、やっぱり並木は只者じゃない。クララさんと別の方向の綺麗さを追求していて、眩しすぎて直視できなかった。



雑居ビルの中に入るともろに風俗店だった。沢山の女の人とすれ違い、その都度並木は声を掛けられた。中にはわざわざ店の中から下着姿で現れた人もいて、わたしは驚きを通り過ぎて固まってしまった。



その雑居ビルの屋上で風に吹かれながら撮影をして、もう一件違うお店に寄って撮影をし、今日のところは終了となった。



「今日はありがとうな。写真は現像してあとでデータで渡すから」

「うん。楽しみにしてる。あの」

「ん?」

「並木は……偽装交際の条件って、本当に写真の被写体だけでいいの?」

「どういう意味?」

「他に条件を……追加してもいいかなって」

「……十分だよ」



並木は写真について話すとき、普段よりも熱心なのを思い出した。きっと写真が好きで、撮りたいという欲が強い。それに今日一日で色々な人と会う機会があって分かったことがある。美容師さんに吹雪さん、それに人気ナンバーワンのキャバ嬢。この二番街が並木にとっての故郷で、愛すべき場所で、並木もその街に愛されている。



その切り取りたい景色の中にわたしを溶け込ませて、写真を収めてくれることはわたしにとって光栄なことだし、並木もきっとわたしを特別視してくれている。そう、並木にとってこの街は特別なのだ。



「そっか。並木、また撮ってくれる?」

「ん。当たり前だ。むしろこっちが礼を言いたいくらい」

「よかった」



写真が出来上がるのが楽しみ。



並木が嬉しいとわたしも嬉しい。だから、今日一日わたしは幸せだった。いつも無愛想なのに、写真を撮るときだけは少しだけ笑顔を見せてくれる。



その笑顔を思い出すと……。



今まで会っていたのに、すぐに会いたくなる。



そうだ。今日もラインで通話お願いしよう。




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