#07 BBQマシュマロ@メイドごっこ



買い物を終えて、その流れで俺の家に遊びにきた霧島さんは、こんな風俗街の一角にあるアパートで、直火でマシュマロなんて焼けるのかと半信半疑のようだった。むしろ、マシュマロだけじゃなくて、肉とか野菜も焼けると言っても一向に信じてくれない。



「この狭い階段に続きがあるなんて、雑居ビルにもほどがあるって」

「屋上だよ」

「このビルに屋上があるの?」

「一応。階段は一見怪しいけど」



二番街のとなり町は、多国籍の人たちが多く暮らしているために住宅街のためにスーパーも多い。帰ってくる途中にそこで肉と野菜を大量に買ってきた。山盛りのスーパーの袋を持った高校生カップルが二番街にいるのは、違和感しかないのだろう。客引きのお兄さんは目を丸くし、ガールズバーの店員に関しては「お兄さん、買い出し?」なんて訊いてきたくらいだ。



うちのビルの屋上でたまにイベントの打ち上げをすることがある。風俗店のイベントのお疲れ様会らしく、俺はまったくの無関係なのに呼び出される。俺は料理がうまいからと重宝されているのだとか。クミさんが言っていた。



「炭もコンロもあるから、夕飯はここで済ませていいか?」

「夕飯いつもありがとう」

「俺も一人よりは話し相手がいるほうが楽しいからな」

「それにしても……なんか屋上っていうわりには……ゴージャスすぎない?」

「ん。まあ、金は掛けてるから」



外観のボロさとは裏腹に、屋上には大きめのターフが設えており、その中には屋外用のソファが置かれている。また、木目の壁で仕切られた向こうには、なんと水着用の露天風呂。床は人工芝で、いくつか観葉植物が置かれている。そして中心には大きめのコンロが三つ。アウトドア用のイスが隅に三〇脚くらい畳まれていた。



「パリピだ……こんな場所でこんなことしてるなんて」

「まあ、そういう世界だから。さて、火を起こすか」



炭をやぐらのように立てて真ん中に着火剤を置き、ライターで火をつける。パチパチと音がしてバーベキューコンロの中で火が踊り始める。そしてしばらくすると炭が赤く染まっていく。



「慣れてるね」

「霧島さんはバーベキューしない?」

「家族でキャンプ行ったのって小学生の頃だし、今はやらないかな」

「友達とも?」

「移動手段がないから、色々と運搬大変でしょ」

「じゃあ、今度うちでみんなとやるか?」

「みんな?」

「高山と砂川さんあたり誘って」

「いいかもね。並木のギャップにみんな驚くとは思うけど」



マシュマロをステンレスの串に刺してさっそく焼いてみる。くるくる回してあぶっていくときつね色になり、すぐに食べ頃だ。



「霧島さん、どうぞ」

「ありがと~~~」



ふぅふぅしてマシュマロを口にした霧島さんが破顔した。よほどおいしかったらしく、今度は自分で串にマシュマロを刺して炙り始める。けれど、火の中に突っ込みすぎて真っ黒になった。そして溶けてしまい慌てて引っ込めても後の祭り。半分スライムのようになってしまい、霧島さんはうなっている。



「中に突っ込みすぎたな」

「加減間違えちゃった」

「ん。俺のやるよ」

「もう一回やってみる。なかなか奥が深いね」



俺のあげたマシュマロは上手に焼けて、先程のスライムマシュマロのリベンジはうまくいったようだ。霧島さんはドヤ顔をして「どうだっ!」と俺にマシュマロを突き出す。仕草がいちいち可愛いな。



「麻友菜特製マシュマロ食べてみて」

「俺が?」

「うん。ほら」



差し出されたマシュマロを口で串から引っこ抜いて咥えると、甘い香りが口の中に広がる。まろやかで脳が満たされる感じ。久々に食べたけど美味い。



「どう?」

「おいしいよ。霧島さんが焼いてくれたマシュマロ、絶妙な焼き加減だな」

「ほんと?」

「ん。ほんと」



おだてているわけじゃなくて、本当に美味しかった。焼きすぎず焼き足りないこともなく、表面も柔らかいけど、中身がトロッとして高級店のデザートみたいだった。よくできたな、と何気なく頭を撫でると霧島さんはなぜかうつむいてしまった。髪が乱れない程度に優しく撫でたつもりだったが、失敗だったか。



「悪い。調子に乗って彼氏ぶりすぎた」

「……ううん。褒めてくれたんだよね?」

「ん。彼氏なら褒めるとき、こんな感じなんだろ?」

「分かんない。彼氏いたことないから。でも、多分そんな感じ。イヤじゃないよ」



彼氏がいたことがない?

そうだったのか?

霧島さんなら今まで彼氏がいてもおかしくないと勝手に思っていたが、意外だった。

そういえば、今までの会話でもそんなニュアンスを滲ませていたような気もする。



「でも髪触られて嬉しくないよな。ごめん。もうしない」

「——イヤ。もっと褒めてほしいし、がんばったときはもっと……撫でてほしい。ダメ?」

「……分かった」



妙に可愛い。霧島さんはまるですり寄ってくるおねだり上手の猫のような、そんな雰囲気だ。でも、これは偽装彼女を演じているためであって、本心ではないだろう。誰もいないのにそんなに役柄に没頭しなくてもいいのに。



「じゃ、もっと焼くね」



それからしばらく、霧島さんは鼻歌を歌いがながらマシュマロを焼いてくれた。学校で見せるような、仕方なく笑っている顔でもない。素をさらけ出した上での笑顔で、霧島さんは心から笑ってくれているような気がした。あくまでも俺の主観でしかないけど、なんとなくそう思う。この前のカラオケと同じ顔だ。



楽しそうな霧島さんを見ていると、胸の奥がトクンっと動いた気がした。今のは……なんだ?




「そろそろ肉とか野菜も焼こうか」

「しょっぱいの食べたいよね」



コンロに鉄板を乗せて、冷蔵庫(屋上にも設置してある)にしまっておいた具材を取り出した。具材は牛肉とスライスした玉ねぎ、それから前回の風俗嬢としたバーベキューの際に作った、並木特製のネギ塩ダレの余りが冷蔵庫に入っていたことを思い出して、豚のロース肉を浸す。



じゅう〜〜〜という音とともに良い匂いが漂う。



「おいしそう」

「これ焼けてる。お皿出して」

「うん。はいっ!」

「霧島さん太らせなくちゃいけないから、いっぱい焼かないと」

「だからぶっ飛ばすよ?」



ふぅーふぅーと息をかけて冷ました、ねぎ塩豚ロースを口に入れた霧島さんは、「美味し〜〜〜」と絶賛してくれた。霧島さんの空いた皿にどんどんねぎ塩豚ロースを乗せていく。美味しそうに食べてくれるから、ついつい焼きすぎてしまう。



「飲み物は? コーラにジンジャーエール。紅茶、緑茶、水、エナドリ、なんでもあるけど?」

「そういえば、さっきから気になっていたんだけど、ここに冷蔵庫まであるの?」

「ん。バーベキューは夏場にやるから、どうせなら冷蔵庫置こうってことになって、吹雪さんが買ったらしい。屋根付いてるし、雨ざらしではないから安心していい」

「なんだか至れり尽くせりで悪いよ」

「気にするな。霧島さんが飲まないと俺も飲みにくいだろ」

「そっか。じゃあ、緑茶で」

「ん。どうぞ」



霧島さんにお茶のペットボトルを手渡して、今度は野菜も焼いていく。ピーマンに玉ねぎ。それから三分の一に切ったトウモロコシが冷蔵庫に入っていたから、醤油を掛けて鉄板の上に転がす。焦がし醤油のトウモロコシの匂いのパンチ力は半端じゃなかった。



「やばッ!! 野菜すら普通においしい。タレってもしかして市販じゃなくて、手作り?」

「ん。よく分かったな。それも俺の特製タレ。色々と試行錯誤して作った自信作だ」

「そうなんだっ!」



すると、今度は霧島さんが立ち上がって俺の頭を撫でてきた。



「? なに?」

「がんばったご褒美。ほら、ね? 嬉しいでしょ? 頭ナデナデされるの」

「……そうだな」



確かに気持ち良いかもしれない。俺は髪を触られるのがあまり好きではない。それなのに、霧島さんから触られるのは嫌どころか、嬉しくさえある。自分の気持ちがイマイチよく分からない。



さすがに霧島さんも食べきれなくなってきたみたいだから、今度は俺が食べる役にまわる。



「じゃあ、今度はわたしが並木をもてなす番だね」

「なにをしてくれるんだ?」

「そうですね〜〜〜。お客さん、わたしが接待しますよ」



霧島さんはそう言って、ジンジャーエールの蓋を開けた。このジンジャーエールは辛口で、しっかりとした生姜の味がする。風俗嬢たちは、それとくし切りのライム、ウォッカを使ってモスコミュールを作っていたけど、さすがに高校生だから飲ませてもらえなかった。だが、このジンジャーエールはそのままでも普通に美味い。



「お注ぎしますね。社長さん」

「社長さん?」

「そんな感じで接待するんじゃないの?」

「社長さんはなんか、ちょっと気持ち悪いな」

「じゃあ、ご主人様いかがですか?」



アウトドアチェアーに座る俺の足元で膝を折って、両手でジンジャーエールの瓶を持って上目遣い。霧島さんの端正な顔立ちからして似合いすぎる。少しいたずらっぽい表情もまたいい。これは、なかなか良い。



バッグからカメラを取り出して、パシャリ。シャッターを切ると霧島さんはわざとらしく頬を膨らませる。そこら辺のコス系お嬢よりもそれっぽくて可愛い。表情もさることながら、あの霧島さんがそういう仕草をしてくれることに可愛さを感じてしまう。



「え? なんで撮ってるんですかぁ? ご主人様のイジワル」

「いや、普通に可愛いから」

「か、可愛いって……そんなに何回も言ってると、わたし耐性付いちゃうんだからね?」

「メイドさん、その肉焦げかかってるぞ」

「ご主人様〜〜〜お皿お貸しください〜〜〜」



霧島さんは俺から肉の乗った皿と箸を奪う。そして、肉を箸でつまみ、ふぅふぅと冷ました。なにをするのかと思ったら、その肉を「あ〜〜んしてくださいっ!」と俺に向けてきた。



「食べろと?」

「ご主人様、はやくしないと冷めちゃいますよぉ〜〜〜」



仕方なく口を開けると、肉を入れてきた。すると霧島さんは、



「美味しいですかぁ〜〜〜?」

「まあまあ」

「美味しいですよね? これ、本当に美味しいですよねっ!?」

「ん。うまい」

「よかったぁ〜〜〜」



いったいなんの接待なのか。霧島さんは笑いながら「なんか楽しい、これ」って嬉しそうに皿にピーマンを乗せて、俺の箸を使って自分も一口食べてしまった。



「それ、俺の箸だけど?」

「あ……。まあ、いいじゃん。間接キスとかよく言うけど、そんなの気にしてたら生きていけないよ?」

「霧島さんが気にしないなら、俺はいいけど」

「ご主人様〜〜〜まだ食べられますか?」

「ん。まだいける」



今度は牛肉で玉ねぎを巻いて、「あ〜〜ん」と言ってきたから俺もそれに応えて食べる。自分の作ったタレながら、前回よりも旨味成分が出ているような気がする。時間が経って熟成したのかもしれない。なるほど、このタレは時間を置いたほうがいいのか。



「どうですかぁ〜〜〜麻友菜の食べた箸で味わう間接キスお肉は」

「普通の肉だが?」

「えぇ〜〜〜現役JKですよぉ〜〜〜?」

「……それだとなにか違うのか?」

「……むぅ。もういいですっ!」



またわざとらしく頬を膨らませて上目遣いをする。前から思っていたが、霧島さんは演技がうまいのかもしれない。クラスで陽キャを徹底しているところや、このメイドごっこもそうだ。自分を演じることに長けている気がする。



「ご主人さま~~~」

「ん?」

「風が強くなってきちゃいましたぁ。少しだけ寒いです~~~」

「そうだな。そろそろ中に入るか」

「じゃあ、お家の中で、まゆながいっぱい尽くしちゃいますね」



ところで、いつまでメイドごっこを続けるつもりなんだ。







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