#06 誕プレ・リュック@リンクコーデしたい


学級委員会議のあった慌ただしい金曜日を乗り越えた土曜日。



今日は林間学校に着ていく服やアイテムを並木と一緒に買いに行くことになった。林間学校では学校指定のジャージの着用を義務付けられていない。というのも林間学校は二日目の登山のために実施されるといっても過言ではない。それくらい登山がきついと噂されている。



そんな登山をするのにジャージでは装備不足だから、個人的に準備したものを着用させたい、と何年か前に保護者から指摘があったらしい。



それからは、指定のジャージ着用が強制ではなくなった。山の天気は変わりやすく突然の雨に見舞われると大変だし、なによりも風が強い。だから、全身アウトドア系のコーデをしてくる人が多いってミホルラが言っていた。



「霧島さん早いな。待った?」



改札を抜けてきた並木は、相変わらずの全身サプリームコーデ。でも、今日はこの前のような厳つい感じではなく、遠目に見てオシャレだった。それに髪も縛っていて、いつも以上に清潔感が半端ない。



「今きたとこ」

「霧島さんって、意外に落ち着いた服着るんだな」

「そう? 私服はいつもこんな感じだよ?」

「ん。すごく良いと思う」

「そ、そう?」

「ロングスカートが特に」

「制服よりも?」

「ん。断然」

「ありがと」



まさか並木に服を褒められるとは思わなかった。しかもなぜ着眼点が白のブラウスの方じゃなくてロングスカートなのか。たしかに見慣れている制服はミニだし、ロングが新鮮なのは分かる。けど男の子って生足が好きなのかと思っていた。どうやら並木は違うらしい。



「さて、霧島さんどこに行きたい?」

「とりあえず、スノパかな」

「じゃあいこうか」



スノパとはスノーパーク駅ナカ店のことで、高校の最寄り駅の駅ビルに入っているアウトドア用品を扱う店のこと。本格的なキャンプ用品から衣料品まで揃っている。わたしはあまり馴染みがないけど、クラスの男子はここでダウンジャケットやマウンテンパーカーを買ったと前に言っていた気がする。



「ん。ほら」

「……っ!?」



並木はスルッと手を差し出してきた。なんだろうって思ったら、わたしの右手を掴んでくる。恥ずかしがることなく、躊躇ちゅうちょせずに手を握ってきた並木の顔を見ると、いつもどおり何事にも動じていないような表情だった。並木の体温にドキッとして、わたしは顔に出なかったか心配になる。



「付き合っているなら、手くらい繋ぐってクミさん言ってたが……嫌だったか?」

「し、仕方ないから手くらい繋いであげる」



なぜツンデレのようなセリフを吐いたか、自分でもよく分からない。



「そっか。やっぱり嫌だったか」

「イヤじゃないって。いいから行くわよ」



思ったよりも大きな手でわたしの手をしっかり握ってくれる。手を繋いでいると不思議と安心感があって、並木とならどこで襲われても大丈夫そうだな、なんて意味不明なシチュエーションを思い浮かべた。実際はそんなことないだろうけど、わたしには前科がある。並木はわたしの方を見て、「なに?」と訊いてきた。



「並木って格闘技とかしてる?」

「してない」

「そっか。この前強かったから」

「ん、別に。強くなんてない」



並木はいつも通り素っ気ないんだけど、「でも、また俺の彼女がピンチのときくらい守るから大丈夫だ」と平然とわたしに向かって言う。この無愛想な男は素でそういうことを言うから困る。偽装交際なんだから、そういう男前なセリフまで用意しなくていいのに。周りが付き合っていると認識してくれればそれだけでいいはずなんだけど。



この前の料理の件といい、カラオケの件といい、すごく困る。そう、わたしは困ってしまうのだ。顔に出ていないか気にしなくちゃいけないし、並木を直視しすぎてしまうことも。あとは、気持ちをセーブしなくちゃいけないこととか。



分かっている。自分の気持ちくらい理解しているつもり。



「痛っ!? なに?」

「いつも優しすぎる。それにカッコつけすぎ。並木はもう少し普通でいいって」



軽く肩パンをしたら、並木は困ったような顔をして「でも」と続けた。



「普通の彼氏がどんな感じなのか分からないんだから仕方ないだろ」

「……そうだった。並木だったんだ」

「? なにが?」

「もう、なんでもいいや」



並木に男女の交際についての常識を求めたわたしが馬鹿だった。並木は可愛い女の子を前にしても、なにもときめかない氷の心の持ち主だ。偽装交際なのに、本当の交際に近づけようとそれらしいことをしようとする。それに対して逐一反応しているわたしは馬鹿みたいだ。並木はきっと本心じゃない。きっと、そうだ。そうに違いない。



「あ、そうだ。ここで一枚写真撮らせてもらえないか?」

「えっ? こんな人混みの中で?」

「ここじゃなくて、そこのポスターのところで」

「いいけど……」



改札前の通路の、壁一面に掲げられているポスターの前に立つと並木は「より掛かりながらあの時計のほう見てて」と指示を出してくる。言われたとおりに動くと並木は、フィルムのコンパクトカメラでパシャリと小気味好こきみよい音とともにシャッターを切った。並木がファインダーから顔を離すと、わたしに向かって歩いてくる。



「どう?」

「多分大丈夫。いや、どうだろう。現像してみないとなんとも言えないけど」

「どっちなの」

「霧島さんなら、どんな写真でもエモいと思うよ。俺はだし」

「……もうっ! だからそういうところだって」



好きってどういう意味?



それは例えば感情的なもの……もっと焦点を合わせれば恋愛的な気持ち……。なんかじゃなくて、被写体としてだよね?

なんで好きとか普通に言っちゃうの。本当にヤダ。

もう知らないからっ!



そう思って踵を返すと、肩を叩かれた。



「なに?」



並木がまたカメラを構えていて、カシャンとシャッターが切られた。



「今度は絶対に可愛いのが撮れた。やっぱり霧島さん好きだわ」

「——ッ!!」



無愛想だった並木が頬を緩ませて、嬉しそうにそう言った。いくら甘い言葉だろうとそんなセリフに一喜一憂しないから。そう思っていた矢先、並木は「ほんとに目がキレイなんだっ!」って言って、またわたしを困らせる。どう反応していいか分からないじゃん。



並木って笑顔をあまり見せないけど、笑った顔がすごく可愛かった。キュンってした。いつもより少しテンションが高くて、必死にわたしに訴えかけるように良い写真が撮れたってはしゃぐ並木はまるで子どもみたいだった。



顔が熱い。やばい。



「現像したらプリントとデータどっちも渡すから。今の絶対に良いと思う! 霧島さんって笑顔もいいけど、ふとした表情がすごくいいんだよな。カラオケで歌っているときもすげえ可愛かったし。いや、席替えで窓際になったとき、午後の光が差した霧島さんも良かったんだよな。あれからだよ。俺が霧島さん撮ってみたいって思ったの」

「っ!! な、なんかいきなり饒舌じょうぜつだけど、そんなに嬉しいの?」

「だって、本当に良い写真撮れたから」

「……うん」



どうしよう。ドキドキが止まらない。なにこれ。なんなの。

並木が嬉しいとわたしも嬉しい。まるで並木の感情がわたしにリンクしているみたい。こんなのはじめて。なんで並木が喜ぶとわたしまでドキドキするのか分からない。



もうダメ。



スノパに入ると、まさかとは思ったけど同じ学校の男子と女子のグループが何人か買い物をしていた。林間学校で使うものを買いに来たのだろう。これはなかなか気まずい。でも交際宣言をしているんだから、ここでキョドっているわけにはいかない。堂々としなくちゃ。



「あれ、霧島?」

「やばっ! 私服かわいい」

「条島四天王だけあるな……」

「ってか、あれって噂の並木?」

「嘘だろ。別なやつだよ」

「お似合いすぎだろ。並木じゃねえよ」



すごく注目を浴びているけど、並木はまったく意に介さない。それどころか、ここぞとばかりに、イチャつくように繋いだわたしの手を引き距離を縮めた。今さらだけど、並木って意外と身長が高い。わたしが一六〇センチだから、一七五くらいあるのかな。



本当のカレカノだったら良かったのに。なんて、あり得ない気持ちが湧き上がってくる。なんで並木なんだろう。少し前までは並木とこんな関係になるなんて思いもしなかったのに。



「これ、買うか」

「寝袋って、並木はどこで寝るつもりなの」

「集団で雑魚寝ってあんまり眠れないから、廊下とかで寝ようかと」

「本当にやめて? あ、見て、このリュック可愛くない?」



展示されていた白いリュックが目に留まる。



「ん。ノースか。霧島さんに似合うと思う。霧島さんって白って感じだからいいと思う」

「げ。二万って。セレブか。可愛いのに残念」



今の通学用のリュックで林間学校の登山も済ませようと思っていたけど、少し小さめで着替えやその他を詰めると若干容量不足だった。だから新調しようと思っていたところだったのにお高い。これなら通学用にも使えるからいいと思ったのに残念だ。



「やっぱり高校生のお小遣いじゃ難しいなぁ。諦めよ。あれ並木?」



となりにいた並木がいつの間にかいなくなっている。さっきまでいたのにどこに行ったんだろうってキョロキョロ見回してみると、リュックコーナーから同じリュックを二つ持って現れた。なんで二つ持ってきたの。



「見つけたんだけど。これならお揃いいける」

「は? お揃いって本気?」



クラス内にとどまらず、学校内でカレカノ同士で同じパーカーを着たり、同じリュックを背負ったり、挙げ句の果ては同じアクセをしているカップルを見かける。確か、条島高校四天王(アホみたいな二つ名だとわたしは思っている)の一人が、新学期になって突然彼氏と服装を合わせて登校してきたことが由来だった気がする。お似合いのカップルでみんな憧れていたのを思い出した。



そうだ。あれからだ。うちの高校がそんな風潮になったのは。



「カップルってそういうものじゃないのか? 学校でよく見るぞ?」

「そうかもだけど……」



したい!

並木とお揃いとかリンクコーデとか。そういうのして登校したり、お出かけしてみたい。

でも、現実問題……金銭的壁を越えなければそれも叶わない。



「……したいいけど、予算がね」

「ん。じゃあ、買う」

「だからわたしは買えないって」

「いいよ」

「なにが?」



すると並木はわたしの分のリュックを持ってレジに向かっていく。ちょ、待って。さすがに並木に買ってもらうわけにはいかない。どれだけわたしを甘やかすつもりなの。さすがにわたしも気が引ける。まるで貢がせている彼女じゃない。そんなの望んでいないし、並木とは対等な立場でいたい。



「並木、それはダメ。わたしがちゃんと買うから」

「あ、袋は二つにしてもらっていいですか?」

「って、聞けし」



人の言うことをきかずに、結局わたしの分までお買い上げになって、「荷物は帰りまで持っとく」って並木は優しさ全開だった。こういうところはしっかりと線引きしたいと思っているから、なんだかモヤモヤする。



「お金はちゃんと返すから」

「違う。そうじゃなくて、これは誕プレ。この前、誕生日だったんだろ。どうせなら欲しい物あげたいって思っていたから」

「え……なんで知ってるの?」



誕生日と言っても、その日はしくもわたしと並木が偽装交際を開始した日だった。だから当時、わたしの誕生日なんて知らなかった並木が、わたしを祝うことは不可能だったわけだ。それ以前に偽装彼氏に祝ってもらうなんて思ってみなかったし期待もしていなかった。



でもなんでわたしの誕生日を知っているんだろう。



「砂川さんに聞いた。彼氏として、まず誕生日を知ることが第一歩なんだろ」

「いや……まあ、そうかもしれないけど」

「遅くなって悪かった。誕生日おめでとう」



過ぎ去った誕生日のプレゼントをもらえるとは思わなかった。しかも、異性にもらったはじめての誕生日プレゼントがリュック。しかもお揃い。



すごく嬉しい。プレゼントじゃなくて、並木の気持ちが。



並木はまたわたしの手を握って、「次はなに買う?」って訊いてきた。キャンプ用品売り場にマシュマロが売っていて、それを見ていると食べたくなった。



「マシュマロ焼きたいよね」

「ああ、やるか?」

「どこで?」

「うちで」

「できないでしょ」

「できるよ?」

「は? 並木の家ってIHだったじゃん」

「買ってこう」

「だから、聞けし」



並木は追加でマシュマロを大量に購入した。



それから着ていく服や消耗品を購入して、並木の家に行くことになった。



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