#05 ミラーボール@カノジョのキラキラ瞳


来週は面倒な林間学校だ。条島高校じょうとうこうこうの林間学校は、田舎の宿泊施設に二泊三日で行く高校二年生の前半のメインイベントで、みんな結構気合が入っている。俺は割りとどうでもよくて、なんなら風邪でも引いて寝込んで休みたいとさえ思っていた。



「じゃあ、班が決まったら、それぞれプリントを提出すること。ちょうど八班できるな」

「先生、絶対に四人じゃなければダメなんですか?」

「そうだな。男女二人ずつの四人で一班だ」



仲良し三人組とか、かなり揉めそうな予兆がある。四人じゃなければダメなのかと訊いた生徒がいるのはそのためだ。イジメ問題までいくとは思えないが、そもそも仲良くもない人と組まなくちゃいけない状況はかなりキツイ。



ホームルーム中には決まりそうにもなく、先生は「決まったらプリントをまとめて職員室まで持ってきてくれ」と霧島さんに班分けの用紙を渡して早々に教室を後にした。その後は、ガヤガヤとまるでドラフト会議のような状態になり、仲良し三人組はじゃんけんに班分けを託したが、声が大きく阿鼻叫喚が繰り広げられていた。



「並木くん、わたし達と一緒でいいよねっ!」

「俺はなんでもいいよ」

「なんでもってことはないでしょ。ほら、こっち来て」



霧島さんに移動を促されて、窓際の前の席に行くと高山景虎たかやまかげとら砂川美保すなかわみほさんが冊子を見ていた。高山はサッカー部のフォワードで、スポーツマンらしくかなり爽やかな外見なのだが、お調子者。砂川さんは霧島さんと仲の良い友だちで、霧島さんと同様、上位カーストに君臨する陽キャ中の陽キャだ。



「霧島~~~。並木じゃなくて俺入れてよ」

「ああ、俺もそっちがいいな」



俺たちの班は、俺以外キラキラしている。それが眩しいのか、あるいは霧島さんと砂川さんの陽キャダブルコンボが羨ましいのか。とにかく、クラスの男子がそんなことを言ってきたが、霧島さんは、「ごめんね~~~」とニコニコしたまま両手を合わせた。



「わたし、並木くんと付き合っているから」

「え?」

「は?」



高山と砂川さんが顔を上げて、同時にポカンとした。



一瞬静まり返ったかと思ったら、



えええええええええええええええええッ!?



と、クラス中にどよめきが湧き上がった。怒りと嫉妬、それから信じられないと頭を抱える男子まで。女子は一斉に立ち上がって、霧島さんのもとに駆け寄った。「なんで並木なの?」とか、「どう考えても似合っていない」とか。挙句の果ては「やめなよ」なんて失礼極まりないものまであった。俺はまったく気にしていないけど、霧島さんは不快だったみたいだ。顔には出していないけど、霧島さんはなにかあるとスカートの裾をキュッと握る癖がある。



「並木くんは良い人だから。わたしが告白したの」



意外にも霧島さんはそう話した。なぜか俺には誰一人訊いてこない。男子の睨むような視線が少しだけ痛いが、誰も否定はしてこない。霧島さんからすれば、偽装交際なのだから付き合っている宣言をしなければ意味がない。だからこれは必要な儀式なのだ。



「なあ、並木」

「ん?」

「お前、結構やるじゃん」

「いや、別に」

「別にってことはないだろ」



高山はそう言って、また冊子に視線を落とした。



「景虎〜〜〜料理できる? 初日のカレー作り大丈夫かな」

「ミホルラよりはな」



ミホルラとは砂川美保さんのあだ名だ。



「あ? どの口が言ってんだ? あたしじゃ不満か?」

「ウソウソ、やめで」



高山の口を鷲掴みにしながら、砂川さんは眉根を寄せた。高山と砂川さんって仲が良いんだな。そういえば二人が一緒にいるところをよく見る気がする。



「並木くん〜〜〜用紙に班のメンバー書くの手伝ってほしいんだけど〜〜〜?」

「ああ」



霧島さんから手渡されたメモ書きを読み上げて、それを霧島さんが用紙に清書していく。霧島さんは交際宣言をしたにもかかわらず、陽キャモードのまま。俺と二人きりのときの霧島さんに戻ることはないらしい。そんな霧島さんの周りにはいつも人がいて、頼られる存在。さすが学級委員だけあって、クラスをまとめ上げる力がすごい。他愛もない話をしながら、帰宅する生徒に「じゃあね~~」と手を振って、霧島さんは再び用紙に書き込んでいく。



「あ、間違っちゃった。景虎〜〜〜そこの修正テープ取って」

「まゆっちってさ。意外に見る目あるのな」

「え? なにが〜〜?」



修正テープを渡しながら高山は霧島さんにそう言った。どういう意味なのか俺も気になって耳を澄ませていると、



「並木って多分だけど、株上がると思う」

「え? そう〜〜〜?」

「まゆっちが疑問するなし。景虎の意見にあたしも賛成。ちょっと髪切ってみ。並木、いいから髪切れ」

「なに? ミホルラまで。でも、ダメ。それだけは絶対に駄目。いい? 並木、わたしの言うことは絶対だから、ねっ!」



霧島さんは笑っているけど目が怖い。本気で髪を切るなって目が訴えている。別に髪を切るくらい覚悟もなにもいらないんだけど、なんでダメなのかわからない。そろそろ髪を切ってもいいかと思っていた。



俺も自立しないといけない。あの人に憧れて、この髪型にしているが、自分のスタイルを確立したいって思っていたところだ。



「並木くんはそのままでいいから。景虎もミホルラも余計なこと言わないでよ〜〜」

「余計なこと……もしかして髪切ったら、大変なことになるとか?」

「なにそれ。世界が滅亡するとか? 景虎、ちょっとハサミ持ってきて」

「りょうか〜〜〜い」



なぜかハサミを片手に一丁ずつ、二丁も持って砂川さんと高山が近づいてくる。



「え? な、なにもここで切らなくても」



霧島さんの抵抗虚しく、二人は俺の背後を取りながらハサミを鳴らした。



「いいから。並木は座っていればいいからな」

「そうそう。あたし達が世界の希望を断ち切ってあげるから」



これは、本気なのか冗談なのか分からない。別に切られてもいいけど、霧島さんは「絶対にダメだからねっ?」と二人に警告を発している。



「二人ともやめて。並木くんが並木くんじゃなくなっちゃうでしょ」

「もしかして、並木のコレは世を忍ぶ姿で、実は髪の毛が本体とか?」

「マジか。それなら仕方ない」



どんな納得の仕方なんだと思ったけど、二人とも仲が良くてふざけていただけだとその後の会話で知った。陽キャの会話はいまいちよく分からない。



その後、プリントを職員室の先生のところに提出しに行った霧島さんが教室に戻ってきた。色々あったけど班決めが終わり、一仕事ひとしごとを終えて安堵したような顔をしている。砂川さんと高山はすでに部活に行ってしまったが、教室を去る前に今度四人で遊ぼうという話になったらしく、そのことを霧島さんが話してくれた。



「ってことで大丈夫?」

「週末は夕方からバイトだけど、昼間は大丈夫」

「そっか。あのさ、さっき勝手に宣言しちゃったけどよかった?」

「付き合っているってこと?」

「そう」

「別に。偽装交際をする理由が村山の告白を阻止するためなんだから、仕方ないだろ」

「並木って、全然動じないよね」

「……あれって動じるとこだったのか?」

「普通の男子ならそうなると思うけど?」

「そうだったのか。だが事実だから、隠すことでもないんじゃないのか?」



それに言われて嫌なことじゃないし、恥ずかしいことでもない。霧島さんのような容姿端麗の子と付き合っていることを、恥ずかしいなんて思うのが一般的な男の心情なのか。それとも嫉妬をされることにおののいたほうがよかったのか?



その辺の感覚がよく分からない。



殴られたり、蹴られたり、最悪刺されて殺害されることになるかもしれないって、ビクビクしていれば、よりリアリティがあったのだろうか。それを考えてもあまり怖くない。



「わたしはドキドキだったんだけど?」

「? なんで?」

「なんでって……」

「ああ。俺がこんな奴だから、みんなの反応が怖かったとか?」

「違うって。もういい。並木に訊いたのが間違いだった」



帰り支度をして二人で教室を出る。交際宣言をしたからなのか隠すことなく、堂々と俺のとなりを歩いて、霧島さんは俺と二人きりのときとは打って変わって表情を一変させる。いつもの作られた笑顔だ。こうして陽キャを演じるのは大変だろう。



「それで週末なんだけど、ミホルラたちと四人で親睦を兼ねてカラオケとかどうって」

「歌? 演歌なら歌えるけど」

「は? それってむしろ貴重なんだけど」

「そうなのか?」

「でも、わたしの前ではいいけど、あの二人の前では少し歌えたほうがいいと思う。ねえ、今日はバイト何時から?」

「六時から」

「一時間ちょっと遊べるね」

「まあ。そうだな」

「なら、ちょっと付き合って。カラオケ行こう」



成り行きで霧島さんとカラオケに行くことになった。カラオケなんて行ったことないし、納品で赴いた二番街のスナックで、演歌を歌わされたときくらいしかマイクを握ったことがない。しかも演歌は他の人が歌っているのを聞いて覚えたから、元の人の歌を知らない。



駅前のカラオケに二人で入って、狭い部屋に通された。薄暗く、タッチパネルのデンモクとかいう機械が置いてあり、それで曲を検索して流すらしい。しかも歌うだけじゃなくて、ソフトドリンクや軽食も頼めるし、まず金額の安さにビックリした。二番街ならドリンク一杯で千円くらいする。ピザなんて頼んだら二千円以上するのに。



「霧島さんは歌える?」

「まあ。上手いかどうかは別として、今どきの曲くらいは」

「すごいな」



デンモクで入れた曲は、最近店の中で掛かっている明るく、テンポの良い曲だった。



歌う霧島さんの横顔を見ると、ミラーボールの光が瞳の中で万華鏡のようにキラキラしている。すごくキレイ。それに細く繊細な声でお世辞抜きに上手だ。



俺は、そんな霧島さんの横顔に見惚みとれていたんだと思う。誰かの顔を見て、胸のあたりが熱くなるのははじめてだった。ただキレイだとか可愛いとか、そういうことじゃなくて。なんて言っていいか分からない。



自分の想いが理解できない。でも、鼓動が高鳴る。



「うまい。歌手になれそう」

「それって褒めてる?」

「ん。褒めてる。ずっと聴いていられる。もっと聴きたい」

「そ、そう?」

「ん。声が好き。それと歌うときに画面を見つめる目と、あとは——」

「わ、分かったから。そんなに甘やかさないで。お世辞にもほどがあるって」



そんなつもりではないが、曲が始まってしまい、俺の言葉を旋律がかき消した。



今度は切ないメロディの曲で、少し前に流行った曲だと教えてくれた。ドアが突然開いて、店員がソフトドリンクを運んできてくれたから受け取ると、その間、霧島さんは歌うのを止めてしまう。こんなに上手ければ店員に聞かれても恥ずかしくないと思うんだが。



「この曲を歌っている霧島さんもいいな!」

「……っ。あ、ありがと」

「霧島さんは友達とよくカラオケ来る?」

「うーん。たまに。歌うとストレス発散できるし」

「そうか。じゃあ、俺も曲覚えないと」



霧島さんは俺のために男性アーティストの曲を選曲してくれた。一緒に歌ってくれるっていうけど知らない曲……ではなかった。どこかで聴いたことのあるで、霧島さんが歌ってくれれば歌えるかもしれない。耳にメロディが残っている。



「並木もうまいじゃん」

「自分じゃ分からないんだよな。この曲は確か……キャバクラに納品に行ったら流れていた曲だったな」

「キャバクラ……なかなか高校生の口から出てこないワードだけど。キャバ嬢って可愛い子いる?」

「それはいるだろ。いなかったら商売成り立たないし」

「そうじゃなくて。並木はどう思うの?」

「俺……?」



派手なドレスに身を包んだ女性。可愛いかどうかと言われれば……可愛いのか?

生まれたときからそんな環境に身を置いていたから、正直、着飾っていようが裸だろうかキャバ嬢だろうが、風俗嬢だろうが女性を見てもなんとも思わない。



「分からない」

「そっか」

「俺の本当の母親はキャバ嬢だったって聞いたけど」

「え?」

「俺を産んで失踪したらしく、こども園に行く前はクララと二人でキャバクラで育てられてな。だから、見慣れているってのもある」

「……ごめん」

「なんで謝る? なんとも思ってないぞ?」

「でも、」

「本当に」



俺を産んで母親はすぐに蒸発したらしい。父はキャバクラに通っていた客の誰かなのだろう、ということだったけど特定には至らなかった。俺を特別養子縁組として子に迎え入れてくれたのが、並木秋子なみきあきこという当時キャバ嬢だった人だ。母の親友だったらしい。秋子さん——母さんはすごい人だと思うし、尊敬している。そんな人に育てられたんだから、不幸なはずがない。



俺はかなり幸せに育てられた。母さんがいて、吹雪さんがいて、クララがいて。他にもキャバ嬢から風俗嬢、挙句の果てには極道の人までみんな優しく接してくれた。だから、今の俺がいる。それを否定したくない。



「次は霧島さんの歌がもう一度聴きたいんだが?」

「うん。なにがいい?」

「そうだな。アイドルの曲とか」

「え? なんで?」

「この前、地下アイドルのライブステージに納品に行ったら、変なの歌ってたんだけど、そういうの聴きたい」

「なんだよ、それ」



一時間はあっという間に過ぎた。



「今日は楽しかった。また霧島さんの歌、聴かせてほしい」

「うん。なんだかわたしばっかり楽しんじゃったような感じだけど」

「そんなことない。じゃあまた」

「あ、並木」

「ん?」

「帰ったらラインしていい?」

「またか。それって訊く必要あるか?」

「ないか。そうだね。じゃあ、また」

「ああ、また」



霧島さんと改札で別れて、しばらく歩くとラインが入った。霧島さんからだった。



まゆっち:やっぱり帰る前にラインしたくなった

並木春輝:どうした?

まゆっち:なんとなく



なんでもないラインのやり取りをして、それはバイト先まで途切れることなく続いた。


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