魔王様、ガチギレ

「ふふふ……おにーさん? マリーが背中流してあげる♡」


「っ!?」



 私の姿を見た彼……國都くにみやさんは、驚いた様子で目を見開いた。


 それはそうよね。

 私みたいな可愛い子が全裸で目の前に現れて、見惚れない男なんていないんだから。


 あーあ、グリムガル様に命令された『國都くにみやさんへの誘惑』、私でいきなり終わっちゃうかなー?



「ほらほら、おにーさん。こっちこっち♪」


「わっ、ちょっ、引っ張らないで! というか、君は……? ここ男湯だけど」


「マリーはマリーだよ♪ おにーさんと一緒にお風呂入りたくて来ちゃった……♡」



 少し頬を赤らめ、口元に手を当てて、内股気味に脚をもじもじさせながら上目遣いで見上げる!


 どう? 完璧でしょ!?



「エスフォリーナ様の妹かな? それぐらいの年齢だと、確かに一人でお風呂入るのは寂しいよね。今ちょうどエスフォリーナ様も入ってるし、女湯の方に行ったらどうかな?」


「えっ———」



 マリーの完璧な上目遣いが効いてない……?


 そんなまさか。

 普通の人間の男だったら、上目遣いで微笑むだけで簡単にケダモノになるのに。それで何人の男たちを衛兵に突き出したことか……。


 普通の格好でやってもそれだ。

 今回はせっかく恥ずかしさを我慢してお風呂にまで入って、二人きりですぐにでも手を出せる状況を作ったのに……手を出すどころか、冷静に女湯に戻ることを提案されるなんて。


 しかも、子ども扱いまで……



 なんだか負けた気分になる!



「ううん、マリーはおにーさんと一緒に入りたいんだよ?」


「なんで俺と? 初対面だと思うんだけど……」


「おにーさんが、グリムガル様の前で見せた男らしい姿、カッコいいなぁ……って♡」


「あ、あれを見られてたんだ……」


「あ、それと私は子供じゃないから。訂正して」



 そこだけは断固として譲れない!



「うんうん、もうお姉さんだもんね」


「全然信じてないじゃん!」



 ぐぬぬぬ……手強い。

 こうなったら……



「ほらほら、洗ってあげるから早く♪︎」



 おにーさんの腕を抱き、引っ張る。当然、おにーさんの腕はマリーの胸に当たるわけで……


 ふふ、どう?

 つるぷにすべすべで気持ちいいでしょ?

 男なんてこうしたらイチコロ───



 ───男の人の腕って、ゴツゴツしてて固いんだ。

 逞しくて、なんだか安心する……。



 って、違う違う。

 これはおにーさんを誘惑する作戦!

 こっちが魅了されてどうするの!


 でも、マリーだって魅了されるぐらいなんだもん。おにーさんは当然……



「そんなに引っ張ったら危ないよ? 滑らないように気を付けてね」



 魅了されてない!?

 なんで!? マリーってそんなに魅力無いの!?


 それはそれですごい傷つく……。



「……ねぇ、おにーさん」


「どうしたの?」


「おにーさんから見て、マリーは可愛いと思う?」


「えっ? うん、すごく可愛いと思うよ?」


「じゃ、じゃあさ……マリーの裸を見て、その……エッチな気分になったりしないの……?」


「えっ? それは……だってエスフォリーナ様がいるし……」


「くっ……! で、でもさっ、女の子が無防備に迫ってきたら、グラッとかムラッとか来ないの!?」


「確かにマリーさんはすごく可愛いし魅力的だけど、どうしてもダメなんだ……」


「な、なんで———」


「……児○法だ」


「…………」(スンッ)


「たとえ相手の方から迫ってきても、どれだけ気がある風に近づいて来ても、未成年である限り手を出した男がアウト! 弁解の余地もなく警察に捕まって終わりなんだよ!」


「えぇ……」


「そんなわけでマリーさんはダメ。もっと年齢が大きかったらヤバかったけど……」


「……それ、人間の法律じゃなくて?」


「魔族だとしても一緒。俺からすれば、エスフォリーナ様もマリーさんも人間にしか見えないし———」


「マリーはアンドロイドだよ? そもそも生物じゃないんだから」


「えっ?」



 胸の部分を開き、動力源コアを見せる。

 青白い光に照らされたおにーさんの顔は、狐につままれたような表情だった。


 そう、マリーは半永久動力を組み込まれた『アンドロイド』なのだ。元々は幼き日のエスフォリーナの遊び相手として作られた、れっきとしたメイド衆の一人であるのだ。



「凄いでしょ! 質感も振る舞いも、喋る感じもほとんど人間と変わらないもん。むしろ人間を越えたと言っても過言では———なにその『分かってねぇな~、やれやれ』みたいな反応」



 両手の掌を上に向け、ふ~~……と息を吐くおにーさんの様子に、さすがに私もカチンとくる。



「ロボ娘はなぁ……例えば瞳が無くて単色の目とか、口がないとか、球体関節だとか、そういう『機械み』があってこそだろ! ただ人間そっくりに作るんじゃなくて、もっとこう……あるだろう!」


「もしかしておにーさん、神域の錬金術で生まれたマリーよりも、旧型のアンドロイド方がいいって言うわけ!?」



 そんなっ……そんなの、絶対に許さないんだから!



「こうなったら……おにーさんに、最新型アンドロイドの良さを刻み込んであげる!」


「えっ、ちょっ……!」



 おにーさんの両手を掴み、そのまま押し倒す!

 突然のことに反応できなかったおにーさんは簡単に押し倒しことができ、マリーはそのまま馬乗りになる。


 おにーさんみたいな男を組み伏せる優越感……やっぱりこうじゃないと……♡



「ふふ……おにーさん、赤くなってる♡」


「な、なななな何をっ!?」


「そんな旧型のアンドロイドなんかより、マリーの方がよっぽど良いって教えてあげるわ! ほらほら♡」


「ぅぐぅゥゥっ! だ、ダメでしょ! その見た目でそんなっ……!」


「だいじょーぶ♡ マリーは【ピ——】機能も付いてるし! 逆に【ピ——】しても出来ない・・・・から【ピ——】し放題だよ♡」


「放送事故! 女の子がそんなこと言っちゃいけません!」


「そんなこと言っちゃって、ほらほら……おにーさんだって喜んで———」


「マリー?」


「「ひっ!」」



 背後から聞こえた抑揚のない声と、心臓を握りつぶされるような殺気に、マリーとおにーさんは小さく悲鳴を上げる。


 そして———



「ひっ!」



 その姿・・・を見て、マリーは再び小さく悲鳴を上げた。


 だって……だってなんか、エスフォリーナ様の背中の翼が、巨大な手みたいな形に変形してるんだもん! しかもそれを使って仕切りを乗り越えてくるし!


 笑顔なのに、目が全く笑ってない!

 角が長くなってえげつない形になってるし!

 髪の毛が逆立って揺らめいてるし!


 というか、その巨大な手は何!?

 そんな能力初めて見たんだけど!?



「さっきから聞いていれば……マリー、私の・・國都くにみやくんに何をしているの? ねぇ」


「ち、違うの! おにーさんが変なことを言うから分からせてあげ———」


「結構」


「待っ———」



 そうしてマリーは、言葉にするのも憚られる地獄を見た。












 倒れたままピクリとも動かないマリーを見下ろし、龍斐りゅうひを抱き寄せたエスフォリーナははっきりと宣言した。



「いい? 私のものに手を出そうなんて千年早いわよ。國都くにみやくんも気を付けて……って、國都くにみやくん!?」


「 」



 疲れと逆上せたのと……あとは身体に感じる幸せな柔らかさとが相まって、気が遠くなっていく。


 遠くでエスフォリーナ様の、呼ぶ声が……聞こ……え…………


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