暗躍するお義父さん

「お前達、よく集まってくれた」



 豪華な椅子に深く腰掛け、机に肘を突きながら神妙な面持ちでそう発したのは、エスフォリーナの父親である『魔帝』———グリムガルであった。


 魔帝グリムガルの部屋には緊急招集されたメイド達が集められており、この世界を統べるグリムガルを前に、多くのメイドが息を飲んで次の言葉を待っていた。



「すでに知っているとは思うが……フォリアちゃんが男を連れてきた」



 深刻そうにグリムガルがそう口にして一拍———メイド達の間で一斉に溜め息が漏れた。



「なっ、お前らなんだその反応は」


「ええやん、それぐらい。フォリアちゃんも年頃やし、彼氏の一人や二人ぐらい連れて来るやろ」


「エスフォリーナ様、めちゃくちゃ可愛いしね」


「グリムガル様も早く子離れしな?」



 メイド達が口々にそう声を上げる。

 決して魔帝様を舐めているわけではない……と思う。



「ええい! フォリアちゃんが初めて彼氏を連れて来て、しかもそれが人間の勇者だぞ!? これは由々しき事態だ!」


「パパさんも認めてたやろ?」


「『見守る』とは言ったが、『認める』とは言っていない」


「せこい……」


「そもそも、あいつがフォリアちゃんに相応しいとも分からないからな。もしフォリアちゃんを心から愛せないのであれば、その時は……」


「で、それをどうやって見極めるん?」


「そこで君達に協力してもらいたいのだ」



 グリムガルの言葉を聞いたメイド達は首を傾げ、互いに顔を見合わせる。

 いったいどうしろと言うのだろうか。



「これからしばらく、君達は好きなように彼を誘惑してくれ。その対応を見て、彼を判断しようと思う。もしそれで、フォリアちゃんを差し置いて欲望に走るのであれば……」


「「「「「…………」」」」」



 何を言い始めるんだこの親バカは……。

 相手は人間で、勇者で、そのうえエスフォリーナ様の彼氏だ。

 そんな相手に誘惑を仕掛けろなんて……










 ……それはそれで面白くない?



「「「「「お任せください、グリムガル様」」」」」


「あぁ、任せた。奴の全てを丸裸にするのだ!」



 魔族はノリが良い者が多かった———



        ♢♢♢♢



「エスフォリーナ様、これって……」



 ディナーで楽しいひと時を過ごした俺とエスフォリーナ様は、少し休憩した後にとある場所へと来ていた。


 その場所とは……



「温泉、ですよね」


「あら、知ってるのね。って、異世界から来ているんだから当たり前か」



 俺の目の前に広がっていたのは、大きく『男湯』と書かれた青い暖簾と、これまた大きく『女湯』と書かれた赤い暖簾がかけられた……どう見ても『温泉』だった。



「なんで異世界に温泉?」


「まだ私のパパが魔王をやってた時代の話なんだけど、その時の勇者が温泉を伝えたらしいわ。それで、気に入ったパパが作ったの」


「へぇ~~……」



 当時の勇者さんも日本人だったな、絶対。

 異世界でも温泉に入れるなんて……昔の勇者さん、ナイス。










 温泉はとても広く、檜風呂に露店風呂まである。

 俺好みの熱めの湯もあったり、逆に温めの湯もあったりと、ちょっとしたスーパー銭湯のようだ。



國都くにみやくん、湯加減はどうかしら?」


「最高です! 気持ちいいですよ~」



 壁の向こうから、エスフォリーナ様の声が聞こえてくる。

 男湯と女湯の間は高い壁で仕切られているものの、木でできている壁はそう厚くない。温泉に入りながらも、こうしてエスフォリーナ様と会話ができるというわけだ。



 異世界に来て色々と戸惑った部分もあるけど、こうして馴染みのある景色があると安心する。そして安心すると……急に眠気が襲ってきた。


 エスフォリーナ様とのやり取りは楽しかったけど、なんだかんだで結構疲れてたのかな……なんだか頭がぼーっと……。



 あれ、幻覚か……?

 なんか、男湯にはありえないものが見えるような……。



 眠い目を擦り、湯煙の向こうへと目を凝らす。

 白い湯気の向こうにぼんやりと浮かび上がるそれは、小さな女の子のような姿で……



「ふふふ……おにーさん? マリーが背中流してあげる♡」


「っ!?」



 見知らぬ幼女が入ってきた———!

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