当人達よりも周りが本気すぎる

 それからしばらく、さっきのナタリーさんとは別の、これまた綺麗な長身美人なメイドさんに夕食に呼ばれ、俺とエスフォリーナ様は食堂へと移動した。


 二人掛けのテーブルと純白のテーブルクロス、巨大なシャンデリア、テーブルの上ではロウソクが淡い光を放ってるし、スプーンやフォークが何種類も揃えてある。


 ……超高級ホテルのディナー?

 俺みたいな普通の高校生がこの場に居ていいの?



「ほら、突っ立ってないでこっち座りなさい?」



 緊張して呆然としていた俺を、エスフォリーナ様は手を引いてイスに座らせ、自分は俺の向かい側に座った。


 エスフォリーナ様はこんな豪華なディナーも慣れてるのか、特に変わらない様子だ。



「さすがエスフォリーナ様、慣れてるんですね」


「……いや、私もちょっと驚いてるわよ……」


「えっ、そうなんですか? 全然そんな風に見えませんでした」


「私は國都くにみやくんと食事するって伝えただけなのに、メアリーとミザリーが曲解してこんな風にしたのね……あ、メアリーとミザリーはキッチンメイドの子ね?」


「もしかして、さっき呼びに来てくれた人ですか?」


「えぇ、彼女がメアリーね。……目移りしちゃダメよ?」


「大丈夫です! でもメアリーさん、めちゃくちゃ綺麗でしたね!」


「目移りしてるじゃない!……まったく、どうしても私はこんな男のことを……」


「え? 何ですか?」


「何でもないわよ。さっきまでの緊張感はどうしたの?」


「エスフォリーナ様の顔を見ていたら緊張も無くなりました!」


「調子いいわね、あなた」






「お待たせしました。まずはアミューズから」



 俺とエスフォリーナ様の会話が途切れた瞬間を狙って、料理が運ばれてきた。フルコースのように、最初は前菜からのようだ。


 運ばれてきた皿の上には、生ハムみたいなものや見たこともない野菜の料理なんかが、少量ずつ盛り付けてあった。


 これだけで、キッチンメイド達がどれだけ気合いを入れているかが伺える。



「メアリー、ちょっと」


「なんでしょう?」



 皿を置き、下がろうとしたメイド……メアリーさんをエスフォリーナ様が呼び止める。振り返ったメアリーさんの美しい所作に、俺は思わず視線を奪われた。



 180cmはありそうな長身、切れ長の目尻から覗く吸い込まれそうな深黒の瞳、メイド服の上からでも分かる、メリハリがありながらも均整の取れた素晴らしいスタイル。


 と、とんでもね~~……。



「ただ夕飯を一緒に食べるって言っただけでしょ、本気出しすぎじゃない?」


「何を言いますか。本日はエスフォリーナ様の記念すべき日になるのです、私達が場を整えないわけにはいきません」


「記念すべき日って……ただ付き合い始めただけなんだけど?」


「結婚記念日では?」


「なななな何を言ってるのかしらっ!?」


「真面目な話をしています。2000年近く男の影も何もなかったエスフォリーナ様が男性を連れてきたのですよ? 世継ぎを産むには最大のチャンスです」


「世継ぎって!? 話がぶっ飛びすぎよ!」


「いいえ、私は心配なのです。エスフォリーナ様がこのまま独り身だったら、王家の血が途絶えてしまう……そんなことになったら路頭に迷う魔族がどれ程いると思っているのですか?」


「ぅっ……」


「えぇ、ですから今夜からさっそく致しましょう。さぁ、イチャラブ種付け【ピ──】」


「止めてぇぇぇっ!」



 両手で耳を塞ぎ、いやいやと頭を横に振りながら声を上げるエスフォリーナ様。すごい……メアリーさん、表情一つ変えずここまでエスフォリーナ様を追い詰めるなんて……。



「とにかくっ! 私は彼をこっち側に留めるために付き合ってるだけ! それ以上無いんだから!」


「……まぁいいですけど……他のメイド達も同じことを思っていますから、落ち着いたら真面目に考えてみてくださいね」



 顔を真っ赤にして目をグルグルさせながらも、エスフォリーナ様はビシッとメアリーさんを指差してそう宣言した。


 それを見たメアリーさんはというと、少し不服そうにしながらも、エスフォリーナ様を否定せずに静かにこの場を後にする。


 メアリーさんが去って数秒後、エスフォリーナ様は大きくため息を吐いた。



「本当、何を言い出すのかしらメアリーは……」


「でも実際、切実な問題では?」


「まさか、國都くにみやくんも私と、その……色々したいわけ……?」


「もちろん大歓迎ですけど……エスフォリーナ様は嫌っぽいですし、迫ったりしませんよ?」


「……そう……本当は分かってるのよ、私も」



 グラスに入った飲み物を呷ったエスフォリーナ様は、多少落ち着いたら様子で溢し始める。



「パパもいい歳だし、私だっていつまで魔王できるか分からないし。かといって魔族の男って野蛮で血の気が多いし、落ち着けないのよ……そんな感じだから、あなたなら…………」



 そこまで言いかけたエスフォリーナ様の頬が、みるみる赤くなっていく。せっかく落ち着き始めていたのに、また逆戻りだ。



「か、勘違いしないでよね! 他と比べたらマシってだけであなたは人間───」


「ありがとうございます」


「───え?」


「男に対して嫌悪感を持っていたエスフォリーナ様が、『他よりもマシ』と思ってくれるのなら、今はそれで満足です」


「そ、そう……?」


「はい! それに、急がなくていいんですよ。まだ出会ったばかりですし、お互いを知るための交際ですから。あれこれ考えるのは、お互いのことを知った後にしましょう?」



 俺の顔を見つめてキョトンとしていたエスフォリーナ様は、その言葉を聞いて一拍、クスッと小さく微笑んだ。


 その笑顔があまりにも綺麗で……今度は俺の方が頬が熱くなるのが分かる。



「そうね……ちょっと気が楽になったわ、ありがとう」


「それじゃ、そろそろ食べてもいいですか? めちゃくちゃお腹空いちゃって……」


「ふふ……えぇ、どうぞ。メアリー達の料理は美味しいわよ」


「それは楽しみです!」



 そうして俺とエスフォリーナ様は、メアリーさん達が作る料理に舌鼓を打った。


 先程までの雰囲気もどこへやら。

 美味しい料理と楽しい会話で、俺とエスフォリーナ様は最高の一時を過ごしたのだった。

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