ドラゴンハート・オペレーション

MU10

第1話

「……冗談だろ?」

その呟きに、私は返すべき言葉を持たなかった。いや、まさか本当に成功してしまう日がくるということの方が信じられないというべきか。私は今を以てなお、目の前で起きている現実に己の正気を疑わずにはいられなかった。よもや、この計画のリーダーである彼と二人で夢か幻覚を見ていると言われた方がよほど信憑性があるといってもいいくらいに。

 「信じられない、本当に鳴動してる……これ、夢じゃないですよね? 私たち、ついにオペのし過ぎでナチュラルに幻覚見れるようになっちゃったりしてません?」

 「イデデデ! そういうのは自分の頬を捻って確かめるもんだろうが!」

 「あ、すいません。つい」

 果たして、一体どういう「つい」だったのかは分からないが、私は自分でも相当に動揺していることは確かだと言える。職場じゃクールビュウティで通っている私である、こんな姿を同僚に見られたらいっそ気が触れたのかとでも思われてしまう。

 いや、確かに今はその一歩手前くらいかもしれないが……。

 混乱する頭をどうにかこうにかクールダウンさせ、私は再度手術を終えたばかりの肉体に対して繋がれている計器に視線を落とす。規則正しく、ドクンドクンと鳴動しているその波形は間違いなく心臓が鳴動しているという他ならぬ証だった。計器が誤作動している可能性もなくはないだろうが、こんな状況でそんなことが起きればぬか喜びもいいところだろう。開発元のメーカーには週単位でネチネチと気が滅入りそうなクレームを入れたくなることは間違いない。

 なんて。そんな益体の内妄想を巡らせている時点で、私はまだまだ全然クールな状態に戻れていないことは明白だった。

 被験者の顔は、血色も悪くなく、スウスウと麻酔の効果がまだ残っていることもあって規則的な寝息を立てている。今までであれば、私とリーダーの目の前に横たわっているであろう肉体は、血色がどんどん悪くなり、拒絶反応とともに悲惨な状態になっていることが常だった。ともすれば、やはりこれは奇跡という他ないのかもしれない。今後同じことをやれといわれても、再現することはどう考えても不可能だと断言できる。同じ状況で、同じ方法で、同じ人間が同じことをした。だというのに、これまでとは違う結果が導き出された。これを、一体どういう現象だと言語化すればいいのやら。

 「まさか、本当に成功する日がくるなんて……資金の無駄遣いと言われ続けて早7年。ついに、人間に『竜の心臓』を移植することができた!」

 「今だに信じられませんよ、リーダー……一体どんなイカサマしたんですか」

 「助手君、もしかして私のこと信用してない?」

 「信頼の裏返しです」

 「辛辣! もっと敬ってよ!」

 嘆息する私をよそに、リーダーは目をキラキラさせたままその比検体をしげしげと眺めている。そう、確かに成功してしまった。だが、結婚というものが結婚生活のスタートであるように、実験の成功もまた、複合的なタスクのタイムラインとしてみればそれは一通過点に過ぎない。これは、始まりに過ぎないのだ。こうしてすぐに、そんなことを感慨にふける間もなく考えてしまうあたり私はやはりドライな人間なのだろうとなんだか卑屈な気持ちになってしまう。学生だった時分も、教授たちに重箱の隅をつつくような質問ばかりして困らせたものだ。人間、どうやらそう簡単に変わることはできないらしい。

 「んん……」

 「おっと、いけないけない。まだ完全に馴染んでないはずだ、もしかしたら拒絶反応が起こるかもしれない。しばらくは24時間体制でモニタリングする必要があるな。助手君、手配は」

 「一応マニュアルにある通りには。成功する日がくるとは思っていなかったので、方々もてんてこまいですよこれは」

 「はは、嬉しい悲鳴ってやつだね。ともあれ、彼女が世界で一人目の奇跡の体現者だ。迂闊に死なせるわけにはいかないからね」

 「そう、ですね」

 私は横目で、眠っている少女を見る。奇跡か、それとも地獄の始まりなのか。世界でたった一人、竜の心臓を宿してしまった少女。彼女の人生が、波乱に満ちていることはしがない一研究者の私でも、案じて余りあるほどの未来が見えてしまう。

 これもまた、余計な感慨だろうか。オペ用の手袋を外すと、私は乱暴に放り投げて手術室を後にした。

 

 「どうして、私をこんな身体にしたんだ……!」


 殺気と憎しみの籠った言葉が聞こえた気がした。うんざりする。いい加減、こんなことやめてしまえばいいと予知の力を使ってしまったのが間違いだった。これから約3年先の未来に、私は彼女に殺される寸前そんな風にいわれるのだ。まったく、運命なんて知らない方がいいというのに。

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