第6話
荷台から運び出された油井君と土屋君は、いかにも勇者を呼びだしましたよと言わんばかりの魔法陣が書かれた部屋の中に降ろされ、ほどなくして土屋君が目を覚ました。
目覚めた土屋君が真っ先にしたことは、部屋の様子を伺うことでも、ぐるっと取り囲むようにいる異世界人への質問でもなく、油井君の確認だというのだから、もう……。
大事に思われてるんだなーってさ。
もし土屋君が栗原と私が体験したのと同じような状況に陥ったとしても、きっと土屋君は油井君を囮にはしないだろう。
「勇者様、私共をお助け下さい」
水晶からは、土屋君に魔王を倒して欲しいと願う異世界人による演説が聞こえてくるんだけど、誰1人として負傷している油井君を助ける者はいない。
自分達が攻撃したせいで勇者が負傷してるというのに、その勇者に向かってよくもまぁ……。
「だからさぁ、不意打ちで攻撃されてんだよ、こっちは。それでどうして協力しろとか言えんのさ。油井は下手すりゃ死んでたんだぞ!」
そーだそーだ!
しかも願いを聞いて欲しいってくせに、部屋の隅にいる人達は攻撃体制を崩さないのはどういう了見なのさ。
「う……ん……」
あ……。
「油井!起きて大丈夫か?」
顔色の良くない油井君は、土屋君の姿を見るとフワリと表情を和らげて笑うと、大丈夫だとか見え透いた嘘を言った。
「……油井、ここ……痛む?」
超至近距離で頭をつつく土屋君と、痛いと観念する油井君と、無視されても尚土屋君に世界を救って欲しいと頼み続ける異世界人達。
何故か魔物と勘違いされている油井君だけど、結果的には油井君の助言で土屋君は異世界人達の願いを叶えることに了承したのだった。
殺されそうになったというのに、願いを受け入れるなんて……と思ったのも最初の内だけ。
恐らくだけどこの2人は、魔王を倒すのではなく、魔王が寿命で死ぬまでのんびり過ごす気だ。
2人は経験値酔いが起きない程度に魔物を狩り、人里から離れた場所に小屋を建てて暮らし始め、油井君は庭で薬草を育ててポーションを作り、土屋君は油井君お手製のポーションを持ち、油井君に経験値が入らない程遠くまで移動して魔物を狩った。
魔物から素材を剥ぎ取って町で売り、稼いだお金で食材を購入して小屋に戻った土屋君は、手に入れた食材を油井君に渡し、油井君はそれを使って夕飯を作る。
美味しい?美味しいよ。と言い合う姿は、夫婦かな?
「尊い……」
水晶の中に映る時計を見れば夜の8時を回っていたから、水晶の電源をオフにした。
2人が小屋を建てて暮らし始めて少し経った辺りから、私は夜から朝にかけての時間は2人を見ないことにしている。
物凄く今更なんだけど、プライベートな時間を覗き見るのって、野暮じゃない?
言い訳っぽいんだけど、小屋を建てる前は勇者っぽいことしかしてなくて、人間らしい感じがなかったから罪悪感なく見ていられたのよ。
だから、夜の時間帯は栗原を見ていることが多い。
意外なことに、栗原はまだ生きている。
私を囮にして生き延びてから数えると恐らくは8年は経っているというのにだ。
「あー……また気弱そうな子を仲間にしてる……」
栗原はパーティーを組む際、必ず1人は弱い子を入れる。
自分が強くないことをカモフラージュするためでもあるんだろうけど、大きな理由はいざという時の囮。
私のことで味を占めでもしたのか、それとも元々なのか、栗原は絶体絶命のピンチに陥る度に弱い子を囮にして逃げるのだ。
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