第3話
昨日も来たクレープ屋のテーブル席で、私は石野ひなたと向き合っていた。
私が食べているのは、チョコバナナクリーム。石野はイチゴチョコクリームを注文していた。
甘いのは太るから特別好きじゃないけど、石野ひなたは好きなようだ。あからさまに瞳を輝かせている。
「石野さんは甘いの好きなの?」
「うん! 好き! タマちゃんは?」
「私は太りやすい体質だから、気を付けてるんだ。……石野さんは細いからそういうの気にしてなさそうだよね」
「うん! ぜんぜん気にしない!」
……帰りたい。
「あ、これ、持ち帰りもあるかな?」
「え、持ち帰るの? これ」
なぜに。
「アイス溶けちゃうんじゃない?」
「そっか、そうだよね」
石野は少し残念そうにして、再びクレープをはむはむと食べ始めた。
「……あ、そういえばタマちゃんのそれ、何味?」
「チョコバナナだよ」
「…………」
石野はじっと私を見ていた。正確には、私のクレープを。
「……食べる?」
「いいの!? 食べる!」
私はクレープごと石野に差し出す。
「じゃあ、全部あげる」
「えっ、なんで?」
「私、あんまりこういうの好きじゃないから」
「こういうのって?」
「甘いもの」
石野がきょとんとした顔で私を見た。
「え。じゃあなんで来たの?」
「えっと、それは……」
あなたがしつこかったからですが。
「もしかしてタマちゃん……私のために?」
瞳がキラキラしている。どうしたらそんなにプラス思考になれるのだろう。謎。
「ずっと思ってたけどさ、石野さんって、すごいプラス思考だよね」
「そう? あ、ひなでいいよ〜」
「……石野さんって、二年のときだれと仲良かったの?」
「だれと……えっと、湊とか?」
「女子は?」
「うーん、とくにはいなかったかな」
だろうね、と内心で同意する。
「ねぇ、石野さんって、学校楽しい?」
「え? 楽しいよ?」
ふつうに返され、面食らう。
「だって学校には湊がいるし」
「……そっか。あ、瀬野くんとは恋人同士だったりする?」
「ううん。湊は家族だよ」
「家族?」
「うん。生まれたときからとなりにいるから、家族」
「ふぅん……」
つまり幼なじみということか。
だからってふつう、家族って言う? 血の繋がらない他人同士で、しかも性別も違う人と家族とか。あり得ない。そんなふうに思っているのは、きっと石野側だけだ。
「タマちゃんは二年のとき、だれと仲良かったの?」
「え?」
一瞬、言葉に詰まった。
「……とくには」
一瞬、メグと遥香の顔が過ったけれど、あの子たちは別に友達というわけではない。
正直、メグと遥香と話していても、いつもだれかの悪口ばかりで楽しくない。
ふたりだけのときは私の悪口を言っているのも知っている。そんな人を友達だなんて思うわけがない。
お互い、ギブアンドテイクだ。私といると人気者の仲間でいられるからふたりは私についてくるし、私は私の可愛さが引き立つから彼女たちに付き合う。ただ、それだけの関係。
「じゃあ、私と一緒だ!」
「え」
「私もね、女の子で仲いい子いないからさ! なぜか避けられるんだよねぇ」
「そう……だったんだ」
そりゃ避けるだろ、ふつうは。
「だからタマちゃん! 友達になろっ!」
「う……う、うん……」
屈託なく笑うその顔は、女の私でも見惚れてしまうくらいにきれいだった。
いや、おかしい。私と石野が同じ? ない。絶対ない。だって私は人気者で、石野はきらわれ者だ。
***
放課後、私は図書室にいた。他クラスの男の子に呼び出されたのだ。行ってみると、案の定告白だった。好みの顔じゃなかったので丁重にお断りして、私は昇降口へ向かう。下駄箱でローファーに履き替えていると、ふととなりに人の気配を感じて顔を上げる。
そこにいたのは、すらりと背の高い男の子。瀬野湊だった。
「……あ、鈴賀。今帰り?」
声をかけられた私は、得意の笑みを返す。
「うん。瀬野くんも?」
「今日は部活休みだから」
そうなんだ、と返すと、沈黙が落ちた。
「それじゃ、また明日ね」
とくにそれ以上話すこともないので、さよならをする。すると、瀬野はなぜだか私にくっついてきて、並んで歩き始めた。
え、なに? どういう状況?
「ねぇ。さっき、告白されてたでしょ」
見てたのか、という意味でちらりと瀬野を見る。
「なんでふったの?」
「なんでって……彼のことなにも知らないし、まだ前の人と別れたばかりだし」
嘘。本当は顔が好みじゃなかった。ただそれだけ。
「うわ、嘘っぽ」
と、瀬野が言った。
眉を寄せる。
「鈴賀って、来る者拒まずじゃないんだ?」
立ち止まり、瀬野をキッと睨みつける。
「どういう意味?」
「あー。別に、変な意味じゃないから気にしないで」
いい意味でもないだろうが。
気にするなと言うなら初めから言わないでほしい。なんなの、この男。感じ悪。
「ただ、ちょっと意外だったからさ」
私は瀬野の声を無視して早足で歩き出す。
……私はバカじゃない。
こっぴどくふって、逆恨みでもされたらたまらない。だからいつも、できるだけこじれない別れ方を選んでいる。前に一度、厄介なタイプの男の子と付き合ってしまって、しつこく追いかけ回されたことがあったから。
高校生になってからは、家の場所だってだれにも教えていない。今後も教えない。
「怒るなよ」
「別に、怒ってないよ?」
仮面を被った私は、そんなことで怒るほど短気じゃない。
「そういえば、瀬野くんこそ石野さんと付き合ってないんだね」
「え? あぁ……まぁ」
瀬野は驚いた顔をして私を見た。なんで知ってるのか、と聞きたいのだろうか。
「石野さんが言ってた」
「……あぁ、そういうことか。……ありがとな、ひなたと仲良くしてくれて」
あいつあんまり女子とかかわらないからさ、と瀬野は言うが、素晴らしい勘違いだ。
べつに仲良くないし、あっちが勝手に付きまとってくるだけで、こちらはものすごく迷惑しているのだが。
「……本当に仲良いんだね、石野さんと」
「え? あーまぁ、ずっとそばにいるからな」
石野は以前、瀬野のことを家族だと言っていた。瀬野も同じように、石野のことをとても大事に思っているのだろう。眼差しがそう語っていた。
私は愛想笑いを浮かべることも忘れ、ぽつりと呟く。
「……勘違いしないで」
「え?」
「私、石野さんと仲良くないから。あっちが勝手に付きまとってくるだけ」
「え……でも昨日クレープ食べたってひなた、嬉しそうに話してたけど」
「しつこかったから付き合ったんだよ。瀬野くんさ、幼なじみなら瀬野くんから言ってくれないかな。迷惑なんだよね。石野さんみたいな全方向からきらわれるタイプの女子に絡まれたら、私まで女子からきらわれかねないんだから」
吐き捨てるように言うと、瀬野がぽかんとした顔をした。それを見て、ハッと口を押さえる。
やってしまった。せっかくこれまで誰も素を見せずに頑張ってきたのに。
「ご……ごめん、私帰る!」
私は、走ってその場から逃げ出した。
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