第2話



 新学期が始まって一週間が過ぎたある日の放課後。私は、メグと遥香と三人で駅前のクレープを食べに来ていた。

「タマ〜、どうよ? 新しいクラスは」

「あぁ、うん……」

 答えるまでもない。

「噂によると、石野に懐かれてるらしいじゃん」

 なぜか嬉しそうなメグと遥香。

「うん、まぁ……悪い子じゃないんだけどね。けど……ちょっと合わないかも」

「うわ、タマが珍しくやつれてる!」

「しかも、タマが合わないとか言うなんて……」

「というかさ、石野が学年主任の岡田とデキてるって噂知ってる?」

「知ってる! 放課後一対一の個人指導でしょ! ヤバイよね!」

「え、なにそれ」

「タマ知らないの? 石野ってバカでいつも赤点ギリで、欠席もめちゃくちゃ多いのに留年してないじゃん? だから、学年主任とデキてて、進学させてもらってるって噂だよ! 有名じゃん!」

「えぇ、それはさすがにないんじゃないかな?」

「そりゃまぁ、噂だけどさぁ」

「でも石野ならやりかねないでしょ!」

「うーん、そうかなぁ……」

 ため息混じりにクレープをかじる。甘ったるいクリームが舌に絡まった。

「あ、でもさ、石野と仲良くなれば、湊くんとお近づきになれるチャンスじゃない?」

「おぉ。それはそうかも! 石野と湊くんって幼なじみらしいしね」

「湊…?」

「そ。瀬野湊」

「……そういえば瀬野くんって、私の後ろの席だったかも」

「そういえばって……タマったら、本当にイケメンとか興味ないんだね」

「まぁね……」

 嘘。知ってる。

 私のクラスには、イケメンがひとりいる。石野ひなたと幼なじみだとかいう瀬野湊。

 イケメンで頭も良くて、おまけにサッカー部のエースで面倒見がいいときた。顔だけしかいいところがない石野とはまるで正反対の幼なじみ。

 彼のことは、私はべつに好きというわけではないけれど、あの顔なら付き合ってもいいと思っている。もちろん、相手から告白してきたら、の話だけど。

「タマの今の最有力彼氏候補じゃない?」

「私は別に、そんなつもりは」

 あるが。

「またまたぁ! あ、そういえば私のクラスにもひとりイケメンがいてさ〜」

「あ、知ってる! バスケ部の人でしょ?」

「そう!」

「あれ、でもあの人彼女いなかったっけ?」

「いるいる! で、二年に彼女がいるっていうからその噂の彼女、見に行ったわけよ」

「マジ? どうだった?」

「めっちゃブス! やばいよ、あれは。女の趣味悪過ぎて冷めたわ」

「あーいるよね、そういう人〜。ブス専ていうの?」

「あはっ。マジないよね〜」

「タマのが絶対可愛いよ」

「うんうん、だよね〜!」

「そんなことないよ」

 ふたりの話を聞き流しながら、私は表向き笑みを浮かべてクレープを食べていた。

 甘ったるくて、胸焼けした。



 ***



 放課後。委員会が終了し、下校前に私は女子トイレにいた。鏡に映る自分を視界に入れないようにしながら手を洗い、ドアを開ける。

「あっ」

 足元を見ていたせいで、入ってこようとした人とぶつかってしまった。

「あっ、ごめん」

 大丈夫だった? と問おうとして顔を上げると、ぶつかったのは例の石野ひなただった。

「げっ」

 思わず声を出してしまい、慌てて口を噤む。聞こえていなかっただろうか。

「って、なんだぁ、タマちゃんか」

 石野はお得意の上目遣い。女にやったところで嫌われるだけなのに、と思うけれど、これが彼女の素なのだろう。

「……ごめんね。怪我してない?」

 私は努めて笑顔を張り付けて、石野に話しかけた。すると石野は私が笑顔で返したのが嬉しかったようで、パッと笑ったまるで花が咲くような、すごく可愛らしい笑顔で。

「大丈夫だよ!」

 ……いいなぁ。石野はすっぴんでこのレベルなのか。化粧したら、無敵だろうな。

 羨まし……くはないけど。

「あ、そだタマちゃん。今日、放課後クレープ行けるよね?」

「え? ちょ、待って、なんの話?」

「先週約束したでしょ?」

 してませんが。

「行けない……?」

「…………」

 石野がきゅるんと瞳を潤ませた。

 ……ウザ。

 大きな二重の瞳。ぷるぷるした白玉肌。髪は細くつややかで、巻いているのだろうか。毛先だけくるんとしている。華奢な身体と、小さな手。

 どこもかしこも男が好きそうな容姿。

 でも、顔だけ良くたってダメなのだ。基本、学校というカースト社会では女子にハブにされたら生きていけない。バカで空気が読めなくて、協調性のない女は生き残れないのだ。

 だって現に、石野ひなたはクラスでひとりも友達がいない。

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