私だけの王子様

朱宮あめ

第1話


 新しい季節が来た。

 少し窮屈な制服に身を包んだ私は、重い足を動かしながら使い慣れた駅へと向かう。電車に乗り込むと、私と同じ制服を着た学生たちがちらほらと見える。その中には、知らない顔もあった。新一年生だろうか。

 車窓の外には、まだ目覚めたばかりの太陽と街並みが広がっている。

 春。まるで街全体が淡いピンク色に染まっているようで、眩しい季節。

 今日から新学期だ。

「おはよ、タマ」

 ぼんやりと流れる景色を見ていると、ふと顔に影が落ちた。正面へ視線を向けると、私と同じ制服を大胆に着崩した女子がいた。彼女の名前は青山あおやまめぐ。アイメイクの濃い化粧と明るいオレンジ髪が、彼女のトレードマークである。

「メグ。おはよう」

 メグは私の隣に座ると、カバンから鏡を取り出し、前髪を整え始める。

「あ、そだ。ねぇタマ、迷倫めいりん高の彼と別れたって本当?」

「あー……うん」

「なんで? 結構イケメンだったのに」

「うーん、すれ違っちゃったのかなぁ……分かんないけど、私が悪いんだ」

 嘘。私は一ミリも悪くない。単に相手が嫉妬深くて面倒だったから別れた。それだけ。

「タマが可愛過ぎるから、きっと過保護になっちゃうんだよ〜」

 そう言うメグは、どこか揶揄やゆするような視線を私に向けた。

 どうせ、すっぴんはそうでもないのになぁとか思ってるんだろう。

 べつに、好きに思えばいい。仮にそうだとしたって、あんたよりはマシなんだから。

「タマが彼氏と別れたって学校で知れたら、また男子の争奪戦が始まるかもねぇ」

 私はメグの言葉を笑って流した。

 私は、世間一般で言うところの美人に分類される。勉強もそこそこできるし、運動もきらいじゃない。おまけに人当たりもいいから、男女問わずよくモテるし学校では人気者。

 ……だけど。

 私はまだ、だれかを好きになったことはない。

 告白されて、これまで何人かの男の子と付き合ってみたものの、みんなつまらなかった。

 手を繋いでもぜんぜんどきどきしないし、話をしていてもつまらない。

 そして、私がつまらない顔をしていると、相手も気を遣い始めて、どんどん空気が悪くなってくる。その結果、相手の執着が強くなり、息苦しくなって、私のほうから別れを告げることが多かった。

 結局私は、モテる私が好きなだけで、男の子が好きなわけではなかった。

 でもそれは、付き合った男の子が私に見合ってないだけ。私はなにも悪くない。

 電車が最寄り駅に着き、学校へ向かう。

「あ、タマちゃんおはよー」

 校舎に入るなり、金髪ロン毛の女子が駆けてきた。彼女も二年のとき同じクラスだった斎藤さいとう遥香はるかだ。

「ねぇ見た? 見た? クラス」

「まだ」

「私、タマとメグとべつのクラスだった〜」

「そうなんだぁ。残念だね」

 内心、よかったと思いながらクラス分けの表を見る。

 名前を探してみると、私は四組だった。これまで仲が良かったふたりとは、完全に別れてしまった。別にどうでもいいけど。

 ……そんなことより、だ。

「タマ、何組だった?」

「……四組」

 クラス表を見上げたまま、端的に答える。

「私は三組。全員バラバラだぁ」

「まぁ、二年のとき結構派手に遊んだしね。バラバラにされるとは思ってたわ」

「ってそれよりタマ、石野いしのと同じクラスじゃん」

 クラス表、四組の一番上に『石野ひなた』とある。

「……石野……さん?」

「あの顔だけの女だよ! 性格超悪いやつ!」

「あぁ……」

 知ってる。

 石野ひなた。学校で一番可愛いとか言われて、男子からチヤホヤされてる女。

 たしかに、顔は可愛い。それは私も認める。

 ただし、ワガママで空気が読めなくて協調性がないから、女子からはすこぶる嫌われているのだ。

 私は、私より目立つ女はきらい。可愛い子もきらい。特に、石野ひなたみたいなタイプはこの世のなによりきらいだ。

 高校最後の年なのに、なんてついてないのだろう。とにかく、この一年は絶対かかわらないようにしよう。

 階段を上がったところでふたりと別れ、新しい教室に入る。教卓で座席を確認すると、私の席は窓際から二列目の一番前だった。

 ……うしろがよかったな。これじゃ後ろの子の視線があるしサボれないじゃん。

 席につき、カバンからペンケースを取り出していると、ガタンと隣の席の椅子が引かれた。

「……あ」

 見ると、例のあの子とかちりと目が合う。

「おとなりさんだぁ。よろしくね!」

 甘ったるい声だった。

「……うん。よろしくね、石野さん」

 咄嗟に笑みを作って返し、さっと視線を外した。

 ……マジで最悪。


 始業式が終わり、新しい担任の挨拶が終わると、今度は学生の自己紹介の時間になった。挨拶は番号順で、初っ端は石野ひなただった。

「えっと……石野ひなたです。好きなものはお菓子とか? で、きらいなものは朝と勉強と運動? あ、部活は入ってません。学校行事とか委員会は基本不参加希望なので、よろしくお願いしまーす」

 ……うわ、最悪な挨拶。

 石野は相変わらず、超甘々な声でわがまま放題言って席についた。

 石野の挨拶に、女子はみんな引いていた。……男子はまぁ……笑顔に見惚れてたけど。

 それから数人の自己紹介が終わって、私の番になった。

鈴賀すずが珠生たまきです。私は部活に入っていないので、高校最後の今年はクラス行事にも積極的に参加して、みんなと楽しく過ごせたらと思っています。よろしくお願いします」

 当たり障りなく挨拶を終えて席に着くと、うしろの席の男の子の番になった。

瀬野せのみなとです。一応サッカー部所属です。よろしく……」

 前を向いたまま次の子の挨拶を聞いていると、ふと、となりから視線を感じた。

「ねぇ」

「…………」

「ねぇねぇタマちゃん」

 ……タマちゃん!?

 ぎゅん、と顔を向ける。

「え……なに? ……石野さん」

 愛想笑いを浮かべて石野を見る。すると、石野はなぜだかパッと嬉しそうな顔をした。

「私の名前覚えててくれたの!? 嬉しい!」

「あ……うん、まぁね」

「タマちゃんってすごく物覚えいいんだね!」

 ……バカにされているのだろうか。

「石野、鈴賀。人が自己紹介してるときにしゃべるんじゃない。失礼だろ」

「あ、す、すみません」

 謝りながらも、いや、私は喋ってないんだけどと思う。

 なんで私まで怒られなきゃなんないの。私は話しかけられただけだし、関係ないし。

 じろりと石野を見ると、石野はぺろりと舌を出した。

「怒られちゃったね」

 ……本当に最悪。


 ――それからというもの。石野ひなたはことあるごとに私に話しかけてきた。

「ねぇねぇ、タマちゃんて家どのへんなの?」

「ええっと……家は、南のほうかな?」

 嘘。テキトーに言った。

「そうなんだ! あ、私のことはひなって呼んでね! タマちゃんっ!」

「……うん。ありがとう」

「タマちゃん、次移動教室だって。一緒に行こぉ」

「…………うん」

「お昼一緒に食べようよ〜」

「あ、私、先約があって……」

 遠回しに敬遠しているにも関わらず、よくもまぁ石野は懲りずに話しかけてくる。

「ねぇねぇタマちゃん。今日の放課後、クレープ食べに行かない?」

「ごめん、今日は用事が」

「そっかぁ。じゃあ仕方ないね。それなら明日行く?」

 やんわり断っても、石野は明日の予定を聞いてくる。

「明日もちょっと……」

「じゃあ来週?」

「うーん……」

 もしや、断られているという認識がないのだろうか。

 いや、メンタル鋼かよ。

「あっ、数学の教科書忘れちゃったぁ。タマちゃん見せて〜」

「えっ」

「先生ぇ〜、教科書忘れちゃったので、タマちゃんから見せてもらっていいですかぁ?」

「!?」

 私の許可より先に先生に許可を取りやがった。

「仕方ないなぁ。次からは気を付けろよー。あ、それから先生に対する言葉遣いは……」

「はぁい気をつけまーっす」

「……鈴賀、見せてやれ」

「……はい」

「ありがとぉ」

 あぁ、もう! まったくもってウザイし、なんなのこの女……!!

 新学期が始まってからというもの、出席番号順でとなりの席になってしまった私は、石野ひなたになにかと話しかけられる毎日を過ごしていた。

 授業中でもふつうにデカい声で話しかけてくるし、おかげで先生に怒られるし、空気だってぜんぜん読まない。

 ……今年が高校最後なのに、まったくついてない。

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