第25話 誘き出される者

 キキノは顔を押さえ泣いていた。


 俺は何となか流さずに済んではいるが、目の奥が熱を帯びていた。


「私が知っているのはここまでかな……。この後は、イミリアから、ハヤセを連れてグラヴィスを出るように言われて、比較的天世の影響力が少ないここ〈鈴華ヘルヴェル〉へ住み始めたの。あまり孤立して住んでしまうと、何かあった時に対応できないから……。それに、ここは三機関が力のバランスを取っているから、たとえ知られてしまっても、天世も単独では動けないのよ。周囲の監視があるからね。木を隠すなら森の中ってことかな……。それに、イミリアが『もしものために』ってグラヴィスから騎士を何人か駐在させてくれてるのよ。一般人に紛れ込ませてね」


 イミリア・リンス・グラヴィス────


 ルシアさんの話に出てきた彼女は、当時は王女……現在では、グラヴィス王家で歴代最高の能力を誇る女王陛下である。


 その防御特化型能力は、数千の大群が押し寄せ、長期戦になったとしても、耐え切れる程だと言われている。だけど最近、イミリア女王陛下の周囲が騒がしくなっていると聞いた。


〈中央王都グラヴィス〉内で行方不明者が多発しているらしい。ルシアさん達が昔、経験したような孤児行方不明と重なってしまう。


 ただ違うのは、今度は孤児のみにとどまらず、その行方不明者は家柄関係なく、王都全体の民衆に及んでいるという。

 それにこの関係なのか、俺たちが〈彼方アザイド〉に行った際、天牢〈ヘルゲート〉の所長はグラヴィスに行っていると聞かされていた。


 その結果、あのロイゼンという、副所長という名の狂人と相対することとなってしまった。


 所長はどんな者か分からないが、ロイゼンの影響であまりいい印象は持てない。

 なので、関わりを持たない方がいいには違いない。

 

「ルシアさん……。カンネ・ヒイラギはどうしよう?

 最初に言ったように、俺たちを逃がしてくれたから、話を聞く限り、こっち側に着いてくれそうなんだけど……」

 

 俺の言葉に、ルシアさんは口元に指を当て、不安な表情を見せながら考えていた。


 その思考を終わらせるように、突然──!!



 ──ヴィィィィィィイ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"!!!!



 俺が育成学校から持たされている、通信機の緊急を知らせる通知音が鳴り響いた!


 この音には俺たち3人は虚をつかれた。


 俺は慌てて通信機に目を向けると、アザイドに行った全生徒に対しての、強制報告であり、そこからあの副所長ロイゼン・ヘイズ・スクリアートの声が聞こえて来た。



[育成学校のアザイド支部に滞在している生徒諸君。君たちに報告しなくてはいけないことがある。君たちの担当の教師である、ガイル・レア・スクリアートが、何者かに襲撃を受けて重体となった。そこでだ、急遽、私が君たちに指示を出そうと思う。その何者かは恐らく君たちのであると思われる……。そいつを見つけて欲しいのだが、いどころが分からないのだよ……。心当たりがあれば教えて欲しい。後もう一つの報告として、ヘルゲートの中位守官だったカンネ・ヒイラギが事もあろうに、大罪人の脱獄幇助ほうじょを行おうとした上、上司である私に刃を向けたことから、天世に反逆した者とみなし、この者のを行うことが決定した。彼女は捕らえてある……明日の午後、昼過ぎごろに処刑する。それまではとは思うがなフふふふ……。おっと失礼した。君たちにも是非見に来てもらいたい。以上だ……]


 その報告に最初に声を上げたのはキキノだった。


「──カンちゃんが!! どうしよう!! どうしよう!?」


 キキノはパニックを起こしかけている。


 俺はそれを宥めつつルシアさんに視線を向けた。

 だけど、やっぱりルシアさんも動揺が隠せていなかった。それでもなんとか声を出していた。


「──これは明らかにハヤセとキキノちゃんを誘き出すための罠よ……。挑発してきた事から、少し焦りも感じられる。それに、コイツはキキノちゃんがいなくなったことを隠してる。カンネが完全に手を貸したにも関わらず、としか言わなかった。このカンネの処刑は恐らく、コイツの単独判断でしょうね。キキノちゃんに逃げられたことを上に知られたくないのでしょうね」


 確かにルシアさんの言う通りだと思う。


 このロイゼンという男は、以前、天牢内でキキノの封印術式を失敗していた者に対して、『上層部に知られたら私の沽券に関わる』と怒っていた。

 それに、公開処刑と言いつつも、アザイドに居る生徒たちの通信機にのみ緊急を入れている。


「でも、このまま放って置くわけにはいかねーよ! それに、キキノを育てて、逃がしてくれた人だ」

 そういう俺に、ルシアさんは言った。


「それは分かってるわ。私も放って置こうとは思っていない。でも、あなた達が行ってはダメよ! 相手の思うツボよ」

「なら! どうするんだよ!」

 キキノも不安そうにこちらを見ていた。


「──私が向かうわ……」


「!? それもダメだ! ルシアさん1人に負担をさせられない!! 俺も行く!! それに……」


 そう言いながらキキノに目を向けると、その表情は強い決意のようなものが見て取れた。


「……キキノも行く気みたいだぜ」

「──はい。行きたいです……。カンちゃんに怒られるかもしれないけど、何もしないなんて嫌です!」


 俺とキキノの意を汲み取ってくれたのか、ため息を吐きながら答えてくれた。


「私としては止めたい所だけど、ここにいる様に言っても勝手に行きそうだし……。それなら私が一緒にいた方が良さそうね」


 ルシアさんはそう言うと、俺とキキノに約束するように言った。


「じゃあ、ハヤセにキキノちゃん。これから言う事は絶対に守ってね。もし、向こうで危ないこと、捕まりそうな事態になったら、2人だけで逃げなさい! これは必ずよ! 守れるなら連れて行くわ」


「でも、ルシアさんに何かあったら……」


「守れないなら連れていけない……」


 キキノと視線を交わし、お互い頷くと、ルシアさんの言う約束を守ると伝えた。

 そして再び、カンネを助ける為に、〈彼方アザイド〉へと向かうことになった。

 

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