第16話 ルシア
「──どうしようか……」
それが最初に出た言葉だった。
転移陣でヘルヴェルに戻れたのはよかった。
だが、『戻れた』というだけで、どこにこの転移先が設定されているかを考えていなかった。
俺とキキノがこの〈陣〉を使い辿り着いた先は、ヘルヴェルの中央に位置する中央政府の建物の地下だった。
室内は薄暗いが、ところどころ灯りが白壁を照らしていた。
警戒しながら扉を開けると上り階段があり、その先から光が見えていた。そして上がった先には中央政府の建物内と分かるように、〈天世守護聖〉〈世界星軍府〉〈治安警守院〉のシンボルマークが旗として掲げられていた。
「まぁ、そりゃあそうだよな……都合よく関係ない建物なんかに転移するわけないよなぁ……。しかも〈育成学校アールス〉でもないなんてな……」
学校ならまだ良かったが、ここはダメだ。
巡回兵や衛兵が見張っている。
ひとり言を呟いていると隣のキキノが俺の服を強く握っていた。
恐らく不安なんだろうと思う。
今まで、外に出たことすらなかったのが、今や俺が連れ出した事で脱獄者となった訳だ……。
そのキキノを落ち着かせるように、根拠のない──大丈夫! を言っていた。キキノ自身も分かっているのだと思うが、言わない言葉と口に出す言葉とではその覚悟は違ってくる。
(──にしても、どうするか……。ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。かと言って見つからない様にここから出るって言うのは中々厳しい……)
そんな考えを巡らせていると、目の前を横切ろうとした巡回兵が突然倒れた─────
さらには、入り口付近の衛兵もこぞって倒れ始めていた。
意味がわからず目の前の巡回兵に近づくと───
俺より先にキキノが口に出していた。
「……この人眠ってる……」
キキノの言う通り、突然行動をキャンセルしてその場に倒れ寝息を立てていたのだ。
「──なんで急に……?」
明らかに何かの力が働いているのは分かった。
だが、それが何かわからない……。
そう思った次にはゆっくりとした足音と共に1人の女性が入ってきた。
ウェーブがかった金髪、横に伸びた耳に金色の目、俺が母親と慕っているルシアさんだ。
「ルシアさん!?」
言葉に気づき駆け足に変えると、俺を抱きしめていた。それと同時に安堵したような声を出していた。
「よかった……。ハヤセ、無事で……」
俺は照れ臭く「──離してくれよ……ルシアさん」と言うと「だって心配してたんだから!」
そう言いながら、俺の横にいるキキノに目を向け続けた。
「あなたが天牢の〈娘〉ね? ヴィウスから話は聞いてるわ……」
キキノは頷き、返していた。
そのキキノを横目に、ルシアさんから《ヴィウス》という名が出たことに驚いていた。その名前は天牢の〈門番〉とされていたあの熊のことだった。
「なんでルシアさんが知ってるんですか? あの門番のこと……」
その俺の質問に答えるより先に、「──ひとまずここから出るわよ」と言い、未だ眠り続けている兵の横を通り抜け、中央政府を後にした。
時間帯は真夜中である為に、人目につくことなく家まで辿り着くことができていた。
ルシアさんは「──ふぅ……」と息を吐くと、俺とキキノにソファーに座る様に促していた。
「すぐに飲み物入れるわ。ハヤセはコーヒーでいいよね? キキノちゃんだっけ? キキノちゃんは紅茶とコーヒーと……えっと、お茶のどれがいい?」
「──あの、お、お茶でお願いします……。ありがとうございます」
キキノは緊張しながら返していた。
「緊張しなくていいからね。ここまで来たら、キキノちゃんを天世の奴らには絶対に渡さないからね」
「……ルシアさん、多分それもあるとは思うんだけど、ほとんど天牢の関係者としか喋ったことがないからルシアさんにも緊張してるんだと思うよ」
俺の少し笑いを含む言葉に「ああ、そうだよねぇ」といい続けた。
「私は緊張される様な人じゃないから気楽にねぇ」
笑顔でキキノに言った。
それで、少し緊張も解け始めたのか、キキノもにっこりと笑みを浮かべ返事をしていた。
「ありがとうございます。ルシアさん」
その後ルシアさんは俺にコーヒーとキキノにお茶、自分には紅茶を準備していた。
そして俺から口を開き聞いた。
「ルシアさんはどうやったんですか? 中央政府の兵たちを……?」
「ああ、あれね。あれは建物全体を指定して、私の能力の【
ルシアさんの能力を初めて見た俺は、ただただ驚いていた。俺はルシアさんを能力者として見たことがなかったからだ。
口うるさい育ての母親といった感じでしか思っていなかった。こう言ったら照れるが、俺はルシアさんを母親として尊敬するほどだ。
俺の両親が死んで、血の繋がりのない俺をここまで育ててくれたのだから、尊敬しないわけないし、もしこの人に何かあれば俺は迷わず行動すると思う。
「でも、すげーよルシアさん……。あれだけの建物の人間を眠らせるなんてさ……」
それにつられてキキノも声を出していた。
「本当に凄いと思います。たぶんカンちゃんでも、大人数相手じゃあここまでの能力は使えないです」
キキノの言葉にルシアさんは何か気になる事があるのか聞き返していた。
「カン……ちゃん?」
「はい、私を育ててくれて面倒も見てくれたお母さんみたいなお姉さんの事です」
俺もそれに続けた。
「そうなんだよ……。そのカンちゃん……じゃなくてカンネ・ヒイラギっていう中位守官の女性のお陰で、副所長とヘルゲートから逃げられたんだよ」
俺の言葉にルシアさんは神妙な顔で聞いてきた。
「そのあと、多分副所長と戦ってるよね? それで、カンネがどうなったか知らない?」
その声には不安と心配の感情が混じっている様に思えた。俺は気になり聞き返していた。
「ルシアさん、カンネ・ヒイラギを知ってるんですか?」
ルシアさんは小さく頷くと話してくれた。
「カンネはね両親を殺されて、孤児だったの……。一緒の孤児院にいた妹たちの面倒をよく世話をしていたわ……。自分自身も孤児だっていうのにね……。それで、彼女が天世の守護育成学校に通う前……まだ5歳くらいだったと思うけど、あなたたちの両親と一緒に2年間ほど旅をした事があるのよ────」
ルシアさんはそう言い、話し始めた────
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます