第4話 疑問と確信

 俺たちは検査ゲートを通過し観光客たちの横を通り過ぎ、副長の待つ反対側の外周へと向かった。


 そこは生徒たち25人が集まっても、空間は十分空くほど余裕がある場所で広々としていた。


 さらに、外周の外にはそれを囲む様に微かに見えるガラスの様な結界が張ってあり、脱獄防止はもちろん、転落防止も含めてのものだろうと想像がついた。

 そこに着くと、1人の男が立っていた。

 

「お〜い……みんな……。こちらがヘルゲートの副長のスクリアートさんだ……」

 

 そう先生が紹介するその男は、金色の短髪、色黒の肌、横に出た耳が特徴のいわゆるダークエルフだった。

 その副長が俺たち生徒の方を向き、改めて自己紹介をしてきた。


「紹介を受けた通り、私が副長のロイゼン・Hヘイズ・スクリアートだ。今日は態々ご苦労だったね。この天牢の説明と質問を受け付けよう。先ずはこの天牢の大まかな説明をする」

 

 そう言うと副長は俺たちに向けて話し始めた。

 

「この天牢は見ての通り周囲を複数の結界が張ってあり、ちょっとやそっとのダメージを受けてもビクともしない……。──まぁ見せてみようか……」

 

 スクリアート副長はそう言いながら片手をかざし【ゲン】と言うと、何も無かった空間に、剣を持った巨大な黒色こくしょくの手だけが現れていた。


 そして、続けて【ザン】と言うと、その手は剣を大きく振りかぶり、結界に向けて振り下ろした! かなりの力が加わっていると感じたのだが、剣は大きく弾かれ、ぶつかった音だけが大きく響くのみでびくともしていなかった。


 しかし俺を含め、恐らく見ている生徒たちは結界の丈夫さよりも、副長の能力の方に興味が湧いた様で、手に視線を集めていた。

 

「まぁこの様にビクともしない訳だよ……おっとこれはすまない……私の能力を先に伝えるべきだったね。今更だが召喚が私の能力でね。力を調整することによって巨人の一部、もしくは全体を召喚することができると言うものだ。では話を戻そうか……」

 

 副長は天牢の話に戻り、淡々と続きを口にした。

 先程実証した通りの多重結界が張ってあることと、囚人が収監されている牢には【アビリティキャンセラー】という能力無効化の特殊金属が純度100%で使用されているなど、学校では触れていないことなどを説明していた。

 一通り説明が終わると先生が口を開いた。

 

「お前らスクリアートさんに感謝しろよ。副長さんも忙しい中話してくれたんだからな……」

 その言葉に副長は目を細めながら先生に目線を向け言った。


「……先生……ね……。君も少しは一時の自由を満喫してるかな……くくっ……」

「それはどうも……お陰様で……」

 

 先生はそれ以上何も言わなかった。

 だが、2人の間に何かあるのかは学生の俺でも分かった。そのまま副長は言葉を続けて俺たちに質問の時間を与えた。

 最初に質問したのはシマだった。

 しかも俺が聞こうとした内容だった。

 

「この天牢に収監されてるのは男女どちらですか?」

 

 副長は少し考え、女だと答えた。

 俺はそれを聞いて、昨晩の少女を思い浮かべていた。まさかと言う感情はあったが、それは表情に出さずに、今度は俺が質問した。

 

「……年齢はどのくらいで、罪状はどんなものなんですか?」

 その質問に明らかに表情が変わる副長の姿が見えた。すると、先程までとは声のトーンが変わり目つきを鋭くて返してきた。


「たかが育成学校の生徒に過ぎない君たちに知る必要があるかな?」

 その言葉に俺たち生徒全員が黙ってしまい、なんとも言えない寒気が全身を襲い、言葉が出なかった。

 

(……なんなんだよ……!? この人!? これが副長の役職につく者の圧かよ……!? 汗がとまんねぇ……)

 

 俺は全身に汗をかいていた。

 おそらく他の生徒も同じだと思うが、質問した当人である俺に向けられる圧は、他の生徒が感じているものとは違うだろうと推測できる。

 それを感じ取ったみたいで、副長はいかにも作った笑みを浮かべて言った。

 

「強く言い過ぎたかな? 年齢と罪状に関しては内部の一部の者しか知ることは出来ないのでね……すまないね。それでは最上部の外牢を案内しようか」

 

 今までの圧は解除され、俺たちは 緊張が解け副長の後を追う様に外牢に向かった。

 移動の最中には副長に対する不満や文句などを口にするものが複数いた。

 外牢がある最上部に上がると、そこは全てを見渡せるほど広々としており、外牢が中央にぽつんとある場所で、上がって来た階段近くに小さな看守室があった。

 

 そこからは俺たちが昨日、雪合戦だか何だか分からない事をした展望台が見渡せた。

 確かに昨日ここで少女を見た事を再認識した。

 だがもちろん今は少女の姿は確認出来なかった……。それから程なくして先生が街へと戻る時間になった事を告げてきた。

 

「もう時間だからそろそろ街に戻るぞー」

 と俺たちに促し帰ろうとしたその時、ヘルゲートが大きく揺れ始め、それに対して副長が小声で短い言葉を口にした事を俺は聞き逃さなかった。

 

「チッ!! またか!! やはり解除が近いか……」

 

 そして間も無くして揺れは収まり、副長は動揺する俺たち生徒に向けて言った。

 

「すまないね……封印の術式を再強化している途中でね……まだ揺れるかも知れないから早く街に戻ると良いよ……」

 そう言うと急かす様に俺たちを街へと追いやろうとしていた。移動する最中も何度か揺れが起こり、やっと出入り口の橋まで戻ってきたがそこで俺はある事に気がついた。


(やっべっ!! ルシアさんから貰ったペンダントがねー……)

 

 入る時には確かに上着のポケットに入れたはずだった。だけど、小さな穴が空いていた様で、そこから落ちたらしい。

 それに気づき、隣を移動するシマにその事を伝え、街へと戻る観光客をかき分け急いで天牢に戻り探した。結果、外牢がある最上部に落ちていた。

 

「……はぁ、良かった……。ルシアさんがあんなに真剣に渡してくれた物だから無くすわけにはいかねーからな……」

 漸く焦りを解消した俺は出入り口に向かい急いだのだが──

 

「……橋が……ねぇーな……」


 俺が見た光景はアザイドと天牢を繋ぐ橋がすでにその役割を終えて姿を消していた光景だった。

 色々考えてはみたものの看守に事情を説明してどうにかしてもらうしかないという事だった。

 

「確か看守事務所があったよな……当直の看守がいるはずだから行ってみるか……」

 

 小声で言葉を吐きつつ内牢と外を繋ぐ唯一の扉に向けて歩き始めた。

 その場所には看守事務所兼待機部屋があると聞いていた。唯一の扉という事を考えると、恐らく所長と副長の部屋もあろうことは分かる。その事を頭に入れつつ足を進めた。

 俺は扉の前に立つと軽くノックをし声をかけた。

 

「すみませ〜ん……」


 しかし、暫くしても返事は無く、人の気配も感じられなかった。聞こえなかったかもと思いつつ、もう一度、今度はもう少し張った声をかけてみたが、全くの無反応であった。

 

(居ないわけないよなぁ……鍵は掛かって……)

 

 ──ガチャ……

 

「……ないのかよ……本当に最高峰の天牢か……?」

 

 そんな疑問を浮かべながらも中へと足を進めていた。灯りは付いているのだが、手前の部屋からも、奥の部屋からも気配が無い……。


 外観と違い内装は調度品や花などが飾ってあり、白い光沢のある床は天井から下げられている灯りを反射してより明るく光っていた。

 だが、その光沢もこの静けさとも相俟って、どことなく不気味さを感じていた。

 

(マジで人気ひとけがねーなぁ……。どこに行ってんだよ……)


 不安と不気味さを感じながらも、必ず誰か居るはずだと思いつつ更に奥へと足を進めた。

 通路も一直線じゃなく数回右に左にと曲がり、やっと目の前に鉄の扉が見えてきた。

 

(この辺はさっきと違い薄暗いな……)


 さっきまでの明るさが嘘の様だった。

 たぶん、この奥が牢内だろうと思いながらも、これ以上先に進めそうもなく、思い切って声を掛けようと空気を吸ったところで、怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「貴様何をしている!!!」

 

「──!!!?ッ」


 息が詰まりそうになりながら、頭の中では言葉を作ろうてしているのを感じた。が、実際のとこは俺に言ったのではなく、鉄扉の向こうから聞こえてきた声だった。

 

(びっくりしたぁ〜……俺かと思ったぜ……にしてもこの声って……)

 

 忘れるはずもない声だ。1時間ほど前、言葉は違ったが同じ様な怒気と圧を感じて汗が止まらなくなった……。

 この声は紛れもなくロイゼン・H・スクリアートで、このヘルゲートの副長その人だった。

 

 だけど、この分厚そうな鉄扉の向こうからこうもはっきりと声が聞こえて来るってことはと思い、よくよく扉を見てみると、少しだが開いていた。

 それを確認すると、ゆっくりと通れる程まで開き、なるべく音を立てない様に中へと入った。

 まるで忍び込んでるみたい……というより忍び込んでんだけど仕方がない。

 早くここから出たいんだよ。


 本来なら、あんな怒鳴り声や圧のとこには行くべきじゃ無いとは思うんだけど、とにかく早く出たい……。

 中へ入ると下の階段があり、階段を下り切ったあたりから灯りが漏れていた。

 

(声はあの辺りからだなぁ……勝手に入って来ちまったけど、理由を話せば大丈夫だよな……たぶん……)

 そう自分を落ち着かせながら、灯りが漏れている部屋の前まで来て、扉の隙間から中を覗いてみた……でも────

 

「何をぐずぐずしている!! さっさと封印し直せ!! こんな事が牢外や上層部に漏れでもしたら私の沽券に関わる!! それとも貴様、私を貶めようとでも思っているのか?」

「け、決してその様なことは思っておりません!」

「なら早くしろ!!!!!!」

 

 その言葉に気圧された本人はあたふたと封印術式とやらをしている様だったが空中へと霧散していた。


「貴様わざとしているのか? 殺されたいのか?」

 副長はゆっくりと殺気を込めて言っていた。

 

「そ、そんな事はありません!! も、もう一度行いますのでもう少し……もう少しだけお待ちください!!」

 そう返して術式を構築し直そうとした時、術者の後方からもう1人姿を現した。

 

「副長殿、そう殺気を込めないであげて下さい。彼もふざけている訳では無いのですし、そんなに凄まれたら成功する事も失敗してしまいます」

「ヒイラギ中位守官ちゅういしゅかんか……お前、この失敗は私の所為せいだとでも言いたいのか?」


 そう敵意を向けられたヒイラギ中位守官という女性は銀髪のショートヘアで、ボディーラインが分かる様な黒革の上下ロングの服装で胸部と腰下には白銀の防具を着け、足にも同じく白銀のロングブーツを履いていた。

 

「いえ、まさかその様なことはありません。ただ、16歳が近いので彼女の力が増しているのです。その影響で通常より抑え込むのが大変なのですよ。だからどうか時間を与えてあげて下さい」

「ふんっ!! だがこれが長引けば、所長不在の今、私の責任が問われる。そうなったらお前らはどうしてくれるのだ?」

「ですから、私の部下にも封印術を行えるものがいるので連れてきました」

「ならさっさとやらせろ!! 再封印できるまで見ておくからな!!」

 そう言うと、近くにあった椅子に腰を落とし脚を組み、腕組みも行い背もたれに体重をかけて鋭い目つきで再封印を見始めた。

 

 それを見たヒイラギ中位守官と言われた女性は、ため息を吐いている様に見えた。

 そして自らも封印完了まで眺めることにしたみたいで、こっちは椅子には座らず、立ってその状況を眺めていた。

 扉の外で見ていた俺は汗をだらだらとかきながら1つの結論にたどり着いていた。

 

 

(……ダメだな……これは……)


 

 さっきまで大丈夫だと思っていた自分を殴りたい気分だ……。

 こんな状況で出ていけるほど空気を読めない人間じゃないぞ……。


 これはまずい──。


 この場面に出会でくわしたことも、無断でここまで入ってきてしまった事もだ……。

 入って来なければこの明らかにヤバい会話を聞く事もなかった……。


 状況から察すると【ヘルゲート】は何かを隠している。さらに、この事が牢外……つまり表に出てはいけない重要ななにかと繋がっているという事……。

 そのなにかは恐らく昨日、月に照らされた少女と関わり合いがあるに違いないという確信めいた感情があった。


 そんな事が脳裏をよぎると、理解してしまった。

 俺は確実に副長にとってだけじゃなく、天牢にとっても不都合な存在になりかねないと……。

 

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