第3話 違和感
「お〜い……もう十分だろぉ……? そろそろ展望台に行きたいんだけど……」
そう言う俺にシマも同調した。
あれから散々買い物に付き合わされご飯も食べ、さらには有名スイーツを食べる為に長蛇に並び、あっという間に時間が過ぎた。
気付けば夜の21時に差し掛かり、門限の22時に近づいていた。
「そうだねぇ。もういいかな……じゃあ! 展望台に行っても良いよ」
カレンはようやく満足したのか、予定通り展望台に行く事を了承してくれた。
チカホもそれに賛成すると街の外にある絶景ポイントに向かった。
「うっわ〜……すっごいねぇー!!」
そう感動をしているのはチカホで月の光に照らされた天牢を眺めていた。
「本当! こんなに空気が澄んでて星が見えてもう最高! 寒いけど……」
カレンの言う通り確かに寒い……。
この展望台はアザイドより20メートル程高い場所に造られ、結界も張ってなく、マイナスの気温の中にあった。
その理由は、なるべく天牢と同じ様な環境でその存在を見る為だった。そのせいで辺りには雪が積もり肌に突き刺さるような寒さだった。
「防寒はしてるとはいえ、さすがに寒いな……凍りそうだぜ……」
「だなぁ……。さすがに9千メートルを超えるとな……」
肩を震わせて言うシマに俺はそう返し周囲を見渡した。
この時間は誰の姿も無く、俺たちだけがいる事を確認した。この場所には屋根がある休憩所が3つ程あり、端には転落防止の策が備え付けてあった。
俺は腰まで程の柵に肘をつき天牢を眺めていた。
その横では天牢を背にし、柵に寄り掛かっているシマもいる。
そこから見える天牢はほぼ目線と同じ高さで、月に照らされたその姿は幻想的に映った。
「なぁハヤセ……ヘルゲートに収監されてんのはどんな奴だと思う?」
「さぁ〜な……。最高峰の牢なんだから狂気じみた人物なんじゃないか?」
「そうだよな……。どうせ堅いの良いマッチョなおっさんとかさ……」
「でもさぁ、ヘルゲートの情報なんて外部にでねーから想像でしかないなぁ……」
俺たちはそんな話をしながらヘルゲートを見ていた。
(……にしても本当にどんな人物が収監されてんのか……。相当危ない奴だろうけど……)
────ドゥガッ!!
そんな事を思っている俺が横を向くと、顔面に雪の塊を受けたシマが顔を押さえて蹲っていた。
「……いってーー!! 何しやがる……!! カレン!!」
「そ〜んな所で黄昏てるからだー!!」
カレンはニィッと口角を上げながら言った。
さらに後方から雪の塊が飛んできて、またしてもそれがシマの顔面へと直撃を果たし、顔を真っ赤にしながら言った。
「……クっそーー!! いい加減にしろぉーー!!」
その言葉を口火に、俺以外の3人が雪合戦を始めた。結果、俺にも飛んできたんだけど、それは能力を周囲に張り防いでいた。
再びヘルゲートを見ると、月の灯りを遮る雲が黒い影を誘っていた。その中で耳元に微かに声が届いた。
「……ラン……ラ……ン」
(──声……? 人なのか……?)
俺はそう思い声のする方へと目を向けた。
そこはヘルゲートの最上部で今はただ黒い影に覆われていた。しかし、目を凝らすと人影らしきものが動いた様に思えた。
(なんか動いた……のか? 気のせいか……?)
その疑問に応える様に、月が徐々に雲から顔を出し、最上部の外牢を照らし始めた。
「……な!? 女の子……!?」
雲が去った後、最上部に現れたのは月の光を全身に受け、長い髪をなびかせた少女らしき姿だった。
俺は疑問を抱かざるを得なかった……。
(最高峰の天牢に少女……? なんで……!?)
そんな疑問を思い浮かべながら目が離せないでいた。
すると、次の瞬間少女と目が合った。
ヘルゲートとこの展望台は200メートル程離れてる。
目が合ったと自信を持って言える距離ではないけれど確信していた。
彼女は笑顔を作り俺の目線に応えていた。
「ハ〜ヤ〜セぇ〜!!」
──ドゥガッ!!
その声が届いた時には白い塊が音を立て後頭部へとめり込んでいた……。
少女の姿に目を奪われ能力を解除していた俺は激痛に耐えながら言った。
「……ってーな……!!」
「ぼーっとヘルゲートを眺めてるからだぜ!!」
「そうそう!! ハヤセも来なよぉ!! 能力を使ったら面白くて強いんだから!!」
氷雪系の能力を使うカレンは得意げにそう言った。
「……まぁなんだか遊びの域を超えてる気はするけどね……はは……」
そう言いながら近づくチカホは、俺に呆れ気味に伝えてくると、言葉を続けた。
「で、何を見てたの?」
「あ……あぁ外牢の中に女の子がっ……とあれ?」
目を向けた先には女の子どころか人影すらも見当たらなかった。
「え〜どこよぉ〜? 全く見えないわよ……。本当に居たの? 大罪人よ? それに女の子って……」
チカホはどこか不機嫌そうに言った。
「あぁ〜あ……男子はもう!! 幻想の女の子を見るなんて! シマと同じ様に女子好きの病気発症かなぁ〜?」
「いやいやっ!! あいつと一緒にすんなよ!」
俺は全力で否定しながらチカホに顔を近づけた。
すると顔を赤くしながら「近い! 近すぎるよぉ!!」と言って両手でそれを押し除けられた。
そこへ俺たちを呼ぶシマの声が聞こえてきた。
雪合戦かなんだか分からない遊びは終わり、カレンと一緒に展望台の出入り口付近に立っていた。
「もう門限が近いからさっさと帰るぞー!!」
「ほらっ! 早く早く!!」
そう急かす二人に俺たちは返事をしながら足を向けた。
「ほら! 早く行こ!!」
俺は半ば強引にチカホに手を引かれ確かに見た少女を脳裏に浮かべながらヘルゲートを後にした……。
※ ※ ※
────タンッタンッタンッタンッ。
少女は薄暗い階段を下りながらついさっきの出来事を思い出していた。
「…………。やっちゃったなぁ……。目が合ったよぉ……気をつけてたんだけど……。それに笑顔で返しちゃったよ……見えてたかどうかは……う〜ん……分からないけど……」
そんな事を小声で言っている背中に、今しがた内牢に戻る様に注意してきた看守の声が聞こえてきた。
『その罪状って何なのですか?』
『誕生罪……だとさ』
その言葉は明確に自分を指している事は分かっていた。
でも自分には全く覚えの無いものだった……。
──それはそうだ……。
記憶の一番古い物を引っ張り出しても、思い出すのは牢の壁、薄暗い部屋、そして鉄格子の向こうに見える白銀の山々であるのだから────……。
名はキキノ──ヘルゲートに暮らす囚人……。
──罪 状 ──
──誕生罪──
この娘は何も知らない……。
罪の意味も世界も……。
街や海さえも……。
処刑日……7日後16歳を迎える時。
助かる方法……未定。助けに来る者……皆無。
ただし、やる気が無く、いつも怠そうにしている者はこの限りでは無い。
※ ※ ※
(一体あの娘は……? 普通に考えれば囚人……だよな。でもあんな娘が最高峰のヘルゲートに収監される程の大罪人? あ〜!! わっかんねーなっ……)
あれからシマと自室に戻った俺はヘルゲートがある方角を見ながら、窓付近に備え付けられてある机に片肘をつき一人考えていた。
シマはと言うと、帰って早々に「まだ女子が入ってるかもしれねーだろうが!!」と言いながら屋上の露天風呂へと急行した。
(まぁ考えた所で答えなんか出ねーけど……ん? そう言えば明日はヘルゲートの副長に質問できるんだったよな……でも『あの少女は誰ですか?』なんて聞けねーし……とりあえず男か女かと、どんな罪状かだけでも質問してみるか……)
俺はそんな事を思いながら、つい先程まで少女を照らしていた月を見ながら、──……答えてくれんのかな? と頭に引っ掛かっている疑問を口にしていた。
※ ※ ※
翌日、俺たち生徒は、ヘルゲートを体験する為、近くまで来ていた。
「え〜……これからヘルゲートに入る訳だがぁ、手荷物検査があるから何か変なもん隠してる奴がいればさっさと出せ〜」
相変わらず教師はやる気のない声でそんな事を言っているが、没収される物なんて持っているはずもなく、生徒達は検査ゲートをすんなり通過していた。
「……んなもん持ってる訳ねーよ……なぁハヤセ……」
「まぁーな……俺ら生徒より一般の観光客を徹底して検査した方がいいくらいだよ……」
今、俺たち生徒がいる場所はアザイドの北門を出て、可動式の橋にある検査ゲートである。
この橋は1日3回のみヘルゲートとアザイドを繋げている。どうも観光地化しているだけあり集客を目的として公開されているみたいで、人数限定ではあるがヘルゲートの外周までは入れるらしい……。
仮にも最高峰である天牢のヘルゲートでそんな事んしても良いのかよ? と思えてならない。
そして1人ずつ検査を終えていき俺の前で受けたシマも何事もなく通過し、俺へと回ってきた。
「あの失礼ですがその首からぶら下げているのはただのペンダントか確認させていただけますか?」
検査員にそう言われて、ペンダントを差し出した。色々確認が終わり、異常無しと判断され返された。
「一応ここから先はポケットなどに入れて目につかない様にして下さい。能力等で加工されている物もありますから……中の看守に不要な警戒をされない為にもお願いします」
「分かりました……」
「おぉいハヤセ……何してんだよ……」
シマは呆れた声を出し、そう言ってきた。
「俺もまさかペンダントで止められるとは思わなくってさ……」
「でもそのペンダントどうしたんだよ? いつもはそんなもん付けてないだろ?」
「あぁ……これはルシアさんに渡されたんだよ。『アザイドに行くのなら必ず』って、なんかお守りだとか言ってさ……」
「ルシアさんも心配性だなぁ〜。どうせヘルゲートの罪人を気に掛けてのことだろ? 脱獄なんて無理に決まってんだから……」
(……罪人に対してのお守り……? いや……なんか違うような気がしていけねーよ……)
家を出る前に、目をじっと見つめ、俺の手に持たせてくれたルシアさんの顔思い出していた。
その顔は真剣そのもので、学院の実習訓練に行く俺に対して過剰過ぎる程の眼差しだった。
今思い返せば、俺が〈
ルシアさんは天世守護聖が関わると必ずと言っていい程複雑な表情を見せていた。
その表情は俺に深く印象を残していた。
ルシアさんは何かを心配している。
それも極めて重要な事を……。
憶測で考えても仕方ないのだが、そう思えてならなかった。
その考えの最後に出た疑問は────
───天世守護聖って何なんだろう……?
無意識に言った自分に驚きつつも、俺はヘルゲートへと歩みを進めた。
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