第2話 監視の街 彼方アザイド
(なんなんだ一体この状態は……!? ここは本当にあの最高峰の天牢を監視する街なのか!?)
訪れた事のない生徒は間違いなく自分と同じことを考えたに違いない。
なんせ、目の前に広がる景色には、『ようこそ監視の街
また、搭乗口付近に設置された温度計には凡そ標高と似つかわしくない22度という気温が示されており、ヘルヴェルと変わらず実に過ごし易い。
どうやら街と空港には特殊な結界が張られており、一定温度に保てる様になったいるらしい。
確かに考えても見れば、この標高で普通に暮らそうとするだけで至難の業である。
それを証明する様に、空港の外に目をやると白銀が広がり、ちらほらと雪が降っていた。俺を含め、生徒たちは外と中の光景を交互に見ながら足を進めた。
俺たちが到着したのはつい先刻の午前11時頃だった。
学校から生徒25人を乗せた飛空挺は2時間をかけてアザイドへと向かっていた。
俺たちは白銀の山々に囲まれた中心に天牢を見ながら空港に到着したのだった。そこには複数の飛空挺が入港しており、多くの人が大小様々な荷物を携行し、歓迎を表す横断幕の下を通過していた。
俺たちもその流れに乗っていた。
そして、眼前に現れたのが大罪人を収監して監視をする街の驚くべき姿であり、現状であり、全力で溜め息を吐かざる負えない程の状態であった。
──確かに、あまりに緊張感に満ちた街だとしたら、そこに住む人々などにとっては、息の詰まる生活を強いられてしまう。
だがこの状態はあまりにも……。
これを見て、何も思わないのであれば、守護育成学校の生徒としては深刻な状態であるとしか言えない。
港内に広がる光景も大方予想はしていたが、お食事処やお土産店の店員やらが、客引きに全力を尽くしていた。
さすがに俺も眼前の光景に意識を取られ、今度は声に出ていた。
「なんなんだよここ……。緊張感どころか、完全な観光地化してるじゃねーか……」
「あぁ……なんだろうな……。この状態はさ……。流石に俺もビックリだよ」
そう隣で呟くシマも同じ様に驚きを隠せないと言った感じだった。
しかし、俺たちだけではないみたいで、周りにいる生徒の大半がそう思っていたのであろう、皆んな目を丸くしてあたりを見ている。
中には現状を知っている生徒もいたらしく「俺は知ってたぜ!」などと自慢気に言う者もいた。
その様子を眺めていた先生が「さっさと学習施設に行くぞ〜」とまだ受け入れきれない生徒たちを他所に空港の玄関で待っているだろう街中馬車に向かった。
四頭引きの馬車2台に分かれ乗り込んだ俺たち生徒は思いおもいに街を眺めていた。
「さっすがに観光地化してるだけあって人通り多いよなぁ〜。山頂に造られた街だからって甘く見てたぜ」
隣で、シマは窓枠に肘を掛けながら言った。
俺は続けて声を出した。
「この天牢を中心にした周囲の山々全体が街らしいから相当広いぞ」
この街は複数の山々にまたがり1つの街として成り立っている。その中でもこの空港がある中心部がメインとなる。
「……そうだなぁ……。この大通りがメインなんだろうしな……。店も多いし、綺麗に整備されてるし、結界のおかげなんだろけど街路樹も青々してんなぁ……」
俺は街を眺めながら感心していた。
ここが9千メートルの場所に造られた街だということに。
色とりどりの花が咲き、綺麗に立ち並んでいる建物は、ほぼ石とレンガ造りで統一されていた。
中には観光客を意識したであろう建物もあるが、全体的に言えばヘルヴェルよりも遥かに綺麗で住みやすそうである。
アザイドにはヘルヴェルの凡そ半分の約20万人が暮らし、観光で生計を立てる者、天牢関係の警備の仕事に就く者も多い。
勿論、交通手段として飛空挺の定期便が出ているので、それ以外の職の者の方が多いが、こう観光に力を入れているのを見ると観光の方が儲けられそうである。
そういった観光客然とした建物が立ち並ぶ大通りを真っ直ぐ抜け、突き当たりを右に曲がった先に周りを白い塀で囲まれた横長で3階建の建物があった。
敷地は広く、大きな運動場や、小さな森なども存在していた。その門の入り口には『アールス訓練学校アザイド支部』という文字が並んでいた。
そこを過ぎ、200メートル程進んだ先にガラスでできた両開きの入口が姿を見せた。
その前で馬車が止まり俺たちを降ろすと、馬車は建物の左側にある馬車置き場へと向かった。
入口の前で先生は、俺たち生徒にこの施設の説明を始めてくれた。
「あ〜簡単に説明するぞ……。この施設には管理人と料理人がいるが、基本的に自分たちのことは自分たちでやる事。で、1階に学習室で、2階は男子の宿泊部屋があってだな、3階は女子の宿泊部屋がある。それで、屋上には露天風呂があるからな……。ちなみに混浴だから仲良く入れよ」
そう説明すると、女子からは悲鳴と、男子からは歓喜の声が聞こえた。
「まぁ……冗談だ……」
真顔でそんな事を言う先生に向けて、男女両方から非難の声が飛び、男子の中には膝から崩れ落ちる生徒もいた。
(そこまで落ち込むのかよ……。どんだけだよ……)
俺は声には出さず冷めた目で見ていたが、先生に対しては、──何してんだよこの人……。という言葉が思い浮かんだ。
「なぁハヤセ……。これが地に落とされるって事なんだな……」
(……えぇぇぇぇ!? お前もかよ……)
崩れ落ちる生徒の中にシマの存在を見つけ、こいつも大の女性好きだった事を今更ながら思い出した。
確かに男としてはそう思わなくもないが、ここまでじゃない。
そう思いつつも、俺の中でもざわついたことは言わないでおこうと思う。
「お〜い。各自荷物を置いたら昼食だ……。その後で実技の訓練をしたら自由時間だからな。それまでがんばれぇ〜……」
膝をついた生徒を他所に、淡々と流れを伝えた先生に与えられた部屋へと向かった。
俺は未だに膝を着いているシマを強制的に引っ張り上げ、俺たちに割り当てられた部屋へと足を運ぶこととなった……。
※ ※ ※
昼食を終えたハヤセたち生徒は実技訓練用の服に着替えグランドに出ていた。
スカートとズボンの差はあるが男女共に同じ物で、白地に青いラインが手首と両腕に入った長袖長ズボンで、女子はスカートの下に黒のタイツを履いている。
教師はというと、いつもと変わらず、着崩れたスーツを着ていた。そんな姿を見せられているハヤセたちは──この先生は全く動く気ないんだろうな。と感じていた。
「今から実技訓練をするから2人一組になってまぁ勝手に戦えな……」
その言葉を聞いた瞬間に生徒全員は目が点となり、間違いなく同じ事を思っただろう。
(((全くやる気ねーな! この先生は!!)))
シマとペアになっていたハヤセは互いに顔を見合わせて小声で言った。
(なんかこの街に来てやる気なくしてないか……? まぁ日頃からやる気はなかったけど、さらにさ……)
そう言うハヤセに、シマは先生が呟いていた言葉を含めて返事を返した。
(『……よし休暇だ……』って言ってたぞ…)
(……は? はぁぁぁぁぁ!?)
それを聞いて驚愕していると、ハヤセとシマに向かい「ちゃんと戦えよぉ〜」と注意を促してきたやる気のない教師は、早速近くにあったベンチに腰を掛けて携帯通信機で何やら動画を見始めたみたいだった。
口を押さえながら笑う姿を見る限り、おもしろ動画を見てるのではと想像がつく。
そんな教師の言葉に2人は──
((あんただけには言われたくないよ!!))
と口を揃えて小声で言う。
ハヤセたちに届いた声は、訓練中を忘れたであろう笑い声のみだった。
「はぁ……じゃぁさっさと始めるか……シマ……」
「そのほうがいいと思うぞ……。他の奴らも始めてるし」
そんな事を言っていた2人は互いに10メートル程間合いを取り、訓練を開始した。
2人はもちろん、学院に通う生徒の大半は、能力犯罪者に対抗する為に何らかの能力の持ち主であり、格闘術、武器術を学んでいる。
その為、一般人とは違い脚力もずば抜けている。
ハヤセとシマは同時に踏み切ると間合いを詰めていた! 2人の距離は一気に縮まり、互いに右の拳を突き出した。
シマの拳には波紋が広がる様に薄水色の幕が包んでいた。ハヤセの拳の方にはあまり変化が見られなかったが、周囲の空間が微かに歪んでいた。
そして! 互いの拳がぶつかった瞬間!!
──ドゥガッ!!!!
と鈍い音が響いたと同時に周囲に突風が起こり砂が激しく巻き上がった!
「……ハヤセ……相変わらず分りずれぇ力だな。てっきり能力を使ってないかと思ったぜ……」
「何言ってんだ……お前の弾く力も相変わらずふざけてやがるな……」
そう返すと互いに後方に飛び退き、再び間合いを詰めると素早い動きで蹴りと拳の応酬が繰り返された。
数分間が長く感じる程のぶつかり合いが続いた後、2人は息をあげながら最初の間合いまで戻っていた。
「ハヤセ……。これはキリがないな……。次で決めるとするか?」
「そうだな……あまり長くはだるいしな……。さっさと決めて終わりにしようぜ」
そう返すハヤセはどのタイミングで動こうかと考えていた。
だが、先に動いたのはシマで、自らが立っている地面に弾く力を叩きつけた。
本人は【
ハヤセはその範囲内で体勢を崩し、舞い上がった小石や砕かれた岩でシマの姿が確認しづらくなっていた。手でそれを払いながら視界を確保しようとしていハヤセだが、シマはその舞い上がった物質に向け再び【弾破】を放つとそれを受けた物質は複数の凶器となりハヤセに襲いかかってきた!!
(くそ!! やっぱり強えーな……。さすがに学年2位だけはあるよな……シマ……でもただでは負ける訳にはいかないな……)
迫る無数の凶器の中、両手を前に突き出すと同時に周囲の空間に歪みが生じ攻撃の9割が霧散した。
シマは額に汗を浮かばせながら嫌味っぽく言った。
「……てめぇーも大概だぜ……攻撃の大半を防御か
よ……。何でそれだけの力があってランク外なんだよ……腹立つぜ……本当に!!」
「ま、まぁ俺はやる気ねーし怠け者だからな……」
そう言うとぶつかり合った残滓がハヤセを負けへと追い込んだのだった。
「……はぁ……はぁ……やっぱ負けたぁ……」
「勝った気しねーよ……。はぁはぁ……ハヤセさ……日頃から真面目に訓練してれば勝負分かんねーだろうが……」
2人は地面に仰向けに転び体力の回復を待っていた。周囲に目をやると、まだまだ時間のある生徒たちはひたすらと訓練を継続していた。
「なぁ……後どの位戦う?」
シマはそう言うと徐々に回復しつつある上半身を起こした。
「……そうだなぁ……取り敢えず先生が動画を観終わるまでかな……」
「それは長くなりそうだな……」
ずっと大笑いを続ける教師に目をやり答えるシマ……。
「じゃぁ事故と見せかけて吹っ飛んでみるかな……シマが……」
「……何でだよ……。俺の能力的に言えば吹っ飛ぶのはお前だろうが……」
「……じゃぁ吹っ飛んでみるわ……優しくてしてくれ……」
「了解……」
その会話が終わり立ち上がった2人は先程の会話を実行したのであった。
※ ※ ※
──先生に突っ込んで間もなくして訓練は中止となった。
意外に打ち所が悪かったらしく、そのまま施設の救護室へと運ばれた────先生が……。
結果、訓練は1時間足らずで終わり、現在は14時過ぎで俺とシマは早い自由時間を有意義に使うため、街へと向かおうとしていた。
「さぁーてと……訓練も早く終わったし、天牢を一望出来る展望台にでも行くかなぁ……」
「なぁ……俺ものすごくいてぇーんだけど……」
そう言ったのは俺……ではなくシマだった。
まぁ平たく言えば、通常通りの力で防御した俺に対して、シマは頼んだ通りの絶妙な力加減をしてくれた訳で──。
そのせいで俺に向けて放った【弾破】が絶妙な力で自らに跳ね返り、シマの間の抜けた『は……?』と言う声と、『──やっべっ!!』と言う、やってしまった感満載の俺の声と一緒にシマの方が吹っ飛んだ……。
事故と見せかける為に実戦形式だったせいもあり、ちょうどのタイミングで先生に突っ込んだ訳で……。
「あ〜悪かったって……悪気はなかったんだから許してくれよ」
シマは腫れた頭を押さえながら「何で俺が……」とぶつぶつ言っていた。
まぁ納得してなかったみたいだけど、許してくれる事になって展望台へと足を向けようとした時、また面倒なのに捕まってしまった……。
「やぁ〜ぱりわざとだったんだぁ……ふ・た・り・と・も……」
その言葉に俺もシマも足を止め、嫌な予感を感じながら振り向いた。
「げっ!? カレン!? お前、女子集団で可愛い店に行くんじゃなかったのか!?」
そう慌てるのはシマだった。
彼女はカレン・ウツシヤといい、茶色のショートヘアーで活発な性格をしている。
学年1位という実力の持ち主でもある。
そしてその後ろにもう1人──。
「シマが不自然な吹っ飛び方をするから……」
もう1人は笑みを浮かべ近づきながらそう言った。
黒のロングヘアーを腰まで伸ばしたその女子はチカホ・コジョウといい、明るく元気な性格で実力は学年10位程でベスト10に入っている。
この2人とも俺とシマの幼馴染みでお互いの変化にも気付く程仲が良く、そのせいで俺とシマがわざと先生に向かって吹っ飛んだことも見抜いたのである。
「……バレたのか……誤算があったとは言え上手くやったと思ってたんだけど……」
シマは肩を落としながら先生に叱られるのを思い浮かべ落胆した。
「……あぁ……俺たち停学で済むかな……?」
俺はそう言うとシマと同じく肩を落とした。
俺たちの運命はカレンとチカホに委ねられた。
それを感じ取ったのかカレンは笑顔を向けながら言った。
「これから買い物とご飯を食べに行くんだけどぉ……2人が奢ってくれるんなら言わなくも無いけどなぁ〜……」
悪戯っぽくそう言うのに対してシマは疑問形で返した。
「飯はいいけど買い物も……か?」
「あっれ〜……ダメなのぉ? じゃぁどうしようかなぁ〜?」
「こら! カレン!! それは悪質って言うんだけど!!」
チカホは調子に乗るカレンに腰に手を当て目を細めながら言った。
「やっぱダメ……?」
舌を出しながら言うカレンに「ダメ!!」とチカホは注意をしながらも「まぁ食事はお願いするけどね」と言った。
それを聞いた俺は安堵しながら2人に向けて希望を聞くことにした。
「……で、何を食べたいんだよ? あまり高いのは勘弁してくれよ……」
「大丈夫っ! 2人の所持金の範囲内だからっ!」
チカホは満面の笑みでそう答えると、鼻歌を交えながらカレンと街に足を向けていた。その後を追う様に俺とシマも二人について行った。
「……なぁどの位掛かると思う……ハヤセ?」
「まぁ……範囲内だよ……」
「範囲内な……」
「なぁ……」
「なんだよ……?」
「結局範囲内って買い物を含めても変わらなくない気が……」
「……表現が違うだけで限度額だよな……」
俺たちはさらに肩を落としながらルンルンっと機嫌良く前を進む2人の後を付いて行くことになったのである。
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