第1話 天牢の少女

「……ラン、ララララン、ララン……ルン、ルルルルン、ルン……」

 

 月の光に照らされて、少女は歌っていた。

 まだ幼さが残る外見は15、6歳くらいだろう。

 色白の小柄で、左右の眼の色が違い右目が金色、左目が空色をしている。

 白地の着物の様な服を着ており、防寒対策と思われるが、毛皮で作られた茶色の上着を羽織っている。

 

 少女は肩を抱き、その寒さを感じていた。

 頂上付近に積もった白銀と床まで伸びる水色の長い髪は、月光を柔らかく反射し輝いて見えた。

 

 空気は澄み、よく星が見える場所。

 夜空を見上げるだけならば、最高の景色に違いない。

 

 しかし現状は、周囲を9千メートルを超える山々が囲み、気温はマイナスを超え、眼下には光が届かない闇が広がり、今にも吸い込まれそうな漆黒に恐怖すら覚えてしまう。


 ……とてもでは無いが、最高とは言い難い。

 

 その山々が囲む中央には、浮遊しているかの様に、巨岩を一辺20メートル程に加工したと思われる、正四角錐を逆さにした物体とその上に白壁の建物があった。

 四つ角にはその物体を支えるためだろう、円柱形の鉄柱が山頂付近まで伸び、山肌に刺さっていた。

 

 その側壁の上部には、光を取り込むための、横長のはめ込み式の窓のみが付けられている。

 そこから柔らかな月光が内部へと射し込んでた。

 他は特に灯は無く、その輪郭は月光のみが照らしていた。


 また、上部には分厚い正方形の屋根が覆っている。

 さらにその上、最上部──結界に囲まれているが外牢がいろうと呼ばれる外に出た牢が存在している。

 少女はそこで歌っていた。

 

 この場所は、大罪人が脱獄しないよう天空に造られた天の牢獄の1つ【ヘルゲート】と呼ばれている。

 天牢は複数存在し、その罪に応じた牢に収監される事となる。

 罪が重ければ重い程その高さは高くなり、この牢はその最高峰になる。

 

 その最上部にある外牢は、少女が夜に与えられる唯一の自由時間で、外の景色と空間を感じられる、外界と繋がる事が出来る場所であった。

 

 与えられる時間は極短時間。

 少女にとっては、自分が存在しているのを確認する事ができる大切な時間だった。

 外牢がある最上部にも看守室があり、交代で見張りがついていた。

 

 しかし、この自由時間の間だけは見張りを外す事になっていた。

 理由までは分からないが、この事はヘルゲート上層部の指示であり、必ず守られている。

 

 看守室のすぐ横には、然程広くない唯一の階段があり、看守も含め、人の行き来はその階段のみである。

 その為、この外牢に来る者は全てこの階段を通る必要があるのだ。

 

 ただし、外牢の中には囚人が通る専用の階段はあり、収監されている少女は、その階段を使い外牢と普段すごしている内牢ないろうを行き来している様だった。

 

 そんな中、少女は夜空を見上げ誰もいない空間に言葉を作り出していた。

 

「今日も寒いなぁ……。でも、外って気持ちいい。それに、いつも以上に月も星も輝いてる。明日もよく見えたらいいなぁ……」

 

 そう独り言を呟くと、先程と同じ様に、胸の前で手を組み、空を見上げ歌い始めた。

 

 少女はいつもの様に、いつもの時間に歌っている。

 そして、いつもの様に看守室の隣から階段を上がってくる音が聞こえる。

 しかし、いつもの単調な足音とは違い、複雑な足音が近づいて来ていた。

 

 ──カツンッ……

 

 足音が止み、そちらの方に目をやると、黒っぽい制服を着た2人の男性が立っていた。

 1人はいつも見る恰幅のいい40代半ば位の中年の男。

 もう一人はまだ若く、20歳はたち前後と思われる細身の男であった。着用している制服は真新しさを感じられる。

 少女は歌を止め、その2人に目を向けていた。

 すると、中年の看守が怒気混じりの言葉を放った。

 

「おい!! もう時間だ! いつまで外牢に出ている! 早く内牢に戻れ!」


「……はい、すみません……すぐに戻ります……」


 少女はそう返すと、もう一度光る空を見上げ、小声で(また明日ね……)と返事を返さない月と星に向かって呟き、足早に内牢へと下りて行った。


 その様子を見ていた、若い看守は疑問を抱いたのであろう、先輩である中年の看守に向かって口を開いた。

 

「あの……少々聞いても宜しいでしょうか?」

 その言葉に、中年の看守は面倒臭そうに返事をすると、それを許可と受け取った若い看守は言葉を続けた。

 

「このヘルゲートは大罪人を収監しているということですが、あの少女はどの様な大罪を犯したのですか?」

 その質問に対して、溜息をつき、右手で頭をかきながら答えた。

 

「その事は俺も知らんのだ……。理由を知っているのは上層部の方達だけでな……」

 

 若い看守はその答えに眉をひそめ、はぁ〜……? と言う疑問が解決していないだろう声を出した。

 それを察した中年の看守は──どんな大罪を犯したかまでは知らないが……。と付け加え、言葉を返した。

  

「罪状は知ってるがな……」


 

「その罪状って何なのですか?」

 

 中年の看守は少女が消えて行った階段に目を向けながら、疑問をさらに深くする罪状を口にする。


 

 

 

 

 ────誕生罪と……



※ ※ ※



 ──守護都市 鈴華りんかヘルヴェル──

 

 天牢【ヘルゲート】から南に約300キロ離れた都市。人口は約30万人程度が暮らしている。

 周囲を50メートルはある防壁に囲まれて、横に40キロ、縦に20キロと横に広がるこの都市の周辺には、小高い山や森、湖もあり、自然も多く、この都市はその中央に位置していた。

 

 街中まちなかは整備が行き届いており、レンガ造りや石造り、木造の建物が建ち並び、石畳はキレイに敷き詰められている。人通りも多く、旅人や商人なども行き来していた。

 

 この街の中心部にはヘルヴェルを統治している中央政府の建物がある。5階建ての石造り。白い建物で、門の入り口には衛兵が立ち、無許可の者が入らない様に見張りを行なっている。


 ヘルヴェル中央政府とは、3つの機関から選ばれた各10名が、政治経済を執り行っている組織である。

 この内2つの機関は、各国、各地に支部を置き、どの国にも所属していない完全な独立機関となっている。

 残り1つは、中央王都グラヴィスに所属しており、その統治下にある街や村に支部を置いている。

 

 先ず、1つ目──

 世界星軍府せかいせいぐんふという機関で、【星】という名がつく通り、この星全体を監視下に置き、全ての牢獄を管理している。


 また、巨大な軍力を持ち、地上の能力犯罪者や巨大犯罪組織の制圧、他の星からの侵攻や攻撃に対しての対策を取る独立機関で基本的には国家間の争いごとなどには関わらない。

 

 2つ目──

 治安警守院といい、グラヴィスに所属し、主に地上の治安を守り、一般犯罪者を取り締まっている。

 だが、機関の中には軽能力者に対抗する部門がある。

 しかしながら、あくまで軽能力者が相手になるので、高能力者などと分類される者は管轄外となっている。

 だが、内部には表に出していない隠されたものがあると、周囲からは囁かれている。

 また、国家間の争いにも仲介役として関わったりもしている。

  

 そして3つ目──

 天世守護聖てんせしゅごせいは、世界星軍府と同じく独立した機関で、そらと世界全体を監視下に置いている。


 主に特殊能力者や凶悪、狂悪犯罪者を扱い、天牢の監視、守備を行なっている。


 世界星軍府と天世守護聖は似てはいるが、管轄しているものが違う。

 世界星軍府は天牢には一切干渉が出来ず、逆に天世守護聖は地上にある牢獄には干渉出来ない事になっている。


 治安警守院は牢獄の管轄はなく、犯罪者を捕まえる事や王都や街、村などの警備が仕事となる。

 また、どの機関が地上で犯罪者を捕まえても、〈罪状審判〉が行われ、どの牢に送るか決められる。

 その審判を行うのは、三機関から選ばれた〈能力観測者〉と言われる能力分析に長けた各5名が決定する事になる。

 

 その3つの機関からなる中央政府の建物から、東に10キロ程行ったところに、小高い山がある。


 麓には、幅6メートル程の道があり、キレイに整えられた石畳みが緩やかなカーブを描きながら山頂に向かって伸びていた。

 

 その山頂には、天世守護聖が設立した守護育成学校【アールス】があり、将来の天牢の看守をする看守隊と地上で一般市民の守護を行う、地上守護隊の人材を育成していた。


 ハヤセ・アキバはアールスに通う男子学生で、今年で16歳になる。

 学年は3つあり上位、中位、下位と分かれる。

 ハヤセはその中の下位学年にあたる。

 授業内容は、一般教養はもちろんだが、対能力者対策や戦闘術の訓練、個々それぞれに応じた特殊能力の強化や開発を行なっている。

 

 能力の種類は様々でその中でも、身体強化、元素操作、召喚陣などがよく知られている。


 学生全員が入隊出来るわけではないが、通う学生の殆んどは入隊を目指して日々訓練に励んでいる。

 さらに言えば、天牢の看守隊を目標としている者が多い。地上守護隊に比べ、地位も給与も良く、何より看守の上位職に昇級すれば、天世守護聖の上位階級とされる〈守管〉にもより近づくことが出来、これは貴族階級と同等かそれ以上に扱われるからである。

 

 しかし、中には普通の生活が出来ればどちらでも良いと言う学生もいる。

 その内の一人がハヤセである。

 周りからはもっと向上心を持てと言われるが、本人から言わせれば、──普通でいいじゃん。と言うだけで、友人も呆れている様子であった。


 そういった会話は日常茶飯事で、朝から相変わらず教室は騒がしかった。

 

「なぁ、ハヤセぇ〜。なんども言うけどさ、お前も本気で看守隊目指せよ」

 

 ハヤセの隣に椅子を構え逆向きに座り、丁度背もたれの上に腕を組む形で話していた。


 その生徒は赤み掛かった茶色の短髪で、それを逆立てた髪型は、シャツを着崩したのと相俟って、活発な性格を感じさせるものに思えた。

 シマ・イマタチはクラスのムードメーカー的な存在で、ハヤセの友人であり、幼馴染でもある。


 その言葉を言われた当人は、机の上に肘を置き、頬づえをついていた。

 黒髪が耳を覆う程まで伸び、薄眼を開け、横目で見ながら気怠そうに答えた。

 

「うるせ〜なぁ、俺は別に構わないって言ってんだろ……。普通に暮らせて生きられればさ。それにそもそも、この学院に来たのも家から近いって言うだけだし……。看守隊や地上守護隊とかどっちでもいいし、なんなら違う職でもいいんだよ。ただ、ついでに身を守る手段が身に付けばってだし……」

「まったくお前はいつもそうだよなぁ……。でも少しは真面目に考えろよ。よりいい仕事に就いた方がルシアさんも喜ぶだろうしさ」

 そう言われると、ハヤセは──まぁそうかもしれないけどと言いながら答えた。


「でも、ルシアさんも俺がやりたい事をすればいいって言ってたし……」

 

 そう答えると、育ての親であるエルフの女性を思い浮かべていた。

 色白で、ウェーブ掛かった金髪を背中まで伸ばし、横に伸びた尖った耳が特徴の女性である。

 両親を幼い時に亡くしたハヤセは、その友人であるルシアに引き取られ、育てられた。

 友人と言っても、両親よりも6歳程の年下らしく、30歳という年齢だが、人間より老化速度が緩やかなエルフであるルシアの外見は20歳程に若い。


 ハヤセ自身は両親がどうして死んだのかは知らずにいるが、──ルシアさんが話さないのなら……。と、無理に聞こうとはしなかった。

 

「それにしてもさぁ、本当にルシアさん綺麗だよなぁ〜……お前はあんな綺麗な人と暮らしてるんだもんなぁ……羨ましいぜ」

「あのなぁ、俺にとっては母親みたいなもんだぜ? それに割と口うるさいんだよ……」

「いやいやいや、周りから見れば羨ましさこの上ないんだよ」

「まぁお前は女性好きだもんなぁ……」

 

 相変わらずそんなことを話していると、前方のドアが開けられ、1人の男性教師が入って来た。年齢は30代後半といった感じで、いつもと変わらず、グレーのスーツに白のワイシャツ、ネクタイはしておらず、程よく伸びた黒髪を前髪から後ろに流した痩せ型で、教室に入るなり、騒がしい生徒達に静かにするように促していた。

 

「お〜い。席に着け〜……」

 

 その声には、あまりやる気が感じられず、教師としてはどうなのか? と思う生徒が複数いるのではと疑いたくなる。

 ハヤセもその1人として教師を見ていた。

 

(相変わらず気怠そうな声だなぁ……。まぁ、俺もやる気はないんだけどな……) 


 そんな事を思われているとは知らずに、教師は言葉を続けた。

 

「え〜、明後日から1週間の実習訓練でお前たちも知っての通り『天牢監視の街 彼方アザイド』へ行くんだが、ヘルゲートのが質問に答えてくれるみたいだから、もし聞きたいことがあったら考えておくようにな……」

 教師のその言葉に、クラスの生徒たちは同じ疑問を浮かべていた。

 

(なんで副長なんだ……?)

 

 しかし、その疑問はすぐに解決した。


「先生〜。なんで所長さんじゃなくて副長さん何ですか? 俺らは一応、天聖直轄の育成学校の生徒だし、ヘルゲートの一番上の所長さんの事を知りたいんですけど……」

 その疑問を声に出したのは、ハヤセの隣に座るシマだった。


(相変わらずはっきり言うなぁ〜……)

 と思うが、物をはっきり言うってのはシマの良いところではあるな。とハヤセは感じていた。

 先生はまたしても気怠そうに、──はぁ〜。と溜息をつきながら答えた。

 

「まぁ知りたいのは分かるが、うちの学校はタイミングが悪くてな、所長さんは中央王都に在る天世守護聖本部に召集が掛けられてるらしくて居ないんだそうだ……。でもなぁ、副長さんとも滅多に会えないんだからな。そこら辺も頭に入れとけよ」


(まぁ確かに、最高峰のヘルゲートの副長だから、相当上位の役職には違いないんだろうからな……)


 そんな事を思ったハヤセは隣に座るシマに目をやった。

 質問したシマ本人も同じことを思ったらしく、納得したようだった。

 

「それじゃあ授業始めるぞ〜」

 そういうとマジックスクリーンに文字やら図形やらが映し出され授業が始まった。

 

(……彼方アザイドかぁ。初めて行くな……。半観光地化してるみたいだけど……。まぁヘルゲートがある所だし、割と緊張感があったりするのかな)

 

 そう考えていたが予想に反したアザイドの現状に、初めて訪れる生徒全員が言葉を失う事となる。

 

 

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