Heavenly prison

ハクアイル

偽物の世界と大罪人

プロローグ

  そこには広がっていた。


 ──数千もの人間、また、それ以外の生物も……。

 

 辺りは小高い山や森に囲まれ、草原が広がる。

 所々地面が剥き出しとなり、巨岩などが複数点在している。

 

 その中で、人間達は男女構いなく、お互いの信念や存在を認めさせる為に命を賭していた。


 飛び交う怒号、轟音や爆風が周囲を支配し、次々と命の火が消えている。

 

 金属音は止むことなく響き、光と熱を発する爆発音はその場の命を焼き尽くした。


 一部の戦場内では、晴天から氷の矢が降り注いでいる。


 血の海が作り上げられると、それを糧とし魔獣を召喚しては殺戮さつりくを開始させていた。

 

 この星アスラディアには、特殊能力を行使する為に必要な【真創まそう】が存在している。


 【真創】は【浮遊真界ふゆうまかいクリスタルガイア】によって星全体に恩恵を与えていた。

 

 しかし、この恩恵は地底までは十分には行き渡らず、【地種アンシュ】と言われる種に属する者達は、地上に暮らす【天種テンシュ】に対して、真創の独占をしているとし、地上の主権を渡す様に要求した。


 その上で、これまでまともに受けられなかった分の恩恵も上乗せして利用させてもらうと主張したのだ。


 だが、天種は地種の破綻を招きかねない考えに異を唱えた。

 ガイアには真創の生成サイクルがありそれを超える利用はガイアの崩壊を意味するのだ。

 

 その為、天種は〈生成サイクル〉を考えた、使用制限を設けた上での使用を訴えた。


 しかし、受け入れられず対立が続き、この大戦が引き起こされたのである。

 

 

地種アンシュどもを潰せー!! ガイアを奪わせるなー! 奴等の自由にさせれば星が滅ぶぞ!」


「奢りが過ぎるぞ天種テンシュどもがー!! ガイアの独占は許さんぞー!!」


「地種よ! お前達の考えはガイアの崩壊を招いてしまう!! そんな事は到底受け入れらない!!」


「言葉には興味がない!! 奪い! 権利を勝ち取るだけだ!!」

 言葉の応酬も止む事なく、戦いは加速度を増していく。


 互いに一歩も引くことはなく、死者がどんどん増えていく。戦いの終結も見えず、ただ殺し合いが続いていた。

 

 そうした中、地種側の拠点では不穏な動きが見え始めていた。

 

 拠点に設営された建物の中では、この大戦の指揮を任されている、地種に属する一族クランのリーダーとその側近7、8人が長テーブルを囲む様に椅子に腰を落とし、時間を気にしながら話しをしていた。

 

 その中でも上位者だろう、20代後半と思われる色黒の男、──体躯のいい白髪の老人、──そして、長身で腰まで金髪を伸ばした女の3人が口を開いた。

 

「例の作戦はどうなっている? まだ、始まらないのか?」


「ちゃんと出来ておるのじゃろうのぉ? 失敗などと言うなよ」


「念入りに進めてきたのよ……失敗するわけないわ。ねぇ、リーダー?」

 

 その言葉を向けられたのは、20代半ば程の男であった。

 漆黒の髪を肩まで伸ばし、一番奥の椅子に腰を掛けていた。

 その状態であっても体型の良さもさることながら、2メートル前後と思われる身長も判った。

 

「さぁ、どうだろうな……。俺はただこのを見届けるだけだ。ふふふ……」


 男は静かに返すとそれ以上の言葉を発しなかった。


 その中途半端な返答に質問した本人だけでなく、他の者達も不服そうな表情を浮かべる。

 

「何よそれ……? あなたも分からないとか言うつもりなの?」


「その通りじゃ!! お主が中心となって画策したことであろうが!! 無駄とはどう言うことだ!!」


「作戦の失敗は俺らの敗北だぞ? 解っているのか?」


 この3人のみならず、その場にいた者達の間からも声が上がり始めた。

 だが、リーダーの男は口を開く事はなく腕組みをし黙ったまま、騒めきを見ていた。


 そこに、1人の男が簡易的に造られたドアを勢いよく開け、大きな声と一緒に入って来た。

 

「伝令!! 大変です!! 天種側にあの悪夢一族ナイトメアンが現れました!!」

 

「「「!!!」」」

 

 その報告を聞いた地種達は驚愕の表情を浮かべていた。何故なら先程まで作戦の失敗を危惧していたからである。

  

「貴様! どう言うことじゃ! 悪夢一族ナイトメアンを抑え込む計画だったのではないのか!!」

 テーブルを叩きつけ、そう口火を切ったのは先程から計画の失敗を口にしていた白髪の老人だ。

 

「これじゃ失敗じゃない!! どうするつもりなの!?」


「ヴェルネットの言う通りだ。どう責任をとるつもりだ? やはりお前をリーダーにするのではなかった……ガルダ殿を置くべきだったのだ」


「ほんとそうよのぉ、ワシがやるべきであったわ! 主は見る目があるのぉキリガよ」

 

 各々がリーダーの男を否定する言葉を口にし始め、責任を取るべきだと声が上がっている。

 だが、その当人は先程と変わらず騒めきを見つめているだけであった。


 そして、静かに立ち上がり、、否定の言葉を気にも止めずそのままゆっくりと外へと歩みを進めた。

 

 この状況の中であり、好き勝手な言葉を口にしていた者達は、男の表情の変化に誰一人として気付く者は居なかったのだ。


 

 

 ──天種側、数分前。


「朗報です!! 悪夢一族ナイトメアンの方々が到着しました!!」

 そう大声で天幕を開け入ってきた若い男はその場に集まる5、6名の天種の代表達の視線を奪った。

 

「そうか!! ようやく到着したか!!」

 

 真っ先に口を開いたのは、総指揮官であろうと思われる恰幅のいい白髪混じりの中年の男であった。

 

「はい! 只今こちらに来られます!」

 

 その言葉を聞いた天種達は自分たちの勝利を確信したかの様であった。

 何故なら、悪夢一族は空間操作を得意し、天種最強と位置づけられる存在なのである。


 すると間もなくして、黒色のローブを纏った5名が入ってきた。

 先頭のリーダーらしき男がゆっくり歩みを進め、静かに口を開いた。

 

「お待たせいたしました。このを終わらせましょう……」

 

 その言葉に天種側の代表達は安堵の表情を浮かべ、総指揮官であろう男が口を開いた。

 

「これで戦いに終止符を打つことが出来るのだな。地種達には悪いが、ガイアを守るためだ」

「指揮官殿よ、それは仕方のないことだ……。我らは提案はした……。それを蹴ったのは奴らだ! あのやり方では間違いなくガイアの崩壊をきたしてしまう。ここで止めなければ後々、世界に多大な影響を与えることになる」

「……そうだな。ここで、止めねばな……。すまないが、コルトス殿あなた方の力でこの戦いを終わりにしてくれ」

 

 そう言われた悪夢一族ナイトメアンのリーダーは、静かに頷き他のメンバーを従え表へ出た。



 そして──融合真創能力、《真能》の構成を一斉に編み始めた。



 その構成が成功すると──『死の空間デスペス』と一言口にする。


 死闘真っただ中の戦場全体に無数の黒いひびが出現し始めた。


 戦場にいる者達はその異常な光景に手を止め、『何だこれは?』『気を緩めるな!』『何か来るぞ!』など様々な声が騒めきとなって覆っていた。

 

 だが──次の瞬間……本当に一瞬だった。

 

 巨大な破砕音と同時に激しい空振動が起こり、それまでの騒めきが嘘だったかのような静寂が一帯を支配した。


 先程まで場所に残されたのは、空間と共に切り裂かれた屍が辺りを埋め尽くし、ごく僅かに残された生存者は目の前で起きた現象に理解が追いつかず、ただただ茫然と立ち尽くしていた。

 

 この一瞬により大戦は突如として幕を閉じたのであった。

 

 その光景を空中から見下ろしていた漆黒の髪を持つ男、ホーヘヴ・グラーディアは口元に笑みを浮かべ静かに言葉を発した。

 

「フッフッフッ……予定通りだ」



 ※ ※ ※

 


 天地大戦から二千年、勝利を収めた天種テンシュは二度と地種アユシュ側が暴走を起こさぬよう、恩恵が届きにくい地底に完全隔離を行い、出てこられないように出入り口に監視砦を造った。


 これにより、地種が地上に上がってくる事は9割防ぐことが出来る様になっていた。

 

 しかし、地底でしか手に入れる事が出来ない物が存在する為に地上の発掘軍が行き来できる専用通路は確保されていた。


 その為ごく少数、様々な手段を使って地上に侵入する者達は存在し、見つけ次第捕え、投獄する様に地上の者達に通達されていた。

 

 捕らえる機関は大きく分けて三機関ある。

 世界星軍府せかいせいぐんふ天世守護聖てんせしゅごせい治安警守院ちあんけいしゅいんが存在しており、各機関の取り決めでその領分が分かれていた。


 この三機関により地底からの侵入者を激減させる事に成功したが、それに代わる様に地上での能力犯罪者が増加していた。


 だが結局のところ、今まで地底からの侵入者ばかりを気にしていた為、地上の取り締まりが疎かになった結果と言える。


 そうまでしても地底からの侵入阻止に注力する程、地底を警戒していたのだ。

 

 こういった中、増加し始めた能力犯罪者をその罪の大きさによって、天空から地上までのどの牢獄に収監するか決めるようになっていた。


 捕らえた者に対して各機関が多額の報奨金を出し、この功績の積み重ねによっては高位の地位を与えるなどを行った。

 

 この結果、取り締まりが強化され、犯罪者はどんどん捕まり、牢の数も増えていた。

 最高峰は9千メートル。

 収監者は決められた運命の中にいた。

 

 

 世界はいびつで──、

 その運命も世界のゆがみから生まれた──、


 真実を知れば捻じ曲げられた世界の闇が顔を出す。

 

 この事は、であり、は消さなければならない。

 当然そのも……。

 大多数の人々は、今あるものが真実だと疑いもせず世界に従い続けていた。

 

 ある日を境に、ある出来事をきっかけに──

 世界のゆがみが表面に現れていく事になる……。

 

 

 ──この歪んだ世界が生み出した


 ──事実とかけ離れた運命を創り出す悪意

 

 ──欲望が渦巻く言葉


 ──世界を……人々を騙し続ける表現──

 

 

 

       ──大罪人──


 

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