やまとがみ 〜少年は、世界を変える〜

シト

第1話 ヒユウ、生まれる

 すっかり夜も更けたやまとの国のキリオ村にて、1人の赤子が生まれ落ちようとしていた。母親は、丸一日以上かかっているお産ですっかりと疲れているものの、目には未だ光が宿っている。


「シノ……頑張ってくれ……」

「シノさん、いきんで……」


 すぐ横にいた夫は、母親の手を握り、祈りを続ける。母親のことが心配で堪らなそうな顔をして、目尻には涙が浮かんでいる。

 産婆は必死で、母親の手助けをする。このような難産は初めてだった。


 遂に、それは終わりを告げる。


「ぎゃぁぁぁぁぁあ!!」

「シノさん! 生まれましたよ!」


 赤子を取り上げて、産婆は母親へと見せようとする。赤子は元気良く泣き続けた。


「あぁ……良かった……」

「ツムグさん……」


 父親はホッとしたように、布団に横たわる母親の隣に寝転ぶように崩れ落ちる。母親は幸せそうな笑顔で、そんな自分の夫を見た。


「名前を……」

「あぁ、そうだったね。男の子か女の子、どちらでしょうか?」


 母親は父親へと名付けを促した。この国では、父親が名付けをするという伝統がある。それを聞き、父親は産婆に赤子の性別を尋ねた。


「男の子ですよ」

「そうですか……」


 産婆は微笑みながら、父親へと伝えた。お湯で濡らした布切れで、赤子を拭いていた。


「うん、ヒユウと名付けよう」

「ヒユウ……良い名ですね」


 父親は暫く思考の淵へと沈んでいった後、顔を上げてそう言った。母親は染み染みとその名を呟き、花が咲くように笑った。


「そうだ、オババを連れてこなければね。僕たちの息子だから法力は無いとは思うけど」

「そうですね」


 父親はふと思い出したように立ち上がり、質素な家の木の扉を開けて外へ出て行った。手には燐寸マッチで火を点けた蝋燭を燭台に立てたものを持っていた。


「良かったですね、シノさん」

「そうですね。何とか、生むことができました……」

「体、大事にしないとですね」

「その通りです」


 質素な造りの家に残された2人はそう話していた。顔には笑顔が浮かんでいた。


 暫くの後、夫は老婆を連れ帰って来た。


「シノ、連れてきたよ」

「全く……まさかこんなにかかるとはね。心配したよ」


 夫の後ろには、首巻きをした老婆がいた。白く長い髪を団子にして、簪で纏めていた。


「すみません、オバさん。こんな時間に」

「良いんだよ。ちっちゃかったシノとツムグの子なんだ。何時でも駆け付けるさ」

「ありがとうございます」


 シノが少し顔を上げながらそう言うと、老婆は首を振りながら微笑んだ。優しい笑顔だった。それを見て、妻もお礼を告げる。


「さて、それじゃ子供を見せてもらおうか」

「こちらです」


 老婆が産婆の腕の中にいる赤子を見ながらそう言うと、産婆は老婆に赤子を差し出した。


「ヒユウと言います」

「そうかい。ツムグにしては、良い名を付けるじゃないか」

「オババ……酷いですよ」

「なんだい。あんたが飼ってた犬にヒドイ名前付けてたのをアタシは覚えとるよ」

「忘れてください……」


 やはり、長年生きてきた老婆には、夫は手も足も出ないようだった。


「それじゃ、いくよ」

「お願いします」


 老婆は笑っていた顔を戻して、真剣な顔をした。談笑していた夫も表情を消す。他の2人も押し黙った。


「探の法・力計りきけい


 老婆の手は明るく光り出し、それは次第に赤子の身体を包んでいく。


「まさかだね……この子、あるよ」

「本当ですか?!」

「アタシが嘘つく必要があるかい!」

「そうですが……」


 老婆と夫は驚いた反応を見せた。他の2人も口を大きく開けて、目は皿のようになっている。


「しかも、この時期にとは、運が悪い子だ……」

「法神様の容態も悪くなってるんでしたよね」

「あぁ。そろそろあれが始まってしまうところだね」

「出来れば、参加してほしくないんですが」


 ツムグたちと老婆は話し込み始めた。深刻な表情だ。


「そこは、アタシが護るさ」

「お願いします」

「お願いいたします」


 老婆が頷きながら言うと、夫婦は2人で礼をして頼んだ。


「アタシがそっち方面は1から育てる。あんた達もしっかりとせんとな」

「はい……」

「はい」


 老婆が胸に手を当てながら夫婦の方を向くと、夫婦は2人で頷いた。


「それじゃ、アタシは戻るよ」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 老婆が立ち上がり、土間に置いていた提灯を手に取って、扉を開けた。夫婦はまた2人で揃って礼をした。


 老婆が出て行った後、2人は顔を見合わせた。2人の表情は何処か心配そうであった。



――――――――――――――――――――――――――――――


 ――10年後。


「ヒユウ! これ、聞いとるのか!」

「聞いてるよ、オババ」

「じゃあ今アタシは何て言った?!」

「えっと……しゅごれ」

「違う! きちんと聞いときなさい! アタシが死んだら、あんたがキリオ村唯一の法術士になるんだから!」

「は〜い」


 老婆ことオババは、その子供――ヒユウを叱った。きちんとした授業のようなものをしていたのにも関わらず、ヒユウが上の空だったからだ。

 ヒユウは今、オババから法術に関する説明――授業に近いものだが――を受けている。キリオ村での唯一の法術士であったオババから、次期法術士のヒユウへと知識を伝えていたのだった。


 受けている場所はというと、オババの家である。大層なものではないが、しっかりとした造りではあり、築100年近く経っているそうだが、一向に崩れる気配は無い。

 そんな家の日光射し込む縁側にて、授業は行われていた。


「全く、こんなんじゃシノも心配しとるだろうに」

「そんな風に言われても……俺は母さんを知らないんだよ!」


 オババは、呆れた様子で首を振った。眉間には皺が寄っている。その相手のヒユウは悪態をつき、舌を出した。


 少年の母親であるシノは、産後の肥立ちがあまり良くなく、出産後、ヒユウの歩くのを見る前に亡くなってしまった。

 その後、その夫であるツムグは男手一つで、ヒユウを育ててきた。


「まあ良いから聞いときなさい。

 この国で、法神が色々な事を取り仕切っとることは知っとるな。その法神が死んだ時、どうなるか」

「法神になるために、そこら中で法術士同士の戦いが起こるんだろ?」

「その通り。基本的に、法神は最も強い法術士がなるもの。この戦いで降伏をすることは出来るが、その時の相手次第で殺すか殺されるかは決まってしまう。

 だから、降伏するから大丈夫と思っちゃいかんぞ」

「分かってるって」


 オババはヒユウに向けて、再び説明を始めた。ヒユウは何回も聞いた内容のようで、スラスラと答えた。


「まぁ、まだお前さんは子供だから、戦いに巻き込まれることは無いと思うがの。

 次は、守護霊じゃ。お前さんの守護霊を出してみなさい」

勁蕾けいらい、出て来い」


 オババはヒユウに指示をして、ヒユウはそれに大人しく従った。オババが怒るとめんどくさいということは、既にもう学んでいたことだった。


 ヒユウは自分の守護霊を呼び出した。

 それは、花だった。但し、それは人の背丈の2倍ほどもある。形でいうと、かなり色々な種類が混じっており、判別が出来ない程の量が咲いている。


「相変わらず、綺麗に咲いてるのぉ」

「1分しか出せねぇけどな」

「問題はそこよな」


 感心したようにオババは息を吐いた。それにまたヒユウは反応して、文句を言う。オババもそれに同意するように頷いた。


「不思議なもんじゃのぅ……。守護霊っちゅうもんは、強ければ強い程出せる時間が短くなるもんじゃが、ヒユウの守護霊の勁蕾は大して強くもないでな」

「要するに、クソ守護霊ってことだ」


 オババが顎に手を当てながら目を細めると、ヒユウは頭の後ろで手を組んで溜息を吐いた。


「これこれ、そんな事を言うもんじゃない! お主の守護霊ということには変わりはないんじゃからな」

「って! わかってるよ」


 ヒユウの頭を叩きながらオババを叱った。ヒユウも頭をさすりながら返した。


「守護霊を出せるのは、法術士だけじゃから、何の問題もないんじゃがな」

「あ〜あれか。守護霊を呼び出すのに法力がいるとかなんとか」

「そうじゃ。じゃから、普通の人は自分の守護霊を呼び出せないし、基本的に会話があまり出来ん。まあ、長年一緒にいれば分かるようになってくるんじゃがな」

「父ちゃんもそんな感じだったもんな」

「ツムグは特に意思疎通が出来る方じゃな。あれで法力を持っておればのぉ……」

「法力なんてめんどいなぁ。法術とか覚えんのめんどいよ」

「まぁこれは保険じゃ。お主が法神になるかは知らん。だが、これだけは言っておこう。アタシだって死ぬんだ。その後はこの村を護るのはお前さんだ。だからアタシだって、覚えの悪いお前さんに教えてんのよ」

「覚えが悪くて悪かったね」

「ハッハッハ! まあそう腐るな。お前さんは若い!」

「分かってるよ……」


 オババは笑いながらヒユウの頭を撫でた。ヒユウは少し恥ずかしそうな顔をしながら、甘んじてそれを受け入れた。

 内心では、やめてくれという気持ちが勝っていたが。


「法神様が亡くなりそうだからって、そこら中で爆発が起こらんでも良いのにのぅ……」

「法神様が死にそうになると、なんでか分からない災害が起こるんだっけ?」

「災害とはそんなもんよ。お主がやるべきは、自分の研鑽じゃよ」

「くっそぉ!」


 オババはヒユウの言葉を軽く躱し、窘めた。ヒユウは少し顔を顰めた。


「続きでもしようかの」

「もう良いって」

「法術には、大きく分けて五つの種類がある。ヒユウ」

「はいはい。攻・護・探・隠・操でしょ?」

「正解じゃ。珍しく覚えとったのぉ」

「クソオババめ」

「後で覚えとけの。

 攻の法はそのまま、攻撃の法術。護の法は防御の法術。探の法は探索の法術。隠の法は隠密の法術。操の法は操作の法術。それぞれ一長一短があるじゃったな。答えなさい」

「げっ! 攻の法は護の法に弱く、護の法は操の法に弱くて、操の法は攻の法に弱い! で、隠の法と探の法はお互いが弱点で、法術が上手い方が強い、だ!」


 ヒユウは勝ち誇ったような笑みでオババを指差した。


「うむ、珍しく合っちょる。じゃあ、法術の上手い下手はどう判断する?」

「珍しくってなんだ!

 えーっと、どれ位法力が多く、小さく纏められているか?」


 オババは大仰に頷き、ヒユウに更に問い掛けた。ヒユウはオババの言葉に少し怒りを示しつつも、しっかりと質問には答えた。うろ覚えであったため、語尾は上がってしまった。


「うむ。まぁ、及第点じゃな。具体的に言うと、適切な身体の箇所に適切な量を纏める。その場合によって、適切な量ってのは変わってくるからのぅ。それと、法術に込める法力の量と質じゃの。法力の質は、明らかに圧縮されているものか、何か形が出来そうな位練り上げられているかで判断できるぞ」


 オババは杖を突きながらヒユウに説明を施した。なんだかんだで厳しくもあるが、優しくもあるのがオババだった。


「ん、もうこんな時間か……じゃ、今日はこれでおしまいにしとくかの」

「よっしゃ! じゃあな! もう受けたくもないぜ!」

「安心せい。アタシが直々に迎えに行くから待っとき」

「分かったよ……自分で行くから! 絶対に来るなよ!」

「ハッハッハ! お主次第じゃのぉ」

「絶対に家に来るなよ!」


 オババが茜色に染まる空を見上げてそう言うと、あっという間にヒユウは帰っていった。元々、なんの荷物も持ってきてはいないから、帰支度などいらないし、ここ数年でオババの授業は受け過ぎている為、完全に帰り道は記憶していた。


 数秒の内に遠くなっている背中を見ながら、オババは微笑んだ。



「父ちゃん! ただいま!」

「おう、帰ったな。ヒユウ。飯でも食うか?」

「食べる!」


 ヒユウが叫びながら家の扉を開けると、土間でツムグはご飯を作っていた。

 ヒユウの母であるシノが死んでからは、ツムグがずっと作っているらしい。

 とはいっても、ヒユウはシノが生きている時のことを全く覚えていないため、ツムグが作っている時しか知らないのだが。


 最初は上手く作れていなかったらしいのだが、今ではすっかり作れるようになっている。何ならそこいらの人たちよりも美味そうだ。と、ヒユウは勝手に思っている。


 夕食の準備をしながら、ヒユウは今日あったことをツムグに話す。ツムグはその内容を聞き、時に𠮟り、時に褒め、優しく笑っていた。


「そうか……そろそろ法術でも教えられるのか?」

「さぁ? どうだろ。とりあえず教えられてるだけって感じだけどな」

「オババもそれなりに気に掛けてるんだよ」

「そうかぁ?」

「そうなんだよ」


 訝しむヒユウに、ツムグは優しく言い聞かせる。


(ちっちゃい頃から見守ってきた俺とシノの子供だ。悪態はつくけど、良い人なんだよ)


 ツムグはそう思うものの、口には出さない。オババには怒られてしまうし、ヒユウはよく分からない内容であろうことだからだ。


「それにしても、ヒユウはもうちょっと真面目に聞かないといけないな。オババだって暇じゃないんだ」

「だって、つまんねぇんだもん」

「だってじゃない。折角素敵な力を授かったんだ。有効利用はすべきだろ?」

「分かったよ……」


 ツムグは唇を尖らせるヒユウに目を細めながら、優しく諭した。ヒユウも結局は納得する。

 ツムグは将来、オババみたいな照れ隠しでもしだしそうだと思いながら、目の前の我が子を見ていた。





――――――

あとがき

 1話では多分あんまり進んでないですね。出来れば2話目も早めに出したいところなんですけども、なろうでもあげてるものがあるので、遅くなると思います。

 また、最初から設定をカッチリ決めるのが苦手なので、後から変わったりするかもしれません。基本的に何となくで書いてしまっているので。

 よろしくお願いします。

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