第4話
「ーー…。俺と一緒に、帰りましょう」
あの日の敵の男が微笑みながら俺に手を差し出す。
その手を取れば何か分かるのだろうか?と男に手を伸ばした。
だが、男の手に触れる寸前、男の首は切り裂かれ血飛沫をあげて膝をつく。
それでも、男の声は変わらず続く。
『俺、貴方に拾われて良かったです』
『貴方は糞だけど…それでもこのゴミ溜めから抜け出すためなら、貴方に付いて行くって決めたんです』
『就任おめでとうございます、俺は何処までも貴方に付き従いますよ。地獄のそこだろうとね』
この死体から流れる言葉は全て聞き覚えがあるように思える。
懐かしい…。とそう思えた。
俺の名前が呼ばれ、死体を見る。
『御無事で良かったです…っ。俺と一緒に、帰りましょう』
『◼️◼️◼️◼️ファミリーに』
あの時、あの男が言いかけていた言葉が、この目の前の死体から発せられた。
それを最後に世界は暗転し、意識が浮上する。
スゥと、瞼を開けば、まだ外は仄暗い早朝。
あれから、毎日ずっとあの町、あの男の事が頭から離れなかった。
毎日あの男が死ぬ夢を見てきた。
何度仲間に話をしても「記憶を失った焦り」だとか「疲れが溜まっている」「混乱しているだけ」だとか、はぐらかされ続けてきた。
だが、これらは全て意味があったんだと、思え始めてきた。いいや、絶対に意味があるはずなのだ。
俺には記憶がない。記憶はないが、確かにあの町も、あの男も知っている。
知っているはずなのだ。
思い出さなくてはいけない。全てを。
ポケットに手を入れ、ある物を指で触る。
これはあの男が死んだ日、俺が着ていた服のポケットに入っていたメモリーカードだ。
その日の夜に脱いだ時、そのメモリーカードが入っていたことに気がついたのだ。
最初は自分の物かと疑った。だが、裏面の「帰ってきて」という文字に、あの男が入れた物だと気がついた。
クラッドが出かける時間を見計らい、執務室でパソコンを起動させる。
そこにメモリーカードを差し込むと、ファイルが表示された。
クラッドは夕方まで帰ってこないと言っていた。やるならば、今だろう。
一度拳に力を入れ、マウスを握る。
意を決してクリックすれば、表示されたのはこのファミリーと敵対するファミリーの情報。
ボス、幹部の名前や役職、役目。
誰と誰が繋がっていて、どの家庭環境があるかまでもが詳細に書かれていた。
そして、驚いたことに俺の名前、俺の顔を見つけた。
「俺が…‥何故」
霧が晴れる感覚。視界が良好になったかのように清々しい気持ちが広がる。
俺の資料には、名前や役職、役目、経歴、役をもらった時、任務をした時、全てにどこか身に覚えがあるように感じた。
その下に表示されているのは息子の事。
アラクネという名、彼の顔。
ここにいるアラクネという男は、確かに俺の息子で間違いなかった。
なんとも言えない快感が身体を巡る。
また指を動かし、表示を下に流していくと、あの日殺された男を見つけた。
名前をジョーカー。
年齢は23歳、貧民街の出で、親族は皆死んでいる。
尋問員という役職と情報仕入れ係という役目を見流しながら、ジョーカーが親族を殺した日の事が頭を巡る。
ジョーカーの親族はドローガファミリー批判派の一員だった。ドローガファミリーの領民であるにも関わらず、ドローガに身を捧げる事を拒み、あいつらはあの計画を強く反対していた。
血縁関係のあるこの男が説得に向かい恥をしのんで頼み込んでも、彼等は一向に話を聞こうとしなかった。
それどころか、『組織から抜けろ』『人を不幸にさせるな、普通の暮らしに戻れ』と訴えた。
だがジョーカーはそれを否定した。
ジョーカーにとってゴミ箱は地獄であり、富と権力を得られるドローガファミリーこそが楽園であったからだ。
親族にはそれが分からなかったようだ。
貧民街という何の価値もない場所で、まともな職もなく薄汚い建物で飢えて暮らす自分達の方が、組織よりも真っ当に生きていると信じて疑わなかった。
終には、彼等は自分達の貧民街住民の権利と自由とやらを主張しだす始末。ファミリーを悪と罵ったのだ。
黙って従えば良かったのだ。計画の邪魔さえしなければ良かったのだ。
そうすれば、ジョーカーのように今までよりは幸せな環境、飢えることない暮らしにありつけただろうに。
計画が完遂されればゴミはリサイクルされるのだ。
それが貧民街にとっても一番良い選択なはずだった。
だから、邪魔をする者は消さねばならなかった。
貧民街でよく香ったキャラメルのかおりが思い出される。微笑むあいつがよく言っていた。
そうだ、あいつの言う通りだ。俺はできる男だ。だから、俺は計画を完遂させなければならないんだ。
この街を良くするためにと、"ボス"は…計画を……
…" ボ ス "は……
………、はて…、…その計画とはいったいなんだっただろうか?
俺は…。俺は、何を…見ていたんだったか。
何かを……思い出して………?
心臓が波打つ。
雲がかり何かが消えていく感覚と共に、呼吸が荒くなっていくのが分かった。
冷や汗が流れ出る。
その時
「調べ物ですか?"ボス"?」
ハッ…と意識が現実に戻る。
声のした方にゆっくりと目を向ければ、上着を椅子にかけているクラッドがそこにいた。
クラッドは俺の視線に気づき首を傾げる。
「どうしたんですか?まるで幽霊でも見たような顔をして」
首を傾げ髪の隙間から瞳が見える。
ターコイズの瞳が細められ可笑そうに笑っていた。
「何を調べていたんですか?」
クラッドは近づきながらそう言った。
ディスプレイのふちに手を置き、細められた目が俺の目を見つめる。
彼が少しでも体をずらし、覗き込めば見えてしまう程の近さに冷や汗が流れ落ちた。
俺はこのファミリーの"ボス"ではないんじゃないか。なぜ俺はこのファミリーにいるのか。なぜアラクネは…息子は、あの男を殺したんだ。
俺達に…何が起きているんだ。
言うなら今だろう。
今、このファイルと一緒に聞けば、クラッドは今までのように、笑顔で何が起きているのか答えてくれるのだろう。
だが、心のどこかで本当に?と不安が渦巻く。
いや、違う、違う。真実を知らなければ…。
唾を飲み込み口を開いた時。
「何を、調べていたんですか? "ボス"」
吐きかけた息が止まった。
止められたというべきだろうか、自分の意思とは関係なく息が声になるのを拒んだ。
心配そうに見つめるクラッドに、咄嗟に目に入ったカレンダーの「アラクネの誕生日」を口にする。
「アラクネの誕生日会ですか?おや、それは素敵ですね。きっと貴方に祝われればアラクネも喜びますよ」
嬉しそうな声色に続けて「そうだ!」と人差し指をたてる。
「その日は、"ボス"とアラクネでお祝いしてはどうでしょう?」
「…二人でか?」
そう聞くと、クラッドは「ええ」と満面の笑みで返した。
Ugliness :リメイク前 @hachi3511
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