第3話

結果的には、成果は上乗といったところだ。

モハン・ダスとも上手く話が進み、貧民街の協力を得て貧民街に一部を我らがベンガンサファミリー潜伏基地にすることもできた。

その甲斐あってか、敵ファミリーの麻薬製造所の破壊工作も上手く進んでいっている。

貧民街の住民、仲間の死者は少なくはなかったが、こちらが勝機を掴んでると言っていいだろう。

だが、"ボス"の心は晴れないままであった。

敵ファミリーの領地で見たあの景色がずっと忘れられないのである。



この気持ちを晴らすために現地に向かおうとクラッドに相談をした事がある「なら、敵ファミリーがいない時を探ってみます」と言ったっきり何も進展はなかった。

何度も潜伏基地に行くだけでいいと言っても、「危険は犯せません」「敵ファミリーの勢いをもう少し削ってからでないと」と言われるのだ。


あと少しで敵に勝利できるかもしれないのだ。“ボス”である俺が仲間の足を引っ張るようなことはしてはならない。そう、分かっていているんだが…。




はぁ…とため息をこぼし、執務に集中しようと書類に手を伸ばすが頭がうまく回らない。

ぐるぐるとあの町が、あの教会が、あのモハンという男が、頭から離れないのだ。


ふと、パソコンが視界の端に映る。

椅子をずらし、身体を捻りパソコンに手を伸ばした。


片手で敵ファミリー領地を検索する。

結果は0。何もなかった。

検索の仕方が悪いのか?と身体を向きを正し、別のワード、方法で検索を重ねる。

『貧民街』『敵ファミリーの領地名』『モハン』

だが、幾ら検索しても結果は0であった。


まるで、敵ファミリーなど存在しないかのようだ。


「…まさか」


自分の考えに自嘲気味に否定する。



先程よりも気分が重たくなったように感じ、背もたれに身体を預け、深く深呼吸を行い、目を瞑る。


こうしていても仕方がない。

記憶喪失の自分が考えても何も答えは出ないのだ。また、クラッドに聞くしかないのだろう。

そう考え立ち上がり、気分転換を行おうと正面玄関へと向かう。

途中、部下であるウリエルに「どちらへ?」と聞かれ「散歩だ。気にするな」と返す。するとウリエルは慌てた様子で「警護が必要です!クラッドさんへご報告に行ってきます!」と向かおうとし、俺はそれを止めた。


「付き添いいらない。すぐ戻ってくる。ここは俺の領地だ、危ない事などないだろう」


眉を下げ心配そうに見つめるウリエルに見送られながら、俺は領地を散策し始める。





町を歩き出して暫くして、誰かに付けられている気配を感じ取った。

歩きながら前方に停車している車のサイドミラー越しに相手を確認すると、服装からして俺の領地の住民ではないと分かった。

気づかれないように、そっと懐の銃に手を伸ばす。


相手を誘い込むように路地裏にはいり、足音がした瞬間振り返り銃を突きつけた。


すると、敵の男は少し驚いた顔をしたが、すぐに顔は緩み、涙を流し始めた。

なんだ…?と困惑する俺に、男は縋るように腕を掴んだ。


向けた銃口が男の胸部に当たっているにも関わらず、男は何の躊躇いもなく俺に縋り付く。引き金を引けば、この男は胸を撃ち抜かれるというのに。理解の追いつけない展開に身体が震えるのが分かった。


「ご…、御無事で…っ」


男は涙を流しながらそう言った。


「ッ…!っなんだと?」


強く握り締められる両腕を振り払い、再度男へと銃口を突きつける。

引き金を引かなければ…。と思った時、「貴方が生きていて、よかった」と男にそう言われ困惑により力が抜ける。


俺の目をしっかりと見据え「俺と一緒に」と手を伸ばす彼がそう言った時、男の後ろに影が伸びる。


ハッとした時には、男の首は後ろに垂れ下っていた。口から血液と泡を吐き出し、鼻に流れ落ちる。

首から吹き出すように流れ出す血は、俺と男の服を濡らしていく。


正面を向いていた男は、よたよたと数歩足を動かし、やがて膝から折れる。垂れ下がった顔から覗かせる瞳は、俺を捉えていた。パクパクと開閉する口は、何かを伝えようとしているようにもみえた。


男の後ろにいる、影を作った人物に目をやればそこにはアラクネが立っていた。

アラクネは、男の剥き出しになった首を掴むと地面へと倒した。

痙攣する男の体をじっと見つめるその視線は、睨んでいるようにも見えた。


バクバクと鳴る胸を押さえ、アラクネの名前を呼ぶと、彼は「だいじょうぶ?」と俺に向けて言う。

ナイフから血を拭き取り、アラクネは俺にそっと手を差し出した。


「かえりましょう。"ボス"」


俺は、どうしてか。震える手でアラクネの手を握った。






屋敷に帰るとクラッドが駆け寄ってきた。


「無事だったんですね!」


「良かった…」と声を震わせるクラッドに「迷惑をかけたな」と言えば、「貴方が居てくれたらそれで良いんですよ"ボス"」と返される。


「どこか、怪我をしていませんか?」


心配そうに俺を見るのは腹部に付着した血液を見てだろう。


「いや、この血は全て敵のものだ」


そう伝えるとホッとしたようにクラッドは息をはいた。

「着替えてくる」と足を動かした俺の腕を「待ってください」とクラッドが掴んだ。


「その前に報告したい事があります。"ボス"に関わることです」


「なんだ?」と眉間にしわを寄せて聞けば「すみません」と言葉を続けた。


「ボスが記憶喪失だということを敵ファミリーが知ったようです。情報操作はしていきますが、今回のように敵がまたボスに近づくこともあるでしょう」


クラッドは「だから…」と俺の両肩を掴んで、目を見据える。


「あいつらに何を言われても信じないでください。記憶をなくした貴方を騙し陥れることなど、敵には容易い事でしょうから」


その言葉は俺を心配しての事だとわかった。だが、その言葉に苛立ちをおぼえたのも確かだった。


「お前らには、そんなに俺が愚かに見えているのか?仲間と敵の区別もつかないやつだと」


眉間にしわを寄せ、怒りを混ぜてそう言えば

クラッドは目を細めた後、「いいえ」と首を横に振る。


「違います。ただ、不安なんです。私達には、貴方が必要だから」


「そんな事は知っている。おれは“ボス”だ」


「ええ。ですから、私達を見捨てないで "ボス" 」


俺の肩に額をつけ悲痛な声色でそう言うクラッドに対し、俺は何故か身体が強張った。

何故だか、心臓が波打ち、全身が不安と恐怖に包まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る