第54話 天敵

 魔術師達がラフィンという名前について、ガルシアに話す内容は一同に少なからず衝撃を与えた。

 

ラフィンla finは、おそらく古代神の中でも最上位に近いものと推察されます。現在、存在する神々は、古代神の力を借りて様々な奇跡を行なっていますから、いわゆる代行者のようなもので、古代神はその元締めのような存在だと言えます」

 

 ガルシアが少し疑問に思ったことを口にする。

 

「さっき頭の中に直接声が聞こえてきたんじゃがの。神々の源流だのなんだのと言っておったぞ。ありゃ、古代神の声かいの?」

 

「声の主が誰なのかは分かりませんが、正確に何と言っていたか思い出せますか?」

 

「神代の器に我が名la finが刻まれたって言ってたわね。神代の器ってフェンリルの事かしら」

 アーリアが最初の一文を投げかける。

 

「おそらくそうだと思います。フェンリルは最も古い生き物の一つですので、神の時代にも居たと考えられている種族ですね」

 

「我が力を行使できるのは月が欠けるまでに一度、満ちるまでに一度であるってのがその続きだったね。新月から満月、満月から新月までの各一回神様の力を使えるのかな?」

 ロランが続きを思い出すと筆頭魔術師がそれに反応する。

 

「月に二回も行使できるんですか?!」

「それってすごいことなの?」

 アーリアが素直に問いかける。

 

「まず、古代神の力は今の世界にある全ての魔法を凌駕します。例えば、完全に死亡した生き物の蘇生や、天候の操作すら可能です。そういった超常を起こすことが下位の古代神で可能・・・・・・・・・なんです」

 

「うわ、すごいわね。でも、その続きなんだけどさ。全ての神の源流にして、さかのぼり行き着く終焉しゅうえんって言っていたわよ。これってつまり元締め達の大元締めなんじゃないの?」

 

「本当ですか!?本当にそんなことを?!」

「言ってたね。一言一句間違ってない」

 魔術師達の顔に興味の花が咲き、その後事態の深刻さに暗くなる。


「その話がそのまま真実だとすれば、最高位の古代神がそのフェンリルに宿ったということになりますね。ガルシア様、後で王妃と共に執務室へと伺います。逃げないでくださいね」

 そう告げる筆頭魔術師はガルシアにやや冷たい視線を投げかけて、やがて背を向けて扉へと歩き出す。

 

「いや、王妃あいつは関係無かろう!お主らだけで来んかい!待て、今でも構わん!おい、待て!待てというに!」

 

 アーリアがガルシアを見ると、やや青ざめたガルシアがわなわなと小刻みに震えている。

 

「どうしたんですか、王様。顔色が悪いですよ」

「まずい……。このままだと王妃あいつが来てしまう。何とか……。なんとかせねば」

 

 アーリアの質問などどこ吹く風、独り言をブツブツと呟きながらガルシアが部屋の中を歩き回る。

 

「アーリアしゃん。髭のおじしゃん、どうしたのし?」

「分かんない。けど、ものっそい狼狽えてるわね。何なのかしら」

 

 皆が疑問に思っているガルシアの様子をロランが説明し始めた。

 

「ああ、あれは王妃が怖いんだよ。御前ごぜんは王妃に頭が上がらないからな。一度見た事があるけど、大人がこんなに怒られる?!ってくらい怒られてた。その時は御前が庭に穴掘って近衛が嵌ったんだったかな」

 

「そりゃ、怒られるわよね……。落とし穴に嵌る近衛ってのも間抜けだけど」

 

 クラリスが目を輝かせて落とし穴に食い付く。

 

「私も落とし穴掘りたい!モリアスさんとかあーちゃん辺りをズボッと、こう……」

 

「あのね、クラリス。私のお仕事、斥候スカウトなのよ?プロの斥候相手に、罠感知の技術スキルを掻い潜って落とし穴に嵌められるのなんて罠匠トラップマスターくらいだわよ」

 

 アーリアがため息混じりで、職業的に罠にかからない事を説明する。

 

「あと、落とし穴って案外危ないからね。捻挫や骨折する事もあって、悪戯いたずらじゃ済まないこともあるから掘っちゃダメ」

 

「そっかぁ、怪我させたら嫌だなぁ。やめとく」

 

 クラリスがしゅんとする。抱っこされているラフィンもつられてしゅんとする。

 

「基本的にこの国の頭脳の部分は王妃が取り仕切っているからさ。王妃にそっぽ向かれると苦手な仕事がわんさか押し寄せてくるから、御前は逆らえないんだよ」

 

 ロランの説明にガルシアがため息をつく。

 

「昔は可愛かったんじゃぞ。私が貴方の支えとなりますわとか言っちゃっての。今じゃ見る影もないんじゃがのう」

 

「あら、貴方が望むなら昔の可愛いだけの王妃に戻りましてよ」

 

「ひいぃ!なんじゃお前、来ておったのか。何で部屋に入る前に声をかけんのじゃ」

 

 黙って入室していた王妃に抗議するガルシアを、睥睨へいげいしながら王妃が口を開く。

 

「剣聖ともあろうお方が情けない声を上げるものではありませんわ。黙って入ってきたのはその方が面白い内容のお話が聞けるからです。後でと筆頭魔術師に言われたので『今』行った方が貴方が準備する時間を減らせると思いましたの。ちなみに、昔と今で何か変わった事が有りまして?」

 

「あの……、昔は……、その……、可愛くて……」

 

「今は?」

 

「あの……、今も……、その……、可愛くて……」

 

「あら、変わり無いじゃありませんか。良かったですわ、もし可愛さが失われていたら、それは貴方が不甲斐ないということになりかねませんもの。可愛いままで居させてくださいませね」

 

 王妃がガルシアの肩に手を置き、同意を求める。

 

「はい……、がんばります。い……痛い。痛いので……、あの……、痛いです。肩……、あの……爪が……」

 

「ところで……」

 王妃の雰囲気が刺すような気配に変わる。

 

「さっきの魔力の奔流はなんですの。筆頭魔術師が後で報告に来ると言いにきましたが、貴方を詰める・・・と言っていましたわ。今度は何をやらかしたんですの」

 

「い……痛い!刺さってますので、爪が!あの!痛いので!」

 

 ガルシアの苦難はまだしばらく続きそうだと、三人と二匹がそのやり取りを見ていた。

 

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