第53話 命名

「そうだよ、クラリス。名前、考えた?」

 

 アーリアがそう水を向けると、クラリスが任せろと言わんばかりに自信に満ちた表情になる。

 

「粒揃いだよ!えっとね。バリアント、ボルドンゲレロ、権左衛門、婆娑羅でしょ」

 

「え?ク、クラリス?」

 

 アーリアが信じられないものを見る目をクラリスに向ける。

 

「ガズベロリン、バゾリー、ジャバデレ……」

 

「ちょっとクラリスってば!」

 

 アーリアがクラリスを止める様を見て、大抵のことは笑い飛ばすガルシアもやや引き気味のスタンスを取る。

 

「ポチョムキン、ムキエビドリアン」

 

「おい、クラリス。ちょっと止まれ。さっきも言ったけど、ムキエビドリアンって何だよ」

 

「い…………」

 

 全員が声のした方へと振り返る。


「い…………」

「い?」


 振り返った先にはキョトンとしたガルシアが声の主を探していた。

 

「何じゃ、何処じゃ」


「いやなのし!ちゃんとしたお名前欲しいのし!!」


 見るとガルシアの肩の上、ウルウルと目に涙を溜めた子狼が必死の形相でクラリスを見ていた。


「しゃ……、喋ったぁ!!?」


「ポチョムキンとかムキエビドリアンとかいやなのし!おかあしゃんみたいな素敵なお名前がいいのし!」


 全員の表情が驚愕に満ちる。

 

「しゃ……、喋りおったぞ……」

 ガルシアが目を輝かせる。

 

「喋った……」

 ロランが引き気味に呟く。

 

「喋ったね……」

 アーリアが呆れて呟く。

 

「ク……クラリスお姉ちゃんって言ってみて!!」

 クラリスが欲望を丸出しにする。

 

「く……くら……」

「そう!いいよ!そのまま!」

 

 前のめりに子狼へ迫るクラリス。逃げ腰で怯える子狼。


「……クラリスおねえしゃん……」

「ぉぅふ!!!!!」

 

 子狼の言葉にクラリスがよろよろと後退り、その場にへたり込んだ。

 

「あかん……。破壊力高すぎる……。あかんようになる……。人間があかんようになってまう……」

 

「なんで商人なまりになってるのよ。というか、すごいねこの子。生後一日だよ、知能高すぎない?」


「そうよ、凄いのよ!うちのポチョムキンは!」

 

「い!いやのし!やめてのし!」

 クラリスの強引な名前案は本人に即座に棄却される。


「クラリスは名前考えるの一旦やめて。本人(本狼)が嫌がっている以上、意地悪にしかならないわ」

 

「うぅ……、ごめんね。センスのないお母さんで……」

 

「おん!おん!」

 

「ファリスが、お母さんは私だと思うって」

 ファリスの心情をアーリアが通訳する。

 

「お願い、私もお母さんで居させて。ちゃんと育てますから」

 

「取り敢えず、お主自身はどんな名前がいいんじゃ。何か無いのか?」

 

 子狼が少し考えてクラリスを見る。

 

「自分でコレというのは無いのし。でも、最後はクラリスお姉ちゃんが決めて欲しいのし。お母しゃんのお腹の中に居た時に、リンゴをくれたのクラリスお姉ちゃんなのし。あれが無かったら生まれてこられなかったかもしれないのし。だから名前をつけるのはクラリスお姉しゃんがいいのし」

 

「ジャバデレ……、あなたお腹の中に居た時の記憶があるのね」

 

「い!いやなのし!さり気無く変な名前付けるのやめるのし!うっかり返事しちゃったらそれになっちゃうのし!」

 

 子狼がぷるぷる震えながら抗議の声を上げた。

 

「のう。全員で一つずつ候補を出して、その中からクラリスが選ぶというのはどうじゃろう」

 

 指先で子狼の顎下をくすぐりながらガルシアが皆を見回す。

 

「お髭のおじちゃん……、擽り上手……のし……。眠くなりそうのし」

 

「寝てる間に名前決まるぞ」

「ぅあ!!いやのし!」

 

 ロランの言葉に過剰に反応する様が愛らしい。

 

「じゃあ、私から。お母さんが森と夜の神様の名前でファリスだから……。その子供神で木と星の神様の名前、ファムシールで」

 

 アーリアが神様繋がりで候補を挙げると、子狼の表情が少し明るくなった。クラリスから呼ばれるまで返事をしないように両前足で口元を押さえている。

 

「じゃあ、僕は直感で。そうだな、真っ白な毛並みしてるし……。ブランピュール純白とかどうだろう」

 

 子狼の表情がまた一段と明るくなる。千切れそうなほどに尻尾をパタパタと振っている。

 

 二本の前足で口元を押さえて尻尾をパタパタさせている子狼をクラリスがうっとりとした顔で見つめて呟く。

 

「ああ、尊い。この子の為なら、私本当に何でもできるわ。世界がこの子を私から取り上げるなら、世界とだって戦ってみせる」

 

「お主の歌は本当に世界の脅威になりかねんから滅多な事は言わんでくれ。そうさの、わしは……。ふむ、ラフィン。これじゃ」

 

 ロランが怪訝な顔でガルシアを見る。

 

御前ごぜん、どこから出てきたんです?その名前」

 

「何か最近見た様な気がするんじゃけど何だったかの?歳は取りたくないのう。まあ、語感も悪うないしええじゃろ」

 

 名前の候補が出揃う。ファリスは参加するつもりは無いようで、あくびをしながら窓際で日の光を受けている。

 

「ファムシール、ブランピュール、ラフィンか……。どれが呼びやすいかな。ファム、ファムちゃん、ブラン、ブラちゃん、ラフィ……」

 

「略したり、愛称で呼びたいのね」

 

 暫くブツブツ独り言を呟いて、子狼に近付き抱き上げる。

 

「うん、決めた。君はラフィン。これからよろしくね、ラフィ!」

 

「はい、のし!」


 その途端、子狼の全身からまばゆい光があふれ出す。異常な量の魔力がほとばしり、部屋にいる全員の頭の中に直接声が響く。


神代の器に我が名la finが刻まれた。

我が力を行使できるのは月が欠けるまでに一度、満ちるまでに一度である。

全ての神の源流にして、さかのぼり行き着く終焉しゅうえん、我が名はla finラフィン


「な!なんじゃ!どうなっとる!」

「ちょっとクラリス!その子を離して!床に降ろしなさい!」

「クラリス!その子をこっちへ」

 

 三者三様にクラリスに呼びかけるが、クラリスは落ち着いた態度でラフィンを撫でる。ゆっくりと、子守唄を歌いながら。

 

 やがて収った魔力の奔流は、ラフィンの中へと吸い込まれていく。同時にスヤスヤと寝息を立てて、眩しいのかラフィンがもぞもぞとクラリスの胸元へ潜り込む仕草をとる。


「お……、収ったかの?」

 

 ガルシアがそう言うと扉が音を立てて開き、魔導士数名が駆け込んでくる。

 

「ガルシア様!御無事ですか!」

 

 飛び込んできたのは、筆頭宮廷魔導士とその弟子達である。命名について、事の顛末を話すと魔導士達が狼狽うろたえだした。


「ガルシア様、今月の禁書庫書物研究記録を覚えていますか?」

「ふむ、見た気はするのう」

 

ラフィンそれは、古代神の名前です」

 

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