第52話 覚悟
モリアスが伯爵家で家令にもてなされていた頃、クラリス、アーリア、ロラン、ファリスと子狼は王宮の客間に通されていた。
王宮の客間には、大量の軽食やデザートが用意され、湯浴みの用意や部屋着、夕食時の為のドレスに至るまであらゆる物が揃えられており、贅を尽くした調度品と合わせて至福の空間となっている。
二間続きとなっている客間は各部屋に二床のベッドが設えられ、男女で分かれて仮眠をとる事も出来るように配慮されていた。
「あーちゃん!凄いよ!お菓子がキラキラしてるよ!」
「クラリス落ち着いて、取り敢えず私はお湯を貰ってくるわ。その後でこの子の名前を決めよう。クラリス考えといてね」
ファリスの頭の上であくびをしている子狼が呼ばれた様にアーリアに顔を向ける。
テーブル上のお菓子より尚キラキラした目を向けてくる子狼の可愛らしさが眩しい。
「この子の名前、何がいいかな。強そうな名前ならバリアント……。可愛さならボルドンゲレロ……。ちょっと奇抜な名前ならガズベロリン……」
子狼がクラリスを見つめながら小刻みに震え始める。動物の顔色は分からないが、明らかに怯えが混じった可哀想な雰囲気になっている。
「取り敢えずお菓子でも食べながら考えよっと。バゾリー、ジャバデレ、大和風に権左衛門……、婆娑羅……、ポチョムキン、ムキエビドリアン……」
「なあ、クラリス。この子泣きそうな顔でお前の事見てるんだけど。ほら」
ロランが抱き上げてクラリスに子狼を差し出す。
「あれ、気に入った名前が過ぎちゃったのかな?もう一度言ってみようか。バリアント、ボルドンゲレロ、ガズベロリン、バゾリー、ジャバデレ、ポチョムキン、ムキエビドリアン、権左衛門、婆娑羅。違うか、何で震えているんだろ」
「お前が口にする名前が嫌なんじゃ無いか」
ロランがそう言うと子狼がロランに顔を擦り寄せる。
「ほら、絶対そうだって。大体なんなんだよ、ムキエビドリアンって。こいつのお母さんファリスって言うんだろ?語感すら似てないのはダメだろ」
「んー、いいと思うんだけどなぁ。あーちゃんが戻ってきたら聞いてみよう。おすすめは権左衛門」
「だからさ、話を聞けよ」
ロランとクラリスのやり取りを子狼が心配そうに見ていると、木製の両開きのドアが開きガルシアが部屋へと入って来た。
「おぬしら、何をやっとるんじゃ。おお、めんこいのう、これが連れて来たかった狼か」
ガルシアがそう言うと子狼を抱き上げる。
「ほっほ、ふわふわじゃのう。母狼の方も産後の具合は良さそうじゃの。牛の乳か生の肉を持ってこさせよう。これ」
声を掛けられた執事が一礼して部屋を出て行った。
「さて、狼のことはちょっと置いておいて、ロランよ。弓士の嬢ちゃんはどうした」
「アーリアは湯浴みに行ってます。どうしました?何が問題でも?」
ガルシアが顎髭を撫でながら、クラリスを見た。
「いやの、ちょっと確認したかったんじゃよ。英雄達の凱歌を歌った
ガルシアがそこまで話すと、クラリスが少し身構えるのと同時に、隣室とのドアが開きアーリアが顔を出す。
「あら、王様?」
「おお、丁度ええわい。お主、英雄達の凱歌を歌った人物を知っておろう。褒美をやらにゃならんからな、教えてくれんかの」
そう言いながらガルシアが子狼を母狼の元へ返すと子狼は母狼の頭へとよじ登る。
「ああ、それならそこのクラリスのことですよ。隊長の妹の。ただ、歌については繊細な問題があるので、出来れば日を改めて……」
そこまで話したアーリアをクラリスが制止する。
「あーちゃん、大丈夫だよ。話せる。あーちゃんもお兄ちゃんも居てくれるし、他の機会より今がいい」
「そっか。ですって王様、聞いてもらえますか?」
優しく微笑むガルシアが良いとも、と言うとソファに腰掛けて皆も座る様に促す。
「昨日、私が歌った英雄達の凱歌は、呪歌と呼ばれるものです」
クラリスは、自らの知る呪歌についてガルシアの前で話しだした。自分がセイレーンの先祖返りである事。呪歌という魔物の聲を扱う歌を歌える事。祖母から貰ったネックレスでその効果を抑えて来た事。今回、人生で初めてネックレスを外して歌を歌った事。
「ふむ、お主は歌の効果を知っておったのかの」
「はい、どの様な歌がどの様な効果を発揮するのかが感覚的に分かります。あと、歌う時にイメージをする事で効果を及ぼす対象を選べる事が分かりました」
「あ、ワイバーンに子守唄を歌った時のこと?」
クラリスが頷く。ガルシアが少し考え込む素振りを見せた。
「対象を選べるのか。ちょっと思っていたのとは違うのう。そうなると少し話が変わってくるか」
「どういうことですか?話が変わるとは?」
アーリアがガルシアに問う。
「いやの、歌を聴いた者全てに効果があると思っておったのよ。しかし、対象を選べるとなると、これは捨て置くわけにはいかんなあ。クラリスよ、味方だけ、もしくは敵だけに効果を及ぼせると思っていいのかの?」
「はい、昨日は魔物だけに聴かせるつもりで子守唄を歌いました。英雄達の凱歌はバンシーの歌を聴いた人全てをイメージしたので、ほぼ全員になると思います」
「効果の範囲はどうじゃ。
クラリスはゆっくりと首を振る。
「
そのクラリスの言葉にガルシアが絶句する。
「思っていたよりずっとヤバそうな能力じゃの。仮に空を飛ぶ乗り物を手に入れれば、敵国民を全部眠らせることもできる。戦争にすらならん」
「ワイバーンが全部墜落した辺りで私もヤバいと思ってました。宮廷魔術師の大規模魔法でも、あんなに短時間に広範囲をカバーした状態異常なんか無理だと思う」
アーリアが補足すると、ガルシアがさらに難渋を示す。
「わし、あの時
状態異常を無効化する鎧のアイギスは、全ての異常を遮断する。
毒はもちろん、麻痺、鈍足、睡眠、催眠、混乱、魅了など全てに掛からなくなる。
実はこれにはデメリットも存在し、
「後で検証して、もし
「覚悟……」
ロランとクラリスが同時に呟く。ガルシアは立ち上がり、窓から外を見下ろす。
「覚悟って何なんですか、クラリスにこれ以上何を背負わせるつもりなの!」
アーリアが堪らず食ってかかる。相手が王であることも、無礼も承知でその言葉は止まらない。
「ただでさえこの子は自分の能力に悩んできたの!この子が何て言って泣いたか分かる!?気味悪がられるのが怖いって、居場所を失うのが怖いって言って泣いたのよ」
アーリアの言葉にガルシアが微笑んで答える。
「まあ、待てアーリア。わしが此奴らに求める覚悟は、己らの立場を自分達で新たに作る覚悟のことよ。しかし、そうじゃな。お主らみんなでロランとクラリスの新しい立場を支える気はないか。各々、良い関係を築いておるみたいじゃしな」
今ひとつピンとこない顔をしている面々を尻目にガルシアが、まあ、悪い様にはせんよ、と言いながら子狼を抱き上げた。
「ところで、此奴の名前は何と言うんじゃ。わしに飼わせてくれんかの」
そう言うと自らの肩に乗せ、愛おしそうに子狼を指で
「ダメです!!その子は誰にも渡しません!!」
客室に
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