第51話 バートンの女
昼食は
同乗するユーレリアが楽しげに話す中、モリアスはつられて気分が昂揚する自分に気が付く。
今回のスタンピードは少なからず死者も怪我人も出ていることから、気を引き締めて事後処理に当たらなくてはならないなと考える。
「そうでした。一つお伝えしておかないといけない事がございました。今回のスタンピードと時を同じくして、貿易都市との連絡が途絶えております。お父様から聞かされた話ですので、おそらく間違いないかと思います。何らかの危険があるかも知れませんので、お気を付け下さいませ」
ユーレリアが交易都市バルトブルグの情報を口にする。交通の要所でもあるこの都市は、行き交う商人による貿易で賑わう街であり、あらゆる交易品が集まり、独特な文化を形成している街である。
規模としてはかなり大きい部類の街と連絡が取れないとはどういったことかと想像を巡らせる。人の出入りの激しい交易都市から誰も人が来ていないとなると、そもそも誰も生きていない可能性すらある。
「商人ギルドで情報を集めた方が良さそうですね。まだ行くと決まったわけでは無いですけど、その可能性は高そうです」
「それは徒労に終わりそうですわ。商人ギルドにおいても情報に懸賞金が出ているそうですので。何も分からないのが現状だと思います。出来ればバルトブルグには行って欲しくありませんわ」
情報がないのはスタンピードで人の出入りが制限されているのも原因の一つだろうな、と当たりをつける。モリアス自身も出来れば行きたくはない。
「ありがとうございます、少し方法を考えてみます。今回のスタンピードそのものにも疑問の残る部分がありましたから、情報は多いに超したことはありません。分かったことがあればユーレリア様にもこっそりお伝えしますね」
「少しはお役に立てまして?でしたらご褒美を下さっても宜しくてよ。ほら、雑にドンな奴とか……ナディアに聞いた話では、壁、床、膝、肘と様々なバリエーションがあるそうですわ」
まだ狙っていたのか、膝ってなんだよ。というかナディアさんは次に会ったらしっかりと分からせる必要がありそうだ。そうモリアスは決意する。
「そういった
「も、モリアス様の方からお食事のお誘い!?こ、これはもうプロポーズと言っても過言ではないのでわなくて!?」
その言葉にこれまで一言も発することの無かった御者が反応する。
「残念ながらプロポーズではございません。可能性は全くございません」
「全く?」
「全く。ナッシングです。ノープロポーズ」
しょんぼりしながらモリアスの方を見て、ユーレリアがノープロポーズと呟く。
「ユーレリア様、食事に誘っただけでプロポーズというのは飛躍しすぎです。ちょっと興味がわいたので聞いてみますが、何故そうなるのですか」
「プロポーズというものは食事の最後辺りにされると聞きました。婚約指輪がスパークリングワインに入ってきたり、ケーキから出てきたりすると!」
「まあ、そういう素敵な演出は聞いたことがありますね」
「なので、食事に誘われる→食べ終わる→指輪出る→プロポー……ズ?」
「何でちょっと疑問形になっているんですか。自分でも無理があると思っていますよね」
しょんぼりした雰囲気のまま、まぁ……はい、と答えるユーレリアは、やはり悪い人間ではない。モリアス自身も、最近ちょっと可愛らしいと思い始めている自分もいることに気付いている。
「ちなみに、前の同じやりとりの時はどういう経路でプロポーズだと思ったんでしょうか」
「前というのは……、ああ!ナディアに否定された時ですわね。あの時は確か服装を褒めて頂いて……」
「普段着というのは始めて見ましたので、それを褒めた時ですね」
「普段着を褒められた→普段着も素敵だよと言ってもらえた→普段から君を見ていたいなと言ってもらえた気がした→普段とはいつも?つまりいつも君を見ていたいと言ってもらえた?→『いつも』って『いつまで』?え?『いつまでも』?→プロポーズでわ!?」
「真ん中らへんですね、というかまぁまぁ序盤です。気がした辺りからおかしいです。あと、いつもといつまでが混ざって『いつまでも』、というのも斬新ですし、後半自分でも疑問符だらけになってますよね」
「分かってますとも。思い返せばちゃんとおかしな事は分かるんですから」
少し拗ねたようにそう言ってユーレリアは顔を赤くした。
「着きましたよ。お嬢様、ご準備を」
御者が馬の行き足を止めて馬車を道の脇へと止める。
「今日は楽しかったですわ。お恥ずかしい所もお見せしましたが、それはどうか忘れて下さいませ」
半裸を見せた事は恥ずかしいことだとは思っていなさそうなので、泣いたことかなとモリアスは当たりをつける。
「感情が
言葉を失ったユーレリアに別れを告げてモリアスが平民区画へと歩いて行く。
「罪作りな方ですな、モリアス様は」
御者が
「分かってやっているなら相当な腹黒ですわね」
「それはお嬢様も同じでは?負けを認められるので?」
まさか、とそう答えてユーレリアが呟く。
「バートンの女はそう簡単に負けは認めません。勝てなくとも、引き分けには持ち込んでみせます。フラれるにしても、ちょっと惜しかったかな、位は相手の記憶に刻んでみせます」
そう言うとユーレリアは馬車へと乗り込んだ。
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