第55話 褒賞

 王妃はガルシアの話を聞いて、埒が明かないと思ったのか残りの三人に話を聞き始める。


「つまりみんなで候補を出した時に、この人が出した案が古代神の名前だったと、そういうわけね」

「大体合ってます」

 

 アーリアが返答すると、ガルシアが自分ばかり悪者にするなと言い放つ。

 

「貴方は黙って」

 一閃、王妃の言葉に鎮まるガルシア。

 

「確認ですが、古代神は自分を上位神であると語ったのですね」

 王妃の言葉がアーリアに向かう。

 

「頭に響いた言葉はその様に言っていました」

 そう、とそう言って王妃は思案し始める。

 

「分かりました。で、この子がそのフェンリルなのかしら、随分と小さいわね」

 

「昨日生まれたばかりなんです。ふわふわですよ」

 クラリスがラフィンを持った両手を王妃に突き出した。

 

「まだ小さいのし。頑張ってすぐ大きくなるのし」

「え?!喋るの?この子」

 王妃が驚くとラフィンがしゃべるのし、と言ってのける。

 

「ちょっと希少すぎるわね。見た目も可愛いから貴族に売ろうと誘拐されたり、犯罪に巻き込まれないように対策をしておいた方がいいわ。ちょっとそこのあなた、筆頭魔術師に追跡の魔法のかかった魔道具と飼い主の意思でその元に転移させる魔道具を用意させて頂戴」

 

「かしこまりました。費用等の請求先は如何いたしましょうか」

 

 命を受けた執事の一人が問うと、王妃がガルシアを見てから向き直る。

 

「王の歳費から出して構いません。いくら掛かっても構わないわ。だからとにかく早く用意して。あと、なるべく見た目は可愛いものを選ぶ事」

 

「ちょ……ちょっと待てい!儂の歳費から出さんでも、防衛や一般から出せば良かろう!」


 ガルシアが大きな身振り手振りを加えて文句を口にする。

 

「わたくし傷付きましてよ。昔と比べて見る影も無いなどと……」

「分かった、儂が出す。出させてください、お願いします」

 

 勝負にならないとはこの事とばかりに主張の全てがシャットアウトされていく。

 

「ねぇ、ガルシア様と王妃様ってどのくらいの力関係なの?」

 疑問に思ったクラリスがロランに質問をぶつけた。

 

「そうだな、力関係で言えば王妃がグーで、御前ごぜんがチョキだな」

 

「ボロ負けなのし」

「勝てる要素が見当たらないのね」

「格の違いを感じるわね」

 

 三様に感想を口にするとガルシアが三人に向かって、儂、王様なんじゃけども、とつぶやいた。


「ところで……」

 王妃がそう言って場を仕切り直す。

 

「今回の褒賞についてあらかじめお話があるの。クラリスさん、貴女についてよ」

「私……ですか?」

 

 クラリスが面食らう、自分が褒賞を受ける対象となっていることなど想像だにしていなかった。今日は兄ロランのご褒美として、家族の自分もお城にお泊まりできる、くらいに考えていたのである。


「今回のリッチ及びバンシーの撃退において、貴女の歌が窮地を救ったというのが王室の公式な見解です。兵員の殆どがバンシーの歌で正気を失っていましたが、貴女の歌によってバンシーを打ち払い、彼らの正気を取り戻したと聞いています」

 

「でも、皆んなを正気に戻しただけで、撃退もしていないしご褒美を貰うほどのことはしてませんけど……」

 

 クラリス自身、自分がしたことは少し歌を歌っただけで、功績と言えるかについての自信がなかった。

 

「貴女の歌が、超広範囲に影響する状態異常をもたらすことは間違いありません。そして、そのような能力を秘めた人物を在野で放置するほど、マリスタニア王国の王室は平和ボケしているわけではありませんわ」

 

 王妃が執事の一人に何事かを耳打ちすると、耳打ちされた執事が部屋の外へと急いで出ていく。

 

「少し実験をしましょう、場所を移しますわよ。みなさんついてきて下さいまし。この城の一番見晴らしのいい塔の上へと参ります」

 

 王妃は全員を連れて塔を登っていく。到着した塔の最上階から外を見ると、外壁までが綺麗に眺め渡せた。

 

「クラリスさん、あの外壁の上にいる赤い服を着た人間と黒い服を着た人間、両方ともが見えますかしら」

 

「はい、二人ずつ。合計四人見えています」

 

 遠くに見える四つの人影を確認する。

 

「では、赤い方のどちらか一人を眠らせてもらえますか?」

「はい。あ、お兄ちゃん、ラフィンをお願い」

 

 ラフィンを手渡すとクラリスが子守唄を歌い始める。効果はすぐに現れた。外壁の上の人影の一つが、糸の切れた人形のように崩れ落ちたのである。

 

「本当に対象を選べるのね。では次、外壁の上にいる人間全てを眠らせて。あの四人だけではなく、『全て』でお願い」

「分かりました」

 

 見える範囲に居た残り三人も崩れ落ち、しばらくすると何人か階段を上がって屋外へと出てくる。青い旗が上がり、王妃がそれを見て溜め息をついた。

 

「対象は見えてなくてもいいみたいね。これではっきりしました。貴女の歌はこの国の脅威となり得ます。貴女にそのつもりがあるかどうかに関わらず、王室は貴女の取り扱いに細心の注意を払うことになりました。その事をこの場で王妃の名において宣言します」

 

「どういうこと?クラリスの歌の効果範囲?脅威?」

 アーリアが問うと王妃が頷く。

 

「まず、選択的に効果を及ぼせるのかについて調べました。結果は可能、次に無差別に効果範囲を定める事が出来るかについて。対象が見えている必要があるかなどの制限があるか、結果は無制限ね。実は死角に数人隠れた兵がいたのよ。全員見事に眠ったみたいですわ。最後に抵抗レジスト可能かどうか、かなり状態異常に強いタイプを揃えておいたけどダメね。魔道具を使えば何とかなるかしらといった感じね。結果、クラリスさんが我々と敵対した場合、我が国はとんでもない被害を被る可能性があると判断します。細心の注意を払うというのは、つまりそういうことです。さて、先程の部屋へと戻りましょうか」

 

 そう言って王妃は、客間への道を戻り始めた。

 

「クラリスはこの国に損害を及ぼしたりしないわ。それどころか他国相手でもそんなことしない。誰かの幸せを祈る歌しか歌わないようにおばあさんから教えられているもの」

 

 客間に入って、最初に口を開いたのはアーリアだった。

 

「もちろんクラリスさんの人間性については、良く分かっていますわ。ロラン大隊長も同様に人物評価は非常に高いものとなっていますので、兄妹共に心配はしておりません」

 

 そこまで言うと王妃は一度言葉を区切り、皆の顔を見渡す。

 

「しかし、国という機構はそこに保証を求めるものなのです。安心できる材料……と言い変えても良いかもしれません。そこでわたくしは、ここに一つの提案をしに来たのです」

 

 部屋の中を静寂が支配していた。王妃が次の言葉を発するその時を、皆が固唾を飲んで見守る。ラフィンは声が漏れないように前足で口を押さえている。


「クラリスさん、貴女貴族になるつもりはありまして?」

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