第49話 エリクシル
軽食の後、モリアスはユーレリアと連れ立って敷地内の薔薇園を散歩する運びとなった。
食事を取って少し眠気もきていたので丁度良い眠気覚ましになる。
よく手入れされた薔薇は区画毎に色が統一され、腕の良い庭師がいることを伺わせた。
「凄いですね。ここまで行き届いた庭園は初めて見ます」
「当家自慢の庭園ですので。
「ユーレリア様は貴族で、私は平民ですよ」
「あら、時間の問題ですわ。あと一つ、戦果を積めば副隊長に就いて即、貴族院に参ります。今回のスタンピードの前まではモリアス様ともっと仕事を共にしていたかったので、昇職はお断りするつもりでいましたが気が変わりましたので」
そう言って笑うユーレリアは思い詰めた様子も無く、少し心の支えが取れた様に見えた。
モリアスもその表情に気持ちが和らぐ。
「モリアス様のー!」
遠くから自分を呼ぶ声にモリアスがそちらを振り返る。
建物の向こう側から聞こえる声はおそらくナディアであろう事が窺える。
「人でなしー!人殺しー!」
どこか己を鼓舞するようにモリアスを罵倒しながら走っているのだろうか。
「サディストー!鬼ー!」
加虐趣味は無いがナディアに対してだけ芽生えてしまいそうだとモリアスは思う。
「申し訳ありません、モリアス様。ナディアの
「いえ、それだけ厳しい訓練なのでしょう。お昼過ぎ位には助けに行ってあげましょうか」
そんな会話の中、ふと庭園の端にあるガラスで出来た建物が目に留まる。
「あの建物は?」
「ああ、あれは元々植物研究用の温室だったものを薬草園に改装したものです。
「
顔を横に振りながらユーレリアが残念そうに答える。
「まだ完全には至っていませんわ。でも、近しいものは出来ていますわ。副作用や効果の検証が必要ですけど、瓶一本分であれば身体に変調を来さずに使えて、即死していなければかなり完全回復するものが御座います。見に行かれますか?」
モリアスは不完全とは言え、かなり強い効能のポーションであるエリクシルに興味が湧いた。
問題無ければ是非にとお願いして連れて行ってもらう事にした。
温室の中は少し湿度が高めになっているようで、ガラス表面が少し結露していた。
川の様に水が流れている部分に水耕栽培されている薬草などがあり、割と見たことのない植物も見受けられる。
奥まった所に机と書棚が置かれておりそこで何人かの研究者と思しき人物が実験をしている様子が窺えた。
「お嬢様、この様なところへ足をお運びいただけるとは。どうされましたか?何か必要な物でも?」
研究者の一人がユーレリアに用向きを聞いてくる。
「エリクシルの試作品はあるかしら。モリアス様に見てもらいたいのだけど」
「少しお待ちください、今出しますので。まだ四肢を生やすほどでは無いのでとてもエリクシルとは呼べませんが、瀕死程度であれば立って戦える程度に回復できるものになります。こちらです」
研究者がユーレリアに小瓶を手渡す。
不透明な青い小瓶は中にどの程度液体が入っているのか分からない。
ユーレリアから小瓶を受け取り、モリアスが開けても構わないかを問う。
ユーレリアが頷いたので開けてみると柑橘の爽やかな香りが広がった。
「何だか美味しそうですね。物凄く良い香りがします」
「私、何度か飲んでみましたけど、凄く爽やかな果実のジュースみたいなんですよ、それ。結構美味しいので疲れたらたまに貰いに来ているんです」
開けた栓を戻して、返そうとするとユーレリアがそれを制してくる。
「お一つお持ち下さい。当家の研究結果が詰まった物なので分析などはしないでくださいね」
「ありがとうございます。任務の時にポーションホルダーに忍ばせておきます」
「使って無くなったらまたお渡ししますので言ってくださいね」
ユーレリアの言葉に甘えてエリクシルを貰い、薬草園を辞すると、暫く歩いた後に出発した建物まで戻ってきた。
「お昼ご飯まで少し休まれますか?まだ暫くありますので」
ユーレリアがそう言うと側に控えていたメイドが客間の用意が出来ている旨を伝える。
「ベッドの用意とお休みいただく時に使っていただく肌着をご用意いたしました」
確か、ユーレリアにご武運をと言ったメイドである。
「ありがとう、モリアス様を案内してもらえるかしら」
ユーレリアの言葉に、どうぞこちらへとメイドが案内を始める。流されるままではあるがやはり徹夜明けの眠気にも
用意された肌着に着替え、ベッドに身を横たえると途端に睡魔が襲ってきた。
柔らかく、暖かなベッドでモリアスは意識を手放した。
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