第42話 英雄達の凱歌と不死の王
外壁の上へと上がってきたアーリアとクラリスはそこで衝撃的な光景を目の当たりにする。
「あーちゃん!なんかみんな大変な事になってるよ!?」
「本当だね、何?なんで皆んな泣いてるの?クラリスは平気?私何だか平気っぽいんだけど……」
「多分そのネックレスのせいだよ。それ、周りの呪力を抑える魔道具なの。私は平気みたい、多分呪歌に耐性があるんだと思う。皆んなが泣いてる原因はきっとあれだよ」
アーリアが、第一歩兵大隊を見ると皆膝を着き、一様に項垂れて見える。
その先に沢山の浮遊霊が飛び交っており、その浮遊霊が歌を歌い、周りで兵士達が力無く
きっと彼らも泣いているのだろうな、とアーリアは思う。
「あーちゃん、私を守ってね」
そう言ってクラリスは大きく息を吸い込む。
「許されるなら一生ずっと守ってやるわ」
アーリアが弓を構える。
クラリスの歌声が響き渡る。優しく、勇壮で、力強く、紡がれる
一人は勇者、何者をも恐れず正義を行う者
一人はドワーフ、何者よりも強く正義の道を歩む者
一人は魔術師、何者よりも賢く正義を示す者
一人は
クラリスの口から紡がれる言葉に、外壁の上にいる弓士隊と魔術師隊が正気を取り戻す。皆狐につままれたような顔をしている。
「あれ、あたしなんであんなに悲しんでたんだろ」
「嫁が出て行く未来しか見えなくて絶望感凄かった」
「同期ばっかり出世する悲しさが収まらないんだけど」
思い思いの言葉を口にしながらその目に光が戻る。
クラリスが続ける。
勇者は敗北を恐れず、幾度でも立ち上がる
ドワーフは歩みを止めず、いつでも前を向き
魔術師は考えることをやめず、あるべき世界を模索する
ナイトはその身を盾に、守るべき未来を見据える
英雄達は、いつでも何かのために
何度でも立ち上がる光の戦士達
立て戦士達
その光に栄光あれ
戦場に兵士達の声が戻る。
そして、全ての兵士が立ち上がりその目に光が満ちる。
「おい、モリアスよ。目は覚めとるか?」
ガルシアがソウルイーターを抜き放つ。
「何とか取り乱さずにすみました」
「お主、アレを無かったことにするつもりか。ガックンガックンしとったぞ、凄い神経しとるな」
「取り敢えず目は覚めてます」
モリアスがそう言うとガルシアがソウルイーターでバンシーを指し示す。
「アイツらは儂が仕留める。霊体は魔法剣でしか斬れんからな。お主らの剣では斬れん。その点、儂のソウルイーターなら問題無く斬れる、というか吸える」
「吸えるってなんですか。ソウルイーターって切った相手の魂を喰らう魔剣ですよね」
ガルシアが頷く。
「そうじゃ、あいつら霊体はそもそも魂丸出しじゃからの。ちょっと近くに剣を持って行くだけでちゅるんちゅるん吸えると思う。ちなみに少年達の霊魂は吸わんぞ。バンシーだけじゃ、いっぱいおるでな。その間、リッチは頼んだ」
モリアスが露骨に嫌そうな顔をする。
かなり変なキャラクターだが、リッチは腐っても高位の魔物である。
どう考えても荷が勝ちすぎる。
「いや、無理でしょう。私は隊長みたいな怪物ではない一般人です」
「お主、あのロランとずっと一緒じゃろう。案外やれるようになっとるからやってみい」
「なんでそんなに私にやらせたがるんです。何かあるでしょう、理由」
「あんな変なリッチの相手をしたくない」
「素直に答えたらなんでも許されると思わないでくださいよ。絶対に怨みますからね」
ガルシアがモリアスに、にやりと笑いかける。
「でもの、リッチはリッチじゃろ?ちょっと変じゃけど倒せば『ワイトキングスレイヤー』の称号がつく。するとどうなると思う?想像してみ?」
「称号?え?あんなので?」
ガルシアが大きく頷く。
「そう、あんなのでも。ドラゴンスレイヤーと並んで最高峰の称号じゃからな。もちろんそのマントの刺繍に幾つも星が増える。星一つにつき俸給がな、約大金貨一枚増える、最終協議されるが最低でも星は四つ増える」
「え?大?」
「そうじゃ、なんせお主らの給料の全ての最終決定権者の儂が言うんじゃからの。逆に……」
「逆に?」
「やらんなら、カラッコロの、サラッサラの、シオッシオじゃ」
「エゲツないですね、人で無しここに極まれりですよ」
「やるかの?」
選択肢があるようでないのは質問ではない。
「やりますよ、命懸けなんで星六つは宜しくお願いしますよ」
「お、やる気が出たみたいじゃの。任せろ、じゃそっちは頼んだぞ。何なら倒せんでもええ。バンシーを全部片付けるまで時間を稼げばお主が討伐者じゃ」
そう言うとガルシアはバンシーの掃討に向かう。行く先々で、剣をかざしてちゅるん!と吸い込む。
「ああああああああ、芸術の何たるかを解せぬ下民と関わるなど百害あって一利なしではあるが致し方無し。せめて芸術の言葉の定義くらいは叩き込んであげましょう」
「すみません、不服かとは思いますが貴方の相手は私みたいです。お付き合いください。ちなみに、芸術も歌も全く分かりません」
モリアスは考える。
リッチは通常複雑な儀式を行い、自らアンデットになる者が殆どである。
寿命では足りないと考えた者が最初に不老不死を目指し、それが手に入らないことで行き着く先が自ら
このリッチは生前に自らの思い描く芸術を追い求め、行き過ぎてこうなったのだろう。
「あ、でも美少年と言えば……、いや、やっぱりいいです」
「え?!言いかけて途中でやめるなどこれだから下民は!なんですか?最後まで言いなさい」
美少年というワードに反応するリッチ。
「いやいや、芸術の定義も理解していない私などが烏滸がましい。やめておきます、……でも歌が上手いんですよねー」
「特別に聞いて上げますから話しなさい!歌の上手い美少年がなんですか!いるんですか!」
やはり歌が上手いというワードに反応するリッチ。
「いや、私程度の知っている上手い歌などたかが知れています。やっぱりいいです」
リッチはイライラした様子を見せる。
「話せと言っているだろうが!猿にも等しい貴様の主観など何の価値も無いのだ!美しいかどうか、歌が上手いかどうかの判断は私がする!さっさと話せ!」
「そうですか?話す前に一つだけお聞きしても?崇高なる貴方様の審美眼を信じないわけではないのですが……」
モリアスの遜った物言いにリッチの態度が軟化する。
「まあ、少しくらいなら語ってやらんこともない。ジャンルが違うと分からんからな、美少年と歌なら何でも聞くが良い」
「隣国の王宮楽師団に齢九つの美少年がいる事はもちろんご存知だとは思うのですが、彼は歌が物凄く上手いと評判なのです」
リッチの目が赤く光る。
「貴様……九つ……?」
モリアスは平然としながら続ける。
「敵対国なので情報は少ないのですが、私も紳士の嗜みとして、その、
「ガレウス……」
「は?!」
「ガレウスだ。我が名を特別に教えてやる。貴方様などと呼ぶで無い。紳士としての矜持を持つ同好の士である汝には特別に我が名を呼ぶ事を許す。同好の士でなければ九つが最高であることは分かるはずもない」
モリアスが貴様から汝へとクラスチェンジを果たした。
「私は憂いているのですガレウス様。隣国の楽師団の少年達は皆、奴隷上がりなのです。いや、奴隷から解放され、楽師団に所属する事で奴隷よりも酷い扱いを受けるのです。うう……、口に出すのも憚られる。それは……」
「それは?」
「お触り……、有りであると……」
バキバキという音と共にガレウスの持つタクトがへし折れ、火が着き、燃え尽きる。
「なあ、汝。名を何という」
「モリアスでございます」
「なあ、モリアスよ。紳士の心得とは何か分かるか」
「愛でるも触らず。手を出さず」
モリアスが悲しそうな表情でガレウスに答えると、ガレウスもその通り、と頷く。
「額縁に入った絵をベタベタと触る好事家が居ようか、作品とはある一定の距離を置き、決して傷付けぬように見て聞いて愛でるのだ。それを……、お触りなどと……」
「許せぬ……」
ガレウスが黒いオーラを放ち始める。瘴気と呼ばれるそれは一般的に体に悪い。長く当たっていると間違いなく病気になるという危険なものである。モリアスは兵達に下がるようにハンドサインを出す。
「しかし、もしガレウス様が彼らを助け出したならどうなるでしょう」
「何が言いたい」
モリアスが続ける。絶好調と言ってもいい。
「彼らを助け出したガレウス様がその中の一人に『其方らの大切な仲間はどこにおる。其れ等も共に助けてやろう』と言えば皆まとめてガレウス様の虜です。『ガレウス様は見た目は怖いのにお優しいのですね』とか言われたくないですか?」
「おふっ!モリアス、汝、それは……おふっ!」
「『ガレウス様、連れて行っては頂けないのですか?』とか、『ガレウス様がお父様だったら良かったのに』とか言われちゃったらどうですか?あ、人から言われて助けに来たなんて言うと格好良さがダダ下がりなので、私に言われて来たとは言わない方がいいですよ」
モリアスの言葉は止まらない。
「お父様とか……、我アンデッド、おふっ!ちょっとモリアス、我アンデッドなのに鼻血出そうだからその辺で」
「分かりました。でも思い出してください、そんな健気な少年達。……お触り、有りなのです」
リッチはアンデッドなので眼球は無いのだが、遠い目をして背中で腕を組む。
「モリアスよ、汝とは分かり合える気がする。汝も思うだろう、許しては、いや、赦してはならない物がこの世にはあると」
「隣国の王族は、これからも同じ事をして、同じような被害者を生むでしょう。同じ悲しみを生むでしょう」
「我は行く、我に憑いてきている少年達からバンシーを取ってくれたこと、感謝する」
天を仰ぎ、ガレウスが続ける。
「ここに来るまで、我は頭の中に霧を掛けられたような状態であった。理性を封じられ、人間への殺意と根絶やしにすることへの欲求に支配されていた」
確かに、姿を現したばかりのガレウスはかなりおかしかったとモリアスが回想する。
今もおかしいことに全く変わりはないが、少なくとも話が出来る。
「英雄達の凱歌が聴こえて、頭の中の霧が晴れた。あれが無ければ、我は汝らの国を滅ぼしていたかもしれない。女の声だったが、暖かな良い歌声だった。色々片付いたらゆっくりと聴かせてもらいにくる。人のおらぬところで、我の少年達にも聴かせてやってほしい」
敵意もなく、害意も感じない。
ガレウスは完全に理性を取り戻し、不死の王の風格を漂わせている。
隊長より実のある話をできるかもしれない、とモリアスは思う。
「ではさらばだ。また会おう」
不死の王が森へと帰っていくと、その後には魔物達がやってくることは無かった。
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