第41話 悲しみの歌

「モリアス一等指揮兵、只今戻りました。部隊を引き継ぎます」


 モリアスが救護室から戻ると前線が何やら慌しい。

 彼方此方あちらこちらで膝をついて頭を抱えている者がいる。中には涙を流している者も居た。


「こ……、これは……」


「森の内側に何かおるのう。儂はアイギスを着ておるから状態異常にはかからん。正直言って何が起きているのかが分からんのだ」


「引き継ぎは無しですね、御前ごぜんにはこのまま指揮を執っていただきます」


「お主のそういうところ、嫌いじゃないのう。しかし、お主は大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃないから、指揮を引き継げないんですよ。周りの連中程は自分を見失いませんが、かなりキツいんで。自分に何が起きているかを、今ここで伝えますので原因を何とか取り払って下さい」


 そう話すモリアスの顔色が見る見る悪くなる。

 呼吸が浅くなり、目の焦点が合わずに地面を見詰めている。


「まず、信じられないほど悲しい気分に支配されています。親が死に、恋人が死に、親しい人が全て死に絶えて独りぼっちになった上で、全世界から嫌われたらこんな気分じゃないかというレベルです」


「お主、表現力豊かじゃのう、それで?」


モリアスが続ける。嗚咽を漏らし、涙を堪えているのが分かる。


「しかも、原因がわかりません・・・・・・・・・只々ただただ悲しい。この世に生きていることが辛い程です。周りの人員に自殺者が出るかも知れません。自害しないように止めて下さい」


「ほう、原因はこの歌かの……。森の中から聞こえておるのう。|鬼が出るかじゃが出るか。炙り出して見ようではないか」


 そう言ってガルシアは大きく息を吸い込む。


 森の中全てに響き渡るほどの大声で敵意を一身に集める。


 挑発タウントと呼ばれるスキルである。


 続け様に雄叫びを上げ、兵士達を鼓舞する。


 タウントから雄叫びへと、大声のスキルで聞こえる歌が途切れた為か兵士達が平静を少しだけ取り戻す。


「さて、自慢の歌を邪魔されてどう出るかの」


「全く、無粋な人間共はこれだから救えません。何ですか、その大声は。美しさの欠片も感じられない。粗野な猿共に芸術の何たるかを教えて差し上げねばなりませんね」


「うわ、また濃ゆいのが来おったの。芸術推しのアンデットか、しかもそれだけ知性が残っているってことはリッチかの」


「げーいじゅつのぉお!げーいじゅつによるぅ!げーいじゅつのためのぉお!リィッチィィイ!」


「うわ…いかん、此奴こやつ生前になんか変なこだわり持ってたタイプじゃ」


 ボロボロになった服はどこか高貴さを見せていることから、生前身分が高かった事を窺わせる。

 首から下げたシンボルは聖職者のそれに見える。


「お主、元神官か何かかの?何を迷うてリッチに何ぞなりよった」


「わーたしーはァあ!美しいショー年ををを!その歌声ェヲを!愛でるタァめにィィイ!ゲーイジューつノゥう!」


「う……うむ、分かった。聞かん方が良かった理由じゃったわ。その後ろの歌っとる連中はその少年達という訳か。不憫じゃの。悲しみの妖精バンシーに囚われて軒並み死霊化しとるな、厄介じゃの」


 バンシーはその叫び声を聴いたものに精神的な異常をもたらす妖精の一種である。


 悲痛な叫び声が死を予言しているなどと言われたりもするが、少年達の悲しみがバンシーと交わって悲しみを引き起こす歌となっているものと考えられる。


 バンシーの悲しみを分けられた兵士達は、心の中にバンシーが発生した状態となる。


 この状態で少年の死霊を消滅させると、兵士達の中のバンシーが大きく成長し、収拾がつかなくなる恐れがあった。


「まずは兵士達からバンシーを追い出さねばならんが、さて……」


 ガルシアがモリアスに視線を移すと小刻みに震えながら何か呟いていた。


「ああ、クラリスはきっともう他に好きな人がいて俺なんか相手にもされなくて……、あ"あ"あ"あ"あ"。そんなの死んだ方がマシじゃないか…」


「ふむ、これはこれで面白いのう。いや、さて困った」


 その時、ガルシアの耳に静かな優しい歌が聞こえた。


 目の前の少年達の悲痛な歌ではなく、どこか懐かしい温かみのある歌。


 それは弓士達がいる外壁の上から距離を超えて届いていた。


「英雄達の凱歌かの。おお、勇気が湧く効果ブレイブか。誰じゃいったい、こんな真似のできる歌姫ディーヴァなんぞ我が国におったかの」


 兵士達が次々に自分を取り戻す。


「あれ?俺、何で泣いて……」


「ん?なんだ?俺何でこんな剣を自分で首に押し付けて……」


「おい!しっかりしろ!なんかすごいアンデットが居るぞ」


「うわぁ……、なんか濃いなぁ」


 乱れた隊列が一斉に戻る。


「まあよい、兵士達からバンシーは出て行ったようじゃの」


 ならば、儂の出番じゃな、そう言うとガルシアは足元のモリアスに視線を送った。

 

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