第40話 友であること

「隊長!気を失わないで!しっかりしてください!」

 

 ロランが赤鬼の拳打で吹き飛ばされ、英雄王ガルシアが赤鬼との間で何かのやり取りをした後、敵勢が引き上げていくのを見てモリアスは馬から降りる事すらもどかしく馬を駆ってロランの元へ駆け付けた。


 ちょっと馬でロランのマントの裾を踏んで慌てて下馬する。


「ダメか……。隊長、妹さんのことは僕がちゃんと面倒を見ます。生活に困らせることはありません。子供は二人、出来れば三人。産まれたらお墓に見せに行きますから……」


 そこまで語り掛けたところでロランが飛び起きる。


「君、今何か言わなかったか?!」


「いいえ、隊長!気を失わないで!確りしてください!とはいいましたけど……」


「いや、妹がどうとか」


「いいえ、クラリスさんが何か?」


 頭を振りながらロランが俯く。


「いや、いいんだ。夢でも見たみたいだ。君が妹と子供を作ろうと画策している夢だった……。嫌な夢だ」


「妹さんに怒られますよ。おかしな事言ってないで、ほら、立てますか?」


「ねえ、本当に言ってなかった?」


「最前線の戦場でそんな話するわけないでしょう?頭でも打ったんですか?医者に見せた方がいいかな」


「分かったもういい。僕がどうかしてた」


 ガルシアが後ろを向いて小刻みに震えている。


「モリアス、其奴を救護室に連れて行け。ポーションぶっ掛けて、回復の祝祷ヒールかけてもらってこい。その間は儂がこの隊の指揮を執っとくから。終わったらお主だけでも構わん、早う戻って来い。戻ってきたら儂は下がるからの」


「承知いたしました。ロラン及びモリアスは只今をもちまして戦線を離脱し、救護室へと向かいます。途上にて伝令を行い、指揮権が王に移った旨を通達いたします」


 モリアスがガルシアに口上を述べると、ガルシアが感心したように『ブレんのう』と笑う。


「じゃあ行きますよ、隊長。馬で駆けるので私の後ろに乗って下さい」


「う……うん。なあ、モリアス。君さっき僕のことを馬で踏み掛けなかった?」


「いいえ、何を言ってるんですか?やっぱり頭とか何処か打ち所が悪かったんじゃ……」


「いや、確かに踏まれ掛けた!マントの内側に馬の蹄の跡が残ってる!ほら!これ!」


 チッ!とモリアスが舌打ちをして、馬上からロランに告げる。


「早く乗って下さい。それとも走って行きますか。訳の分からないことばかり言っていると、本当に馬で踏みますよ」


「分かったよ、乗るから怒るなよ……」


 なんだよ、だって跡が残ってるじゃないか、などとブツブツ言いながらロランが馬に上がる。


 再びガルシアが『ブレんのう』と笑った。


 救護室の中は怪我人でごった返していた。


「王命です。ロラン隊長にポーションとヒールを。私は直ぐに隊に戻ります」


「いや、こんなに居るのに僕だけ先に治療してもらうわけには……」


 そこまで言うとモリアスが硬い鉄甲ガントレットの親指と人差し指で、ロランの左右の頬を掴む。


「うるさいですね。隊長、貴方が居ないと私が困るんですよ。とっとと治って戦線に復帰してください。司祭じゃ治せない怪我させましょうか?」


「ふぁい、こ……怖いよ君。一応、僕上司だよ」


「なら上司らしく言う事聞いて仕事してください」


「あ、うん。あれ?上司って部下の言うこと聞くんだっけ?いや、いいか。なぁ、モリアス。今度仕事外でさ、ご飯食べに行こうよ。僕は君と友でありたい」


「僕は嫌ですけど」


「いや!流れ!今の流れはこう……、グッと心の距離が縮まって『なら隊長の奢りですよ』みたいな流れ! 今、僕待ってたよ!『仕方がないな、奢るよ』ってセリフ用意して待ってた!なんで即答で『僕は嫌ですけど』なんだよ!ダメージすごいよ!ヒールでもポーションでも回復できない方のダメージだよ!」


「分かりましたよ。行けばいいんでしょう、行けば。なら、隊長の奢りですよ」


「あ……ああ。うん、奢らせてもらうよ。あれ?」


「じゃあ行きますね、ちゃんと治してもらって下さいよ」


 そう言うとモリアスがベッドの傍から立ち上がる。


 モリアスを見送ると枕に頭を沈めて天井を見ながら大きく息を吐く。


「仲良いんですね」


 司祭がロランにそう言うと、ロランは複雑な表情で考え込んだ。


「彼、僕に厳しくない?」


「いや、だってずっとロランさんの顔の高さで話して、ロランさんの手、握ってたじゃないですか。心配だったんでしょう」


「あ……、そっか。そうか。うん、そうだね」

 

 そう言ってロランは少しだけ嬉しくなった。


 こんな事があったんだって、クラリスに話して、ご飯を食べに行くからクラリスも来るかどうか聞こう。


 モリアスがクラリスに好意を寄せている事は知っている。


 クラリスの前なら少しくらいモリアスも僕に優しくなるかも知れない。


 そんな事を考えながらロランは束の間、眠りに囚われて行った。

 

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