第39話 敗北

「儂が戻るまで繋げって言われてもなぁ。こいつ僕より強いでしょ」


 ロランが目の前の赤鬼から目を離さずに愚痴を漏らす。


 目の前の敵は先程の青鬼より一回り大きく、尚且つ持っている武器も長い。


 金棒であるのは同じだが、人の背丈より長い鉄棍に近い。

 一端がやや膨らんでいる為、突いたりするよりは振り回す使い方であることが予想される。


 青鬼二匹が火球の魔法を使わなかったことから、この赤鬼が火球を使うことは想像に難くない。


 一足の間合いより長い武器を持たれている以上、刀をかついだ構えからの振り下ろしは使いがたい。


 赤鬼は現れた時のようには笑っていない。

 酒瓶も持っていないところを見ると、どうやら舐められてはいないらしい。


「舐めてくれていたらもっとやりやすいんだけどなぁ」


 赤鬼が八の字を描くように鉄棍を振り回し始める。

 徐々に加速していく鉄棍が音を発し始めると、そのまま赤鬼が近付いてきた。


 正眼に構え、棍と剣の半径分の間合いを保ちながら隙をうかがうロラン。


 距離がじわりじわりと詰まり始め、金切丸を側面から弾き飛ばす軌道で振り回される鉄棍を、切先を振ってかわし、滑り込むように身を低くして足下を切りにいく。


 次の刹那、ドン!っという音と共に鉄棍の先が地面に刺さり、金切丸の軌道上に立ち塞がる。


 刺さった鉄棍の先が地面を抉り飛ばしながら金切丸に向かって跳ね上げられる。


 ギィン!という鈍い金属同士のぶつかる音。巻き上げられた土塊がロランの視界を一瞬塞ぎ、跳ね上げられた金切丸がロランの体勢を崩す。


 戻るように振り回される鉄棍の逆サイドが二の腕を直撃し、ロランは大きく吹き飛ばされた。


「っつう……、痛たた……。これはキツイな。何とかして鉄棍を止めないと手も足もでないよ」

 

「お主に足りないものが分かったかの?」


 御前ごぜんはそう言った。


 何故なぜあれ程シールドの使い方を是見これみよがしに披露した。


 まだ同じ事は出来ない。


 でも、真似をする事、模倣もほうする事はできる。


 盾が、剣になるだけの事。


 馬の鞍から外し、腰に着けて持ってきたショートソードに手を伸ばす。


「やっぱり、君は僕の英雄だよ」


 左手でショートソードを抜き放ち、右手に金切丸をたずさえる。やや左手のショートソードを前に出し、右手の金切丸を大きく開いて構える。


 鉄棍の持ち手にはつばが無い。

 ショートソードで受け止めながらやいばを滑らせ、しの持ち手を狙いにいく。


 何処から打ち込まれてもショートソードでさばき、隙のできた部分を金切丸でぐ。


 やれるか……。


 赤鬼が大きくテイクバックした鉄棍を横薙ぎ《よこな》に振り抜きにくる。


 カツンと軽い金属音の後、神経に障る金属音を立ててショートソードが赤鬼の手に迫る。


 赤鬼はニヤリと口の端を持ち上げると持ち手を気にすることもなく鉄棍を振り抜いた。


 ショートソードは赤鬼の握りには届かず、ロランの左腕に尋常じんじょうでは無い衝撃が走る。


「うぐぁ……」


 長身のロランの身体が大きく吹き飛ぶ。


 飛びそうになる意識をなんとかつなぎ止めると笑うひざを抑え込んで立ち上がる。


 第一歩兵大隊をちらりと窺うと、モリアスが腰の剣に手を掛けて駆け出しそうになっているのが見えた。


「来るなよ……、まだやれる……」


 手をかざして来るなと合図を送ると、モリアスが落ち着きを取り戻したのか手を剣から手綱へと戻した。


 吹き飛ばされて口の中を切ったのか、鉄の味が口の中に広がる。


 息が苦しい、うまく呼吸が出来ない。


 ショートソードを握る手に上手く力が入らなくて、取り落としてしまいそうになる。


 赤鬼は襲ってくる様子を見せない、武人然としてロランの様子をうかがっている。


 ロランが金切丸を鞘へと戻し、革ベルトに巻いていたバンテージを解いて左手へと巻きつけていく。


 ショートソードと左手ががっちりと固定され、取り落とす心配は薄れる。


 見ると赤鬼が小鬼に酒瓶を持ってくるように合図をしていた。


 左腕の痛みはしびれに変わってきている。


 長くは持ちそうもないな、そうロランが呟くと赤鬼が持って来させた酒瓶に口をつけ、それをロランに投げて寄越した。


 飲め、とジェスチャーで示す赤鬼。


「毒は、入っていないよなぁ」


 入っていたとしてもロランには毒物に対する耐性がある。


 意を決して酒瓶の中身をあおる。


 中身はそれ程入っておらず、三口分みくちぶん程だったが飲むと左腕の痛みが消え始めた。


「痛み止めの薬みたいなもんかな」


 手首を回して動きを確かめても痛みがなくなっており、スムーズに動かせる。


 赤鬼を見ると満足そうに笑みを浮かべ、さぁやるぞと言わんばかりに鉄棍を持ち上げ、手のひらを上にしてクイクイと手招きする。


「あぁ、戦闘狂同じタイプなのね。御前ごぜんとイメージが被るんだよなー。なら、同じ事をしてもダメか」


 さっき巻いたバンテージを解いて、ショートソードを逆手に持ち替える。


 親指だけ自由に動かせるようにしてバンテージを巻き直した。


 金切丸の鞘に左手を添えて鯉口こいくちを切る。抜刀術の構えを取るロランに赤鬼が嬉しさを隠す事もせず凶暴な笑み見せる。


 赤鬼は先程と同じ、横薙ぎに鉄棍を叩き付ける構えを見せた。


 ロランが明鏡止水の境地に入る。


 鬼の目にはどのように間合いに踏み入っても、ショートソードがすれ違い様に鬼の左腕を切り飛ばす情景ヴィジョンが見える。


 凶暴な笑みが狂気に満ちた笑みへと変わり、赤鬼がこれまでで最高の速度で鉄棍を振り抜きにくる。


 間合いに入った鬼の横をすれ違いながら、鬼の右腕の下から上へとショートソードを切り上げ、さらに鞘走さやばしりのスピードを乗せた抜刀による一閃で胴を薙ぐ。

 

「左右の太刀があたかも別々の生き物みたいじゃのう」


 モリアスの横でガルシアが誰に言うでもなく口にする。


「戻っておいででしたか」


 モリアスはロランの一挙手一投足に釘付けにされていた。まるで周りが見えていなかったことを自覚する。


「あれは見入るわなぁ。魅力の魅で魅入ると言った方がいいか、今あそこに行くのは野暮だわなぁ」


 飛んできた金棒をガルシアが受け止める。


 胴を薙いだ、はずだった。


 赤鬼の右手の拳がロランの脇腹へ突き刺さり、ロランは斜め前に吹き飛びもんどりを打って転がる。


 赤鬼はショートソードの斬り上げを、かわし、胴を薙ぐ一閃に踏み込んでロランの脇腹を殴り飛ばしたのだった。


「勝負あったのう……」


 ガルシアが赤鬼の方へと近付くと、赤鬼は手を差し出して金棒を寄越せとジェスチャーする。


「ほれ」


 英雄王が金棒を投げて渡すと赤鬼はそれを空中で掴んで背を向ける。


「なんじゃ、やらんのか」


 ガルシアの言葉に赤鬼が足を止めた。


「イマノオレデハ、オマエヲタオセナイ」


「なんじゃ、喋れるのか」

 

「ソイツ、キタエロ。マケタソイツハ、コレカラツヨクナル。ツヨクナッタコロ、マタクル。ソノトキニハ、オマエモタオス」

 

「奇遇じゃな、儂もそうしようと思っておったところじゃ。そうじゃのう、人間は寿命が短いからの、あんまり待たせんでくれよ」


 赤鬼の率いる部隊はそのまま森へと消えて行った。


 去り際、赤鬼は頭上で金棒を振り、それがガルシアには承知したと言ったように見えた。

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