第38話 回想
謁見の間では大臣が部屋の隅で気怠げに座ってその時を待っていた。
その時は来ないかもしれない、だが備えない訳にもいかない。
「やれやれ、年寄りには堪える作業だわ」
そう愚痴を吐きながら高い天井を仰ぎ見る。
耳に残る吟遊詩人の詩う英雄の歌のメロディをなぞり口ずさみながら大臣は回想する。
あれはいつだっただろうか、まだ登用を受けるずっと前の……、そう、貿易都市の酒場だった。
商業都市バルドブルグの場末の安い酒場、そこで私は初めてあの人に会った。
店に入ってくるなり入口近くのテーブルで喧嘩してましたっけ。
足を引っ掛けようとした無頼のその足を踏み折って五人程に囲まれてましたっけね。
あっという間に五人ともボコボコにして店の外につまみ出して、そいつらからしてもらったという
その時はまだあの人が誰かも知らずにいたな。
酒場の吟遊詩人がよく唄っていた勇者とその一行の物語。それを聞いて胸躍ったのを覚えている。
最初はゴブリン。
五匹ほどのゴブリンを討伐に行く一行。
でもそこにいたのはただのゴブリンではなくて、ゴブリンシャーマン。
しかも五匹などとんでもない、二十匹以上の群れ。
しかし、勇者一行は苦戦しながらもゴブリンの群れを討伐し、街へと戻る。
どれほどの恐怖にも臆することのない勇者、常に冷静なエルフの魔術師、無類の攻撃力を誇るドワーフ鍛治師、そしてどんな攻撃にも動じない無敵の騎士。
大臣になって実物に会うと冷静なエルフは怒りに任せて湖を作っているし、無類の攻撃力を誇るドワーフは裁縫が得意で、どのような恐怖にも臆することのない勇者は実は臆病だった。そんな中で騎士だけが唄の通りで。
連作になっていた吟遊詩人の唄は、どれもよく作り込まれていて格好良かった。
ゴブリンの次はオークだったか、その次がオーガ。ミノタウルスと迷宮で戦って、魔人と戦って……。
ドラゴン、魔族の四天王、魔王で完結だったはず。
いつだって敵を倒すのは勇者やドワーフ、魔術師の役目で、騎士は味方を守ってばかりいて。
でも、ここぞという時に騎士は必ず敵の攻撃と傷付いた味方の間に割って入る。
そして、いなし、躱し、受け止めて味方が立て直す時間を稼ぐのだ。
勇者の一撃が、ドワーフの一振りが、魔術師の一詠みが勝負の決め手となって物語は終わる。
しかし、その一撃を撃たせ、一振りを支え、一詠みを完結させるのは騎士の盾なのだ。
だから私はいつだって騎士が一番好きだ。
吟遊詩人の唄を口ずさみながら大臣は目の前の鎧を眺める。ミノタウルスの居た迷宮に納められていた
身に付けるものの傷を徐々に癒やし、状態異常と属性魔法を無効化する魔法鎧。
四天王の一人にズルいと言わせた伝説の鎧アイギス。
アダマンタイトで
隣の剣も見た目が鞘まで黒い。
これはドラゴンの宝物殿で得たらしい。
何でも切り殺した相手の魂を吸収して切れ味が増していく、なんかちょっと呪われていそうな剣だ。
今どのような攻撃力になっているのかちょっと想像もつかない。
この剣が怖いのは魂を吸収するせいで、切られて死にかけた相手は蘇生や回復が全くできない部分である。
大体、死んですぐ位なら大袈裟な蘇生魔法ではなく、回復魔法と心臓マッサージで大抵の人は生き返る。
しかし、魂そのものを取られた死体はどうやっても蘇らないのだ。
大臣もどれくらい切れるのか試してみたいが、うっかり手を切って魂を喰われたらと思うと怖くて鞘から抜けない。
何ならここまで持ってくるのも怖かったくらいである。
普段から肉体労働をしてこなかったツケか、宝物庫と謁見の間の往復でヘトヘトである。
こんなに重かったんだな、大臣は鎧と剣を運んで来てそう思った。
一度は自分も着てみたいと思ったものだが、ここまで重量があると着れば一歩も歩けないだろう。
これを着て戦うなど一般人には不可能に思える。そうやってまた、偉大な英雄に尊敬の念が湧く。
魔王との最後の決戦に臨んだ時、あの方はこの鎧に盾を持ち、ソウルイーターを腰に差していたそうだ。
今もし、指輪の力で王が戻ったなら、この装備を着させよう。
魔法の姿見鏡にその姿を写し取り、あとで宮廷画家に絵にさせる。
大きい絵と小さい絵を描かせて小さい方は自室に飾ろかなと考える。
「おっと、お帰りなさいませ」
そう言葉に出して立ち上がる。
「ふむ、戻って早々じゃがすぐに行かねばならぬ。人を待たせておっての。待ちくたびれて帰られても困るのでな」
「そうですか、ですがそれならばこちらをお召しになってください。これを着るだけで現場の士気が上がります」
「おおお……懐かしいの。こりゃアレじゃないか、四天王に狡いですわよ!って怒られたヤツじゃないか。あん時はいたたまれなんだな……」
「さ、急がないとお客人が帰られても」
聖銀の鎧を脱ぎ、漆黒の鎧へと装いを新たにする。
アイギスとソウルイーター、上品な黒の装い。
「おお……、これはこれは。ちょっとその
「しかし、お主何でこんなものを用意しておったのだ」
宰相は少し考えて、自分の中の答えを口にする。
「あなたが戦う姿が好きだからですよ」
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