第37話 師匠と弟子


 抜刀からの一閃。


 あれはかわせんかの、刀身が隠れて距離が分からん。いっそのことつかむか盾で殴り飛ばすか……。


 盾ごと斬られそうじゃから切れない盾が要るかの。

 いや、持ち手は隠せんか、なら踏み込んで……。

 楽しみ楽しみ……。


 そんな事を考えながら英雄王ガルシアは歩を進める。もう、青鬼も赤鬼もどうでもよくなってきていた。


 もう少し、もう少し待てば最高の状態のロランと斬り合うやりあうことができる。

 ロランはまだ敗北を知らない。

 それではダメだ。

 まだ半分でしかない。


「ロラン、随分と腕を上げたのう。いつから手合わせをしてなかったかな、今度一度軽く試合おうか」


「軽くで済んだことないですよね。大抵闘技場の壁吹き飛ばして宰相さいしょうに怒られてるじゃないですか。僕も怒られるんですよ、付き合うなって」


「お、青いのがもう一匹出てきおったぞ。わしの番じゃな、お主は下がっておれ」


 ガルシアがやる気を見せる。

 

「本当に御前ごぜんがやるんですか?僕と違って王様が一騎討ちで負けたら国が負けるのと同じことなんですけど」


「まあ、大丈夫じゃよ。あれの親玉みたいなのと殴り合った事あるし。何とか童子ってやつ。それに、お主はさっきの抜刀術ばっとうじゅつを日に何度も撃てないじゃろ」


 見透かしたようにそう語る王にロランには返す言葉がない。


「青いのがお待ちかねじゃから話は後じゃな」


 大型の盾の裏から剣を引き抜く。


「そういえば、御前ごぜんって盾使うんですね。剣聖って呼ばれているから盾のイメージがないです」


「まあの。タンクやるなら盾いるじゃろ。儂、勇者パーティーでタンクじゃったし。盾を持つと案外戦いの幅が広がるんじゃよ。よう見とれ」


 ロランが下がり、離れると青鬼と英雄王がジリジリと間合いを詰める。


 間合い残り十歩。


 互いの攻撃がまだ届かぬその間合いに、先手を打ったのはガルシア。


「そいや!」


 サイドスローで盾をぶん投げる。


「ちょ、投げるの?!」


 ロランがおどろきつつ飛んでいく盾の先を見ると青鬼も驚いている。


 盾を追いかけるように駆け込んだガルシアが、金棒で盾を防いだ青鬼に飛び蹴りを見舞みまう。


 後方へ吹き飛んだ青鬼が咆哮ほうこうを上げた。


「おお、怒ったのか、そうでないとのう。余裕綽々よゆうしゃくしゃくで油断して実力も出せんまま終わるなんぞつまらんじゃろ」


 そう言いながら盾を拾う。


 青鬼が金棒を振り上げ、英雄王に振り下ろす。

 金棒はガルシアの盾の表面をすべり地面を穿うがつ。

 直様すぐさま正面に構えた盾で青鬼を殴りつける。


「シールドパリィからシールドバッシュ……」


 ロランが華麗かれい盾捌たてさばきに感嘆かんたんらす。


 よろめいた青鬼に盾を構えた英雄王が突進する。重々しい打撃音と共に後方へ大きく吹き飛ぶ青鬼。


「シールドタックル……」


 吹き飛んだ間合いを勢いのままに詰める。

 振り下ろしをいなされた青鬼は横薙ぎに金棒を振り抜こうとする。

 刹那せつな、青鬼のひじの内側に食い込む盾の上部。

 横に構えた盾に力無く当たって金棒が手から離れる。


「ブレイクアーム……」


 ガルシアが金棒を拾えとうながす。

 青鬼が金棒を拾い、再び間合いを測る。

 取り落とさないように両手で握り直された金棒がフルスイングでガルシアに襲いかかる。


「ふん、鈍器の両手持ちは感心せんな。ふところに入られれば打つ手がなくなるぞ」


 ガルシアが青鬼の手首に盾を押し当て、密着する程に踏み込むとフルスイングが根元で止められる。


「そろそろ頃合いかの」


 ガルシアが超至近距離から切り上げを放つ。


 胴体すれすれを走る刃があごという引っ掛かりを見つけ、その上部をまとめて切り飛ばす。


 首と胴が泣き別れるその一太刀ひとたちを除いて、あらゆる攻撃を無効化してしまう盾のみの攻防、その盾の技術にロランが考え込む。


 これまで数限りなく手合わせをしてきたものの、英雄王ガルシアが盾を持って自分の前に立ちふさがったことはなかった。


「なんじゃ、静かになりおって。何とか言わんか」


「あんまり遠い背中を見せるの、やめてくれませんか。届く気がしないですよ。鍛練たんれんしても無駄じゃないかとすら思える」


 思ったことをそのまま口にする。


「僕がとっておきを出して倒した相手を盾一つでもてあそんで、結局あれだけやり合って剣は一度しか使わないし」


「おぬしに足りないものに気が付いたかの」


 現役を退いて尚、冴え渡る技。

 両手持ちで振り下ろす剣撃はシールドパリィで滑らせて空振り、距離を取ればシールドスロー、居合い抜きは刀の握りをブレイクアームで狙われる。


「次の手合わせは、儂、盾持つからの」


「いや、一方的にボコボコにされる光景しか浮かばないんですけど」


「お、赤いのが出てきたのう。どれ、どの程度か見てやろうかの」


 そう話しながら赤鬼のほうへ歩き始めると英雄王が緑色の光に包まれる。


「あ。こいつA級か。ロラン!儂が戻るまで繋いどいてく」


 そこまで言うとガルシアの姿が薄れて消えていく。


「赤い方はキツイなぁ。抜刀術、もう何回いけるかな。いや、一回見られてるしなぁ」


 ぶつぶつと独りごちながら赤鬼へと向かう。


「取り敢えずやれるだけはやるかな。死なないようにしないと、クラリスがモリアスに……。いかん、それだけはダメだ」

 ロランは決意を新たにする。


「負けられん」


 誰に告げるでも無くそう言うと腰の刀に手を掛けた。

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