第35話 魔物の聲

 遠い昔、クラリスは祖母からそれが呪歌じゅかというものであることを聞いた。


 クラリスの母方の遠い祖先にセイレーンという魔物の血が入っていて、クラリスはその先祖返りであるとのことだった。


 普段は別段変わったことも、困る事もないのだが歌を歌う時だけは注意が必要だった。


 セイレーンは海にむ魔物で美しい姿と呪歌と呼ばれる歌で船乗りを惑わし、度々たびたびう船を沈めてしまうと恐れられていた。


 祖母にはいつも歌を歌う時には、優しい気持ちで歌うように言われてきた。

 クラリスはそれを守り、誰かの安らぎを願いながら、誰かの幸せを願いながら、誰かの無事を願いながら歌う事を心掛けてきた。


 祖母は呪歌を押さえ込むための魔道具をクラリスに与えていた。

 ネックレスの形をしたその魔道具は周囲の呪力を吸い取り、精霊の力を弱くする物で、本来呪術師を相手に戦う戦士や魔術師が呪術から身を護るために使用する道具である。


 呪力ではなく魔力を力の根源とする魔導師や魔術師、そもそも内在した物理力や気力で戦う戦士には効果がない。


 シャーマン当人が身に付ければほとんどの呪術は発動すらしないはずである。


 クラリスの歌が意図いとせず呪歌となっても効果は抑え込まれ、周囲に大きな影響を与えることはない。


 ネックレスの許容量を超えた部分が少し影響する程度である。

 クラリスがずっと気掛かりであったこと、それは自らの歌が魔物の能力であることだった。


 魔物のこえ、それは偶々たまたま生まれ持ってしまったクラリスの手には余る代物しろもの


 小さな頃からネックレスを外して本気で歌を歌ったことは無かった。

 

 辺境とはいえ、領主の家に生まれて貴族として育ち、それら全てを失ったクラリスに残されているものは兄しか無かった。


 逆に言えば兄さえ居れば他に失うものもなく、恐れるものもなかったのである。


 たった一人の肉親と過ごせる居場所。二人で手に入れた日々。兄は騎士団で、自分は給仕として、日々のかてを得て暮らすそれだけがまもるべき全て。


「ずっと怖かったんだ」


 しぼり出すように、そう口にしたクラリスはポロポロと涙をこぼしながら続ける。


「このこえのことが知られて気味が悪いと思われたら、折角手に入れたこの場所に居られなくなっちゃうって思ってた」


 嗚咽おえつ混じりにそう話すクラリスの言葉に、アーリアが耳を傾ける。


「お兄ちゃんと暮らせるこの街で、居場所が無くなったらって。周りの皆んなに嫌われたらって。それが怖くて誰にも話せなくて」


 小刻みに肩を震わせながら吐き出すように思いを言葉にして、クラリスがアーリアを見上げる。


 目の前のクラリスの様子にアーリアが歯噛はがみする。


 明るくて?快活で?

 心配性で?寂しがり屋で?

 強くて?弱くて?

 色んなクラリスが大好き?


 私はこの子のどこを見ていたの?


 こんなに悩んで苦しんで悲しんで、それでも毎日優しく笑って。


 悔しい、クラリスが私を、初めて出来た友達だと言ってくれたのに。


 様々な想いがアーリアの中を駆け巡る。


「どこにも居場所が無くなったらさ」


 そう口火を切るアーリア。

 クラリスはアーリアの口元から目が離せなくなる。


「私の隣においでよ。どんな相手からだって守ってあげる。クラリスが自分らしく居られるように、私がクラリスの居場所になるよ。クラリスを連れて旅をして、お兄さんとクラリスがまた笑って過ごせる場所を探して見せるよ。だからさ」


 それは大好きなクラリスを理解して、その苦しみに気付けなかった悔しさの表れ。


 そんな感情を抑え込んで、アーリアがぎこちない、下手な笑顔を作ってクラリスに精一杯笑いかけながら想いを言葉にする。

 

「その時は、私もその場所に居たいな」

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