第33話 誰かの英雄

「魔術師隊、総員前へ。風魔法用意。放て!」


 外壁の上部にて、眠り姫の実験の後始末に駆り出された第一歩兵大隊の魔術師隊が、アシッドクラウドを押し戻す。


 モリアスは魔術師隊を背後から見ながら、休憩による魔術師たちの魔力の戻り具合と残存する魔力量を推し量る。


 第二歩兵大隊の魔術師程の数は居ないものの、第一歩兵大隊にはそこそこの数の魔術師が在籍している。


 イレギュラーに駆り出された為、ある程度は消耗を視野に入れておく。戦闘の途中で魔力切れなどを起こされては文字通りの死活問題である。


「雲は……行ったな。よし、第二歩兵大隊所属の魔術師隊、総員撤収。魔力の残量が心許ない者は魔力回復ポーションの支給を受けてから戻ってくれ。第一歩兵大隊はこの場で待機。隊長が門まできたらこのまま出るぞ」


 モリアスはそう指示を出して、自身は愛馬のもとへ急いだ。アシッドクラウドの動きに合わせて第三歩兵大隊が前線を押し上げていく。


 しばらくしてアシッドクラウドが濃い紫色から灰色へとその色を変え、酸の雨を降らせなくなる頃には開戦初期の前線の位置まで押し戻していた。


 あのポーションの製造方法は禁書庫行きだな、モリアスが門の小窓から凄惨せいさんな戦場をなが、め渡してつぶやく。眠り姫による破壊が思っていた以上に激しい。


「待たせたか?」


 背後から聞こえる声に、モリアスが振り返ると返り血を綺麗に拭われたロランと目が合う。


 いいえ、今来たところです。そう言ってからデートの待ち合わせのような自分の発言に消沈しょうちんする。


 クラリスは無事だろうか、今となってはアーリアを向かわせる決断をした過去の自分を褒めてやりたい。


「いつでも出撃できます。あれ?馬はどうしたんですか?」

「へばっていたから置いてきた。大丈夫、僕は徒歩でも問題ない」


 問題しかない。


 モリアスは取り急ぎ代わりの馬の手配を部下に命じて、他に問題が無いかを確かめる。


「ちょっと剣を抜いてみて下さい」

「うん、……ん?」


「無いですよね」

「無いね」


「どこに置いてきたか知りませんが取ってきてください」

 首をかしげながらロランが来た道を引き返して行く姿を横目に、部下が連れてきた予備の軍馬を受け取り、くらあぶみを確かめる。


 念の為にショートソードを鞍に取り付けておく。

 量産された無銘の剣でも、ロランが振るうと金属の首当てをケーキでも切るような滑らかさで切り裂く。


 馬上で剣を取り落としてもこれがあればロランなら生きて戻るだろうと思う。


 ちなみに、ロランが普段から帯びている剣は元は国宝として宝物庫に眠っていた品である。


 大隊長に就任したときに下賜かしされたものだ。言わずと知れたそういった貴重品をそこら辺に置いて忘れてくるのは言語道断なのだが、この大隊長はよくこういったことを起こす残念な性質たちを持っているのだ。


 ロランが戻る前に隊の確認を行う。


「四列縦隊、総員整列。隊長が戻り次第出るぞ。門を出たら八列縦隊。装備品の点検を二人一組にて行え。以降待機」


 自身も剣を抜いて刀身に欠けや割れがないか確かめる。馬具にも傷がないかを確認し、ロランの戻りを待つ。


「あった、休憩の時に外したのを忘れていたよ。他の連中も教えてくれればいいのに。何というか、心の距離を感じるよ。どうすれば君みたいにみんなと仲良くできるんだい」


「そうですね。まず面倒臭めんどうくさがらずゴブリンの血を落とす事ですね。あれでは話をする距離に近付きたくないです。臭いんで」


「君はちゃんと来てくれたけど」


「もちろん嫌でした。仕事じゃなければ話しかけたりしませんよ」


 そんな会話を交わしたロランはモリアスの言葉に少なからず衝撃を受けたようで、次からはちゃんと血を落としてから休むよと呟くように感慨かんがいらす。


「この馬を使ってください。鞍に予備のショートソードを装着してあります。馬に関しては速さは申し分ないですが、力強さはないので乱戦には向きません。一撃離脱を推奨すいしょうします」


「いや、それより嫌だったの?そういえば仕事以外であんまり話しかけてくれていない気がする。あれ?仕事以外で話しかけてくれている記憶がない!モリアス!まずいぞ!記憶障害かもしれない!」


「いえ、大丈夫です。記憶はしっかりしてます。話しかけてませんから」


「今の一言で今日一番のダメージを受けたんだけど……」


「それはそれは。精神攻撃への耐性が付くまで続けた方がいいですかね。徐々に強くしていけば心が痛みを感じなくなると思います」


「その前に色々嫌になりそうだからやめて」


 そんなやり取りをしながらモリアスとロランで装備を点検し合う。


 よろいの隙間から手を入れて中当なかあての位置を確かめると弓士隊の女性達が小さく驚いたように声を上げ、何事かを話しながらきゃっきゃっと騒いでいる。


 何となく下卑げひ不穏ふおんな気配を感じたので問いただすのはやめておくことにした。


 世の中には男性同士の恋愛を好物とする変わった趣向の連中も居ると聞く。


 自分とこのポンコツであらぬ想像を巡らせられているかと思うと気が滅入る。


 そうこうしているうちに点検が終わるとロランが先ほどの女性隊員達に歩み寄る。


「何を騒いでいたんだ?こちらをうかがいながら騒いでいたが」


「いや、あの、その……」


 何かほおを赤らめモジモジしながら言葉を選んでいる。


「隊長は、その……。モリアス殿に特別な信頼を置いているように見えるのですが、何かこう…、バックボーンと言いますか、そうなった経緯のようなものがあるのでしょうか」


「モリアスへの信頼についての経緯か」


 しばらく考え込んだ後、ロランがふむとうなづいて話し始める。


「あいつさ。いつも物語に出てくる英雄みたいにやってくるんだよ。私が一番困っている時にさ、居るはずのない場所で、来るはずのないあいつが現れるんだ。ああ、これが物語の一幕なら、主人公は間違いなくこいつだって思える、そんなタイミングでいつも現れる」


 話しながらロランが歩き始めるとその話を聞きながら全隊員がその後に続いていく。


「信じられるか?いつもなんだよ。時々じゃない。いつもだ。奇襲を受けた本隊が最前線に居るはずのモリアス隊に救われたのは一度や二度じゃない。奇襲を受けると何故かモリアス隊がとって返してきて、敵の奇襲部隊を私の本隊とあいつの部隊で挟撃きょうげきする形になるんだよ。奇襲者の向こうから馬のひづめの音といななきが聞こえたと思うと、モリアスを先頭に騎兵が敵を取り囲む。あっという間に一網打尽にした後、あとは頼みましたよとか言いながら颯爽さっそうと去っていくんだ。だからさ、私にとってあいつはいつも困った時に助けに来てくれる英雄なんだよ」


 目の前で英雄宜しく祭り上げられてモリアスが耐えきれなくなる。


 話を振った女性隊員は二人とも内股になって鼻頭を押さえて目を伏せている、鼻血でも出たのだろうか。


 モリアス殿の方が敬語攻め……隊長の方がチョロかわワンコ受け……逆カプ頂きました……と聞こえた気がする。


 理解できない言語で良かった気がする、とモリアスは思う。


「ほら、いい加減にして下さい。偶々ですよ、全部。それ以上くだらない昔話を続けるなら今後は助けに行きません」


「わかったよ、もうやめる。そろそろ頃合いだしね。じゃあ、みんな。第二幕は生きて帰ることを最優先でいこう。出るぞ」


 ロランの掛け声で門が開く。

 先程までの黄色い歓声も鳴りを潜めて緊張感が広がっていく。

 

「無事に戻れたらロラン隊長の英雄譚をみんなに聞かせてドン引きさせてやる、だから全員生きて戻れよ」


 モリアスがそう言うと角笛が鳴り響き、第一歩兵大隊が戦場へと舞い戻った。

 

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