第28話 行軍

 ロラン率いる第一歩兵大隊は森の境で前線を維持いじし、正面からの魔物の襲撃しゅうげきおさえ込んではいるものの、死者も増え終わりの見えない魔物の攻撃に徐々に疲弊ひへいし始めていた。


 魔物の新たな一群が現れるたびに行き来するロランがモリアスの下へ帰還きかんする。


「状況が良くありませんね。森の向こうにどのくらいの魔物が残っているのかが分からないせいで、士気が下がっています。死者も約百名を超えました。怪我人は約180名」


「結構削られたな」


「空から投下されているゴブリンやグレイウルフにき乱されて、弓士と魔術師の遠距離攻撃も機能しなくなってきています。第三歩兵大隊の予備隊が市街地の掃討そうとう、救助を行なっているらしいので当初の予定よりうちの出番は増えそうです。損耗率そんもうは約三割、潮時しおどきかと」


 モリアスの報告にロランが辺りを見渡す。


「第二歩兵大隊に伝令、第二歩兵大隊に前線を委譲いじょうし、第一歩兵大隊はこれより帰投きとうする。モリアス、人員の補給と補充を任せる。師団長に頼んで予備兵から300人程出してもらってくれ」


 突然に師団長との折衝せっしょうを任され、困惑こんわくしたモリアスがロランの意図に行き当たる。


「まだ戦うおつもりですか?」


 諦めと溜息ためいきに色が付いていたなら、モリアスの姿はかすんで見えなくなっていたはずである。


「第二歩兵大隊が陣形を整えるまでは手助けしていくよ。馬も疲れているし無理はしないさ」


 やれやれと馬を返してモリアスが大隊の端にいる伝令兵に向けて駆ける。伝令兵が後方へ走るのを見届けてから、モリアスは逆サイドへと馬を駆る。


「帰投準備!帰投準備にかかれ!」


 大隊の後方で旗が上がり、同時に南門が大きく開き、第二歩兵大隊が姿を見せる。門の前で整列した大隊は角笛の音を皮切りに駆け足で第一歩兵大隊の後方へ駆け付け、再び整列する。


 「帰投!第一歩兵大隊、下がれ!帰投!」


 第一歩兵大隊が第二歩兵大隊の隊列の隙間を擦り抜け、両隊が入れ替わる。すれ違いざまに第二歩兵大隊の隊長がモリアスに声を掛けてきた。


「よぉ、モリアス。死神のお守りお疲れさん。あとは任せてゆっくり休んでな。って、あれ?アレは?どこやった?」


 モリアスは即座に正面のオークの群れを指差して、あそこです、と首を振る。


「陣が整うまで手伝うと言って残ってます。なるべく怪我しないように見てあげてください。作戦行動外ですので、なるべくで結構ですから。あと、終わった後でアレと私がどちらも生きてたら軍法会議で裁判受けさせるのを手伝って下さい」


 諦めの雰囲気が色濃いモリアスを見て第二大隊長が憐憫れんびんに満ちた目でモリアスを見て、お前も大変だなと返事をしてうなずき前線へと向かう。


 隊長と一頻ひとしきり話した後、第二歩兵大隊一等指揮兵である女性兵士が声を掛けてくる。名をユーレリア・L・バートンといい、バートン伯爵のご令嬢という変わり種である。


 以前、作戦行動中に落馬して魔物に囲まれていたユーレリアを助けた辺りから、事あるごとに話しかけてくるようになった。よく話すうちに作戦行動中はユーリと愛称で呼ぶようになっていた。


「モリアス殿!ご無事で何よりです!あの……、その……、壁の上から見てましたけど、どの指揮も凄かったです!勉強になりました!あとモリアス殿のげきの後、兵達の地響じひびきのような怒号どごうふるえました!もし無事に戻れたら、あの……、当家にお招きしたく、よければその、食事でも」


 もし、という言葉に引っ掛かりを感じたモリアスが途中で割り込む。


 「ユーリ、もし無事にではなく、必ず無事に帰って来てください。無事に戻ったら、食事はそれから考えましょう」


 真っ直ぐに投げかけられた言葉と視線がユーリの心の琴線きんせんを直撃する。


 耳を真っ赤にしながらユーリの中で何度も反芻はんすうされた言葉は少しずつ語尾やニュアンスを変えながら、最終的には「ユーリ、俺のもとへ無事に帰って来い」で落ち着きを見せる。


 もうこれはプロポーズであると言っても過言ではない!よし、今日一日頑張ろう!そう心に決める。


 顔を真っ赤にしたユーレリアが消え入りそうな声で、はいと答えて逃げるように前線へと消えて行った。

 いつもと違う様子に少し心配しながら、モリアスは予備兵と眠り姫を連れ出す許可を得るため作戦司令室と向かった。

 

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