第27話 暗雲

 ロランがゴブリンの群れの中に飛び込んで行く様を、外壁の上から見ていたアーリアが不審ふしんな物音に気が付いた。ザワザワと弓を握る腕が粟立あわだつ。


「空から何か音がする。気配もある!何かいるわ!魔術師、空に光を放って!」


 アーリアの声を受けて一人の魔術師が空に光球を打ち上げる。照らされた闇夜やみよの向こうには無数の飛行体が翼を広げていた。


 翼竜とも呼ばれるそれは空飛ぶ爬虫類はちゅうるいである。喉に燃焼器官ねんしょうきかんを持っており、そこにたくわえられた可燃性かねんせいの液体を吐き出して、り合わせた歯で火を点けて飛ばす事ができる。


「ワイバーンよ!何かつかんでる!何あれ!?ゴブリン?!」


 ワイバーンは片足に二体ずつゴブリンやグレイウルフの様な小型の魔物を掴んで空を飛んでいた。

 そして、壁の上に差し掛かると火球を吐いて壁上の弓士や魔術師を牽制けんせいしながらゴブリンを放つ。


 次々と繰り返される火球とゴブリンの投入に壁上が混乱する。ワイバーンが魔物を投下する場所が壁を越えて街中へと移り始めた。


 壁の上を大きく越えてから投下し始める。魔物達が街中へ入った。アーリアは頭の中が赤く染まるのを感じる。


「モリアス一等指揮兵の命令に従い、弓士アーリアは現在をちましてこの場を放棄し、街中まちなかの防衛任務にきます」


 ギリギリの理性を保って弓士隊の隊長にそう上申し、アーリアは鉤縄かぎなわを使って市街地へと降りる。


 既にあちらこちらで窓を割って建物に侵入したゴブリンが家主と争う音が聞こえる。窓が割れていれば建物の中を確認し、魔物がいれば掃討そうとうして通りに戻る。


 真っ直ぐに友達の下へ向かえない事がもどかしい。通りのゴブリンを射殺しながらアーリアは駆ける。


 助けを呼ぶ声を聞き、飛び込んだ建物のリビングで既に事切れた家主を見付け、奥から聞こえる悲鳴にドアを蹴破ると家主の妻であると思しき女性と娘が、ゴブリンに陵辱りょうじょくされている場面が目に飛び込んでくる。


 部屋の奥に並んだベッドの手前の床で、押さえつけられ悲鳴を上げる二人の女性。若い娘のシルバーの長い髪がクラリスのそれとクロスオーバーする。


 その瞬間、アーリアの理性は吹き飛んだ。

 真っ赤に染まった視界に映る、その光景を許すなと頭の奥で声が響く。


「離れろぉお!!」


 矢をつがえるのも、弓を引くのももどかしく、手にした矢をそのままゴブリンの後頭部に突き刺し、矢筈やはずを蹴り抜く。


 貫通した矢尻が前頭部から突き出しゴブリンが絶命する。刺さった矢を前頭部側から引き抜き、母親を陵辱するゴブリンの側頭部に突き刺し、矢筒やづつから抜いた二本の矢を同時に弓に番えて、二人の女性の腕を頭側で抑え込んでいた二体に向けて放つ。


 横に構えられた弓から広角に放たれた矢は二体のゴブリンの頭蓋ずがいを、ほぼ同時に壁へとい付けた。


 舞い散る返り血に二人の女性が半狂乱に陥るが、目の前の精悍せいかんな顔付きの女性に抱きしめられて、少し落ち着きを取り戻す。


「もう大丈夫よ。酷いことをする奴はみんな殺したわ。立ち上がって安全な所まで逃げましょう。動ける?」


 アーリアが二人を立たせて、ここで少し待っていてと告げ、ベッドのシーツを引き抜いてリビングへと持って行く。


 家主であろう男性にシーツをかけて、直接二人の女性の目に触れぬよう配慮する。


 行きましょう、そう声を掛けて二人を連れ出し教会へと向かった。魔物の子を宿す可能性があったため、避妊の奇跡を行なってもらわなければならない。


 道中の魔物の群れを処分しながら教会に着くと事情を司祭と修道女に話し、二人を預けることにする。


 教会は聖域で区切られており、余程強い魔力を持った魔物でなければ入れず、近寄ることすら出来ないとのことだった。


「ここならきっと大丈夫、事態が落ち着くまでここに隠れていてね。お湯と新しい服、ご飯を貰って眠れそうなら必ず眠るのよ」


 アーリアが司祭に二人を任せ、避妊の祈祷を頼んで小金貨を一枚を渡す。

 司祭はこんな時に寄付をいただくわけにはいかないと固辞するが、アーリアは、お金を貰った以上きっちりその子達の面倒を見てくれるでしょ、と少しおどけて金貨を渡した意図を告げる。


 綺麗にしてあげてね、優しい笑顔でそう言って教会の入り口を出ると、その顔が狩人のそれへと変わり、視界に入る魔物達を獲物として捉える。その背中からは怒りの炎が辺りの空気を歪めて立ち昇る。


「絶対にゆるさない。根絶やしにしてやる」


 こぼれた呟きは篝火かがりびの炎と共に夜空へと吸い込まれていった。

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