第26話 西門

「始まったようじゃの」


 遠くに聞こえる雄叫おたけびと剣戟けんげきに、巨大な斧を振りながらドワーフがつぶやく。どうやら南門の向こうで交戦し始めたと音から悟る。


 王国西門に集められた戦士達は、皆思い思いの装備品を身に付けていた。兵士のような統一感は無く、一見すると無頼ぶらいの集団にすら見える。酒を手に道端みちばたに座り込んでいる者すらいた。


 彼らは冒険者と呼ばれる風来坊ふうらいぼうである。自由を愛し、何者にも縛られず、ただ生きて、そして死ぬ。


 冒険者ギルドという組織に属してはいるものの、それすらも自由意志であり、強制されているわけではない。身分の証明と仕事にありつきやすいというだけで属するものも多い。


 冒険者のほとんどは戦闘にひいでたものばかりである。理由は簡単で、強くなければすぐに死ぬためだ。


 冒険者はクエストと呼ばれる単発の請負仕事をギルドから受けて日銭を稼ぐ。その殆どは魔獣や魔物、野生生物の討伐であり、熊や狼と戦って勝てないようでは冒険者は務まらない。


「お前ら!やる事は分かっているか!」


 ドワーフが声を上げる。


「あの扉が破られたら入ってくる連中をボコればいいんだろ?」


 酒を片手に冒険者の一人が返事をする。


「ああ、そうよ。とにかく殴れ、ぶっ殺せ。細かい路地は土嚢どのう木壁きかべで潰してある。こっちにしか来んからな。1匹たりとも奥へは入れるな。儂らの自由は街あってのもんよ。困る人間がおらにゃ儂らは飯が食えんと知れい。魔術師ギルドから人を貰っておるからな。強化弱体化はそっちに任せて、一匹残らずぶっ殺して、一人たりとも死なずに戻れよ。儂は死体の横に金貨を並べたりせんぞ!」


 ドワーフが大雑把な作戦説明をする間、魔術師達が冒険者達に身体強化の魔法をかけていく。全員に強化魔法が行き渡るのと同時に西門が大きな悲鳴を上げる。


 弓士が壁の上で上げる様々な声から、既に攻撃を開始している事がはかれる。


「魔術師ギルドの坊ちゃん、嬢ちゃん。扉に向けて一発でかい花火を撃ち込んでもらおうか。もうすぐ門が破られる。準備しな」


 ドワーフの言葉を受けて、魔術師達が攻撃魔法の詠唱を始める。魔術師の眼前にいくつもの魔法陣が描かれ、発動の準備が整う。


 変わらず扉には大きな打撃が加えられ、扉の蝶番ちょうつがいが吹き飛んでいく。


 全ての蝶番が吹き飛ぶのと同時に人間の1.5倍はあろうかという豚の顔をした巨人が雪崩なだれ込んでくる。


 何体かで無骨ぶこつな丸太を扉に打ち付けていたのか、扉が吹き飛んだ為にバランスを崩し、前の二体が派手に転んだ。


「よっしゃあ!ぶち込めぃ!くたばれ、オーク供!」


 ドワーフの号令に従い、魔術師達が溜め込んだ魔力を解き放つ。火球、水球、雷撃、氷塊、様々な魔法が西門へとほとばしる。


 転んだオークの後ろで、火球が直撃した個体が膝をつき、水球が顔にまとわりついた個体が窒息して倒れ、雷撃に神経を焼かれた個体が絶命する。


「金貨が向こうから押し寄せてくるぞ!しっかり稼ぎやがれ野郎供!王国の金庫を空にして、金払いの悪い大臣の泣きっ面を拝もうぞ!」


 ドワーフの言葉に、獰猛どうもうな笑みを浮かべた冒険者達がオークに襲い掛かる。


 冒険者達の戦い方は様々である。大人の背丈程もある大剣を振り回す者、ショーテルやサーベルのような切れ味が鋭い長剣を使う者、弓を使う者、毒の塗られたナイフを使う者、中には魔術師ギルドに属さない魔術師や神殿に属さない神官まで存在する。


「てめぇ!どけ!邪魔だ!引っ込んでろ、このクズ!」

「黙れボケ!てめぇこそ下がってろ!こいつは俺の獲物だ!」


 罵声が飛び交いながら第一陣のオークの群れが殲滅せんめつされていく。

 下卑げひみを浮かべながらオークの耳を切り取る様を見た第二陣のゴブリンの群れが恐怖に行き足を止める。


 ゴブリンリーダーが上げる奇声に恐慌状態を免れた小鬼達が、武器を握り締めて冒険者達に襲い掛かる。


「やれやれ、どっちが悪鬼か分からんの……っと」


 ドワーフがその身の丈を超える大斧を振り回しながら戦況を見ていると、西門の奥から巨大な気配を感じ身構える。


「おいでなすったか。野郎供!一旦下がれ!ヤバいのが来てるぞ!弓持った奴は全員屋根へ上がれ!魔術師の坊ちゃん、嬢ちゃんは強化を掛け直して大きく下がれ!魔法の射程外まで下がっていい。来いと言われるまで来るんじゃねーぞ!」


 ジャラジャラと鎖の音が扉の奥の闇から聞こえてくる。首輪に付けられた鎖を八匹のオークが握り、扉の内側へと招き入れられたそれは、心をきむしるような奇声を上げながらその姿を現した。


「退避ーーー!!!」


 ドワーフがそう叫ぶや否やそれは頭をもたげ、吐き出した息を辺りに撒き散らす。鎖を握るオークと逃げ遅れた冒険者の数人がその息にさらされる。


「あぁあぁ!嫌!嫌だ!たす……」


 そこまでを口にして冒険者は全身が石へと変わった。


「大層なもん連れてきやがって、野郎供!こいつの吐く息に触れるなよ!石にされるぞ!」


 目の前に現れたのは鶏の怪物である。

 普通の鶏と違うのは尾羽の辺りに蛇が生えていることと、オークの約二倍、人間の約三倍の体高をしているということである。


 二階建ての民家程の体高を持ち、その民家の半分以上の体積のこの鶏は、コカトリスと呼ばれる魔獣である。石化の呪毒じゅどくを含んだ息を吐き、力強い鉤爪かぎづめと鋭いくちばしを持つ。


 巨大な質量で押し潰すことも含めてかなりの危険度を誇る相手であり、ドワーフの顔から余裕が消える。


「まあ、だがトリ公、ついてなかったなぁ。おい!マリエル!出番だぞ!野郎供、お前らは下がれ!」


 やれやれなのです、そう言いながらギルド服からメイド服に着替えたハーフエルフの少女が、露骨に面倒臭そうな素振りでゆっくりと歩み出る。


「この忙しい時期に事務作業を全部止めて、こんな事やってられないのですよ。確かにマリエル達メイド系の職業は、主人や職場の理不尽な要求に耐えるために精神力が全職業中最高だと言われていますが、だからといって辛くないわけでは無いのですよ。マリエルの仕事の邪魔をした罪、その骨に付いた鶏肉全部、唐揚げになってあがなってもらうですよ……」


 ユラユラと揺らぎつつ何事かを呟きながら近づいてくる少女の気配に、コカトリスが恐慌を起こした様にバタつき始め、少女に向けて石化のブレスを吐きかける。


 霧状に撒き散らされる呪毒が少女に直撃し、その周りをけぶらせる。


 遠巻きに見ていた冒険者達が固唾かたずを飲んで見守る中、呪毒の霧が晴れてロングスカートに付いた砂をぱんぱんと払いながら、少女が生臭い息を吐き掛けられるのは不愉快なのです、と無事な姿を見せる。


 自分の必殺の一撃が通用しない敵に動揺したコカトリスが何度も息を吐き掛け、その霧が晴れる度に少しずつ距離を詰めてくる少女。


精神力レジストが高いバトルメイドに状態異常は効かないのです。そろそろ気が済んだですか?なら、大人しく唐揚げの材料になるですよ」


 次の瞬間、マリエルはコカトリスの背後に背中を向けて現れた。

 

 その両手には大量の白い羽毛が握られており、コカトリスの胸の辺りの羽毛がごっそりと無くなっていた。

 手を開き、風に舞う大量の羽毛の中でマリエルが呟く。


「胸肉……」


 また次の瞬間、まばたきをするいとまも無くマリエルがコカトリスの正面へと現れ、またも手には大量の羽毛が握られていた。


「手羽先……」


 少し離れた場所から荒くれ達が呆然と事態を見守る。


「おい、何が起きてる?受付の嬢ちゃんの動きが追い切れねぇぞ……」


「トップスピードが異常に速い上に、一歩目から最高速のステップイン?!瞬きしてるうちに居なくなりやがる……」


 生きたまま羽根を毟られ、完全に力関係を理解したコカトリスが逃げようと振り返った先に既に少女が立っており、またもその両手には大量の羽毛が握られている。


「ぼんじり、もも、手羽元、ささみ……」


 殆ど全ての羽根を毟られ恐慌をきたしたコカトリスが少女の横を強行突破しようと駆け出すと、下処理は終わったのです、と呟いた少女が拳闘士ボクサーのような構えをとる。


 斜め前に向かってジグザグにダッキングしながら距離を詰め、音もなくコカトリスの懐に入るとすぐにスウェーバックし、元の位置に戻ったマリエルが構えを解く。


 次の瞬間、四つの打撃音と共にコカトリスの背中が裂け、背骨と内臓がそこから飛び出した。


「な!何が起きた!?殴った?!」

「お……音より速く下がりやがった……」


 冒険者達が騒めく。普段ギルドカウンターの中に居て冒険者達の我儘に困った顔を見せている受付嬢が、見えない四連撃で巨大な魔物を一方的に蹂躙じゅうりんしている。


「冒険者達が我儘わがままを言ったらこんな風に髪をむしってやりたいのです」


 そう言うとマリエルが出た内臓をちぎり捨て、コカトリスの足を持ってズルズルと街の奥へ引き摺り込んでいく。


 冒険者たちはマリエルが消えていった方向を呆然と見送って、ようやく出た言葉は「く……食うのかな……」の一言であった。


 世界がまだ混沌としていた時代。今から150年の昔に1人のハーフエルフが世界に名をせていた。


 冒険者として生きた彼女は武器を持たず、拳のみで闘い、そして無敗を誇った。現在の拳闘士の始祖であり、徒手空拳での戦闘スタイルを完成に導いた偉人である。


 最初は誰もが馬鹿にした。誰もがあなどった。


 しかし、剣の腕に自信のある者達は、武器を持たぬハーフエルフがまたたく間に音も無くふところに飛び込み、そしてほんの少し触れてから音を置き去りにして間合いの外に飛び退く様に戦慄せんりつする。


 たった今、自分は一度殺されたのだと理解すると膝をつき、自らの非礼を詫びた。


 一通りの剣豪や魔術師と闘ったハーフエルフには二つ名がついた。血塗れのマリーブラッディ・メアリー


 必殺の見えない拳撃ファントムバレットで初代勇者と共に魔族との争いを終わらせた英傑の1人であり、純粋な物理力で戦乱を闘い抜いた生きる伝説である。


 マリエルの言葉で冒険者達は自分達に髪が残っているのは幸運であっただけだという事に気が付いた。


 以後ギルド内での揉め事は無くなった。他の国から来た新参者が騒ぎを起こせば、どこからともなく他の冒険者達が現れ、それを止めた。


 不幸にも止める者がおらず、騒ぎを大きくしてしまった荒くれ者の冒険者は、東方の僧侶のような出立いでたちになった。


 西門を見るとオークとゴブリンの群れが色濃く恐怖の表情を浮かべながらジリジリと後退を始めていた。

 

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