第25話 前線

 外壁の外に戦闘の開始を待つ兵の一団が陣を張る。


 整然と並ぶ千に及ぶ兵士達の前に、赤く燃える外套がいとうを背に白銀の鎧を身にまとった大隊長と深緑の外套を纏う指揮兵が並び立つ。


 ロラン、モリアス共に馬を引いており、馬具も各々おのおのった作りになっている。


「さ、馬に乗ってげきを飛ばしてもらいましょうか」


 モリアス一等指揮兵がそう言うと、ロランが露骨に嫌そうな顔をする。


「やらなきゃダメかなぁ。苦手なんだよね……」


 そう言いながら馬上へと身を返すロランに、そろそろ慣れて下さいよ、とモリアスがうながす。

 やれやれといった表情を浮かべながらロランが兵士達の方に向き直った。


諸君しょくんらに問おう」


 そこまで言うとロランは一呼吸置いてよく通る声で話し始める。


「諸君らには守りたい者が居るか。守りたい物があるか。私には守りたい家族がいる。今、諸君らの背後にある壁の向こうに、その壁のすぐ向こうに守りたい家族がいる。諸君らの力を貸してほしい」


 白銀の鎧が輝きを増す。


「もしそれが叶うなら、私は最初に敵陣深くに切り込み、そして最後の一兵であることを約束しよう。諸君らの手に、勝利と、そして名誉をもたらす事を約束する。……モリアス、あとは頼む」


 モリアスが口を開こうとした時、斥候の声がひびいた。


「敵第一陣見えました!距離約1,500!」


 兵士達にざわめきが走る。落ち着いた様子で、しかし毅然きぜんとモリアスが一喝いっかつする。


「落ち着け!」


 その号令に兵士が整然とした姿を取り戻した。


「まだ距離はある、手短に話そう。諸兄らの中には未婚で、好きな女が居る者が多いことと思う。職場で見かけることの多い相手、話す事が多い相手を好きになる者が多いのではないかとも思う」


 兵達は唐突とうとつに投げつけられた場違いな話題にやや困惑した様子を見せるが、モリアスは構わずに続ける。


「そこで質問だ。諸兄らの好きな女が、この大隊長を見ながらぽんやりしているのを見た者は居るか。その時の気持ちを思い出せ。憧れるような目で大隊長を見るあの子……。あからさまに好意を抱いた目で大隊長を見るあの子……」


 モリアスの言葉に約三分の一の兵がうつむき、ブツブツと何事かをつぶやき始めた。その姿は怨嗟えんさに満ちている。


「この戦場で活躍した大隊長にどんな視線が向けられるかを想像しろ!お前達はそれでいいのか!活躍してみせろ!この戦が終われば諸兄らは英雄だ!これまで大隊長に向けられていた視線を取り戻せ!男を見せろ!いくぞ!!」


 モリアスの檄にうつむいた兵士達が、せきが切れたかのように怒号どごうのような雄叫おたけびを上げる。


 皆が大隊長を一度睨いちどにらみ付け、怒りを魔物達に転嫁てんかさせていく。ロランがモリアスに助けを求めるように視線を送るも、モリアスはどこ吹く風である。


 僕が一体何をした、そう呟きながらロランは敵に向き直る。しかし、動揺と緊張は既に消えていた。


 ロランは馬を駆り、魔物の鼻先で馬を切り返し誘導する。


「長槍前へ!まずは止めるぞ!」


 モリアスの号令に兵士達が隊列を組んだまま数歩前へ出た。ロランが長槍の隙間を駆け抜けて、その刹那せつな少し拡がっていた槍衾やりぶすまの隙間が閉じる。


「敵一陣土塁へ到達!虫型、獣型多数!来ます!」


 やぐらの上から合図となる鐘が鳴る。


 土塁を迂回し、速度が落ちた魔物の群れがロランを追いかけ、吸い込まれるように長槍に刺さっては倒れる。


 巨大な芋虫型の魔物や狼や猿を大きくしたような魔物が槍襖にき止められ、死屍累々ししるいるいしかばねんでいく。


「一列退避。二列目槍構え。タワーシールド前へ。槍兵を守れ。火矢を射かけろ!堀の油に火を放て!」


 タワーシールドが等間隔に並び、隙間から長槍が穂先ほさきを見せる。


 土塁をジグザグに立てて魔物の群れが一度に到達できないように、細く長く勢いを殺し、各個撃破を続けていく。


 土塁の前の堀には油が撒かれており、射掛けた火矢が火を点ける。


「弓士隊、放て!バリスタ照準!撃てぃ!」


 弓士の放つ矢の雨が降り注ぎ、大槍よりまだ尚大きい機械弓の矢が魔物の群れの中心に着弾する。


 矢の胴体部分には中空になった膨らみがあり、その中に詰められた火薬に向かって、矢尻が受けた衝撃をもとに火花が飛ぶ仕組みになっている。


 炸裂さくれつする矢に吹き飛ばされる怪物達、燃え盛る炎。戦場が熱を帯びて兵士達が徐々に冷静さを失い始めた頃、戦場に変化が見え始める。


「人型来ます!いや……、来ません!歩みを止めました!」


 無秩序に突っ込んで来ていた魔物の群れが歩みを止め、隊列を組み始める。整然と並んだ小鬼の群れが、ジワジワと数を集めていく。


 土塁を迂回した場所で歩みを止め、隊列を作り、軍隊のように整列する。


 手前には体の大きな盾を持ったホブゴブリン。その奥に通常のゴブリンが並び、更に奥に杖を持った個体が見える。


 そして、後方の中央に動物の骨で作られた装飾品を身に付けたゴブリンが現れた。


「ゴブリンリーダーとその仲間達ってところだな」


 ロランがそうモリアスに話しかけると、こっちは死神とその仲間達ってところですから似たようなものでしょう、と返答する。


「こうやって相対すると気持ちが悪いものですね。普段徒党を組んでいるところしか見た事がない相手が、こうも統制されていると。隊列を見るに相手も我々と似たような戦法ですがどうしますか。遠距離攻撃も有りそうですよ」


 モリアスがロランに問うとロランは静かに、遠距離攻撃は気にしなくていいと言った。


「こちらの遠距離攻撃は中盤のゴブリンを足止めする程度に狙いをつけるようにしてくれ。だけどそうだね、同じ戦術は取れないさ。だって……」


 モリアスがロランに視線を送ると、ロランもモリアスに視線を合わせた。


「向こうには僕が居ないからね」

 

 怪我をしないで下さいよ、そう声を掛けてからモリアスは馬を翻して隊の端へ向かい弓士隊へ伝令を行う。


 逆サイドの端に向けて駆けながら、最前列の兵に向けて号令をかけていく。


 伝令が届いた合図の旗が後方の壁の上で上がる。


 前線の兵士最後方の旗も上がり、モリアスがロランに合図を送り、進撃の号令をかける。


「総員前へ!押し込むぞ!」


 その声を皮切りに全ての兵士が前線を押し上げていく。

 そして、その前を単騎、ロランが全速力で駆ける。


 白銀に輝く一条の光が、堀の炎で照らされたゴブリンの群れに吸い込まれるように飛び込んでいく。


 最前列、ホブゴブリンの構える槍を斬り飛ばしながら、真っ直ぐに最奥さいおうの杖を持ったゴブリン達のもとへと到達する。


 駆け抜けたロランの背後で道を作るように血柱ちばしらが上がり、数十体のゴブリンが崩れ落ちた。


 馬上から睥睨へいげいしながらロランが怜悧れいりに告げる。


「さあ、お仕置きの時間だ」

 

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