第24話 邂逅

「……を守れるようになりたいんだ!」


 少年はまだ小さいながらもその目に強い意志を宿していた。練習用の木剣を持ち、決して退くつもりはないとその小さな体躯たいくの全てで物語ものがたる。


 馬上の男を見上げるその目は力強く、森の中を探索していた男は珍客の到来にどう切り抜けるかを考え始める。


 出立しゅったつにあたって、男は行き先を告げずにこっそりと出てきてしまった。もしかすると家人が心配するかも知れない。


「ふむ、困ったのぅ。わしには、今お主に剣の手解てほどきする程の時間がないんじゃよ。この先の村の村長に呼ばれておるでな。じゃが、そうさな。今からお主を試そう。儂にお主を認めさせることができたなら、十日程滞在を延ばして剣を教えよう。それでどうじゃ」


 願ってもない話に少年は目を輝かせ、よろしくお願いしますと居住まいを正す。


 壮年の男は、この少年に何か感じるものがあった。年の頃なら十を数えるだろうか。

 男の子の成長期のピークは十四才から十八才辺りだから、この少年にはまだまだ先のことである。


 ああ、そうか、心が先に成長してしまっているのだなと男は思う。

 目の前に立つ少年に感じる違和感の正体。それがアンバランスに成長した心であるということに行きあたると、やり切れなさが心を満たす。


 自分の胸の高さほどの身の丈の少年が、これ程に強い意思を持ち、その瞳に宿すほむらはそこらの剣客よりよほど強い気配けはいを辺りに放っている。


 普通の少年がこのような気配を放つなど到底考えられない。


 この小さな体躯でどれほどの悲しみを受け止め、乗り越えてきたのかを思い、壮年の男は少年に尊敬の念を抱く。


 だからこそ、少年の願いを聞き入れたくなった。少し肩入れしたくなったのだ。馬から降りた男が口を開く。


「名を、何と申す」


 壮年の男は足元に落ちていた細い木の枝を手に取りながら少年に問いかける。


「……です」


 ふむ、と思案する素振りを見せて男は少年を見る。少年の名に思い当たることがあった。


「お主あの時の……。ロレーヌ家の息子か。なぜ姓を名乗らぬ」


 今向かっている村を治めていた領主にそのような名前の息子がいた。おそらく間違いないだろうとあたりを付ける。


「父と母は死にました。僕は三代目だから家督を継ぐことができません。だから僕はもうロレーヌではありません」


 はっきりと言葉にする少年に好感を抱く。


 貴族として育ち、それを手放すことは容易たやすいことではない。


 手にした枝を振ってしなりを確かめながら男は少年に正対する。


 木剣を持つ少年は、木の枝を持って気配が変わった男の圧力に後退あとずさりしそうになる。


「ほう……、退がらんか。なら……」


 男の放つ気配の質が変わる。先程までの押し出すような圧力ではなく、斬りつけるような殺気に少年が体を強張こわばらせた。


 男が手にしているのは落ちていた木の枝なのに、少年にはそれが鋭い真剣に感じられる。


 怖い、少年は自らの身体が恐怖に固まろうとする。


 力を抜かなきゃ、少年は軽く体を揺らして脱力していく。

 恐怖がやわらぎ薄れていくにつれて、周囲の音が聞こえなくなっていく。


「おぉ……」


 男は少年の気配が希薄きはくになるのを見て嘆息たんそくする。風を受けぬいだ水面みなものような少年のたたずまいに、打ち込む事ができなかった。


 どこに打ち込んでも身をかわされるか、受けられるビジョンしか見えなかったのである。


 男は枝を下ろすと少年に真っ直ぐに向き直る。


「少し見くびっておったよ。見た目だけならまだ子供も子供なもんでな。すまなんだ。お主のそれは我流か?よくその歳でそこまでに至ったもんじゃな。今お主が見せたそりゃ、明鏡止水めいきょうしすいと言うてな、達人の領域じゃわい」


 約束じゃの、と呟いて少年に木剣を仕舞しまうようにうながす。


 並んで歩きながら少年の半生を語らせる。


 貴族の家に生まれたこと。


 妹が生まれ、その小さな手が少年の手を握った時に兄となった事を自覚したこと。


 何を置いてもこの小さな手を守ろうと思ったこと。


 兄妹ともに両親に愛され、よく学び、よく遊び、過ごしてきたこと。


 ある日館に忍び込んだ夜盗に両親が殺されたこと。


 生き残った二人は近くの村の村長に引き取られたこと。


 そして今日、村外れで木剣を振っているときに夜盗から妹と自分を助けてくれた冒険者を見つけたこと。


「悔しかった……」


 話しているうちに感極まったのか涙ぐみながら少年は身をふるわせる。


 妹に凶刃きょうじんが迫った時、妹におおかぶさり、身代みがわりになることしか出来なかった自分をいていた。


 自分が先に死ぬか、後に死ぬか、その差しか生まない選択だった。


 吐き出すように不甲斐ふがいな無い自分をなげく言葉に、男はかける言葉に詰まる。


 「そうか……。なら、強うならんとのぅ」


 そのように声をかけたが、男は知っていた。


 男が扉を蹴破り部屋に踊り込んだ時、少年は刃物を振りかざす夜盗四人を相手に妹を抱き締め、守ろうとしていたことを。


 当時、六歳かそこいらの幼さで逃げる事なく立ち向かう様にまぎれも無い強さを見た。


 お主は強かったよと、そう言わなかったのは、少年が認められることをまだ望んでいないように見えたからである。


 少年が自分を許せる時が来るまで、その言葉は取っておこうと男は思う。


 目指す村長の家に着いたのち、少年は仕事があると斧を手に家の裏手へと消えていった。

 入り口から声をかけて戸が開くのを待つ。招き入れられた応接間で家主が来るのを待った。しばらくして家主が現れる。


「お呼び立てして申し訳ありません。話というのは当家で預かっている子供達についてなのですが……」


そう切り出した村長に男が答える。


奇遇きぐうじゃな。儂もそのことで話がある」

 

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