第23話 売り物と買い物
「あっ、ごめんなさい!」
急ぎ足のクラリスが前方不注意で狐の獣人にぶつかり謝罪した。
狐の獣人もすぐさまこちらこそ、と譲ってくれる。
「あれ?お姉ちゃん、あんたは……」
と狐の獣人が口にしたのを見て、クラリスも地竜の火酒亭の常連さんの中に見覚えがあることに気が付いた。
「ごめんなさい、急いでて」
申し訳なさそうにそう言うと目当てのギルドストアへ駆けて行く。
今は人の相手をしている場合じゃない。
可愛いモフモフの一大事なのである。
お腹に赤ちゃんのいる銀狼ファリスが、無事にお産を乗り切れるかどうかの瀬戸際なのだ。
アコライトのエリスとの別れ際に気になる事を聞いた。
ファリスのことだ。
ファリスはフェンリルという魔物で、伝承によるとお産に
黄金の林檎は滅多に市場に出てこない。
お金に困れば銀貨五十枚で売れるために現物資産として持っていたりもする。
市場に出れば買い取りの倍、小金貨一枚の値段で売られることになる。
クラリスが月に貰う給金が小金貨二枚であることを考えるとかなりの値の張る商品だ。
そして非常に希少価値が高いためそこら辺の店にはそもそも売っていないのである。
時間的にも何件も周る余裕はないように思えた。
だからクラリスは商人ギルド別館のギルドストアにそれがあることに賭けた。
商人ギルドにはギルドストアと呼ばれるレアな商品を主に取り扱う小売商が軒を連ねている。
3階建てのモールになっており商人ではない一般人でも入場できる。
銀貨一枚の入場料が取られるが、それさえ払えば自由に買い物ができる。
クラリスは急ぎ足で一階の店舗を見て周るが黄金の林檎は見付からなかった。
二階へ上がり、再び探し始める。
クラリスの胸に不安がよぎる。
見付からなかったらファリスの身に何かあるかもしれない。
「きっとある。信じよう、見付けてみせる」
自分を
三階へ歩みを進めてすぐ、階段脇の店舗の入り口にそれは飾られていた。
金色に輝く林檎がガラスのケースに蔵められていた。
照明の魔石の光を受けて美しく輝く林檎はまるで宝石のような
「おや、そちらの林檎がお気に召しましたか。それは農家の栽培した林檎の木で成ったものではなく、南の森の奥で採れた天然物の黄金の林檎です。なかなかお目にかかれない
「こ、これ!いくらですか!」
「そうですなぁ。今は林檎が成る時期でもないのでね。物自体が入ってこないんですよねぇ。人目を引くための看板商品なんでねぇ。小金貨五枚といったところですかなぁ」
クラリスは目の前が暗くなる。
「小金貨五枚?!そんなにするんですか?!」
「まあ、こういったものは時価だからねぇ。他の店ではもっと安いかもしれないけど、うちでは小金貨五枚だね」
小金貨五枚……。とつぶやいてクラリスは俯いた。
流石に給金の2ヶ月半分もの金額は持っていない。
かといって他の店を周るほど時間も残されておらず
「んー。ならばどうだろう、分割払いでの支払いを認めようじゃないか。支払いを6回に分ければなんとかなるんじゃないかね。ただし、その場合総額で小金貨六枚を払ってもらう。どうかね?」
商人はやんわりとした態度で分割払いを提示してくる。その金額ならギリギリ払えるかとクラリスが
「あかん、あかん。話にならんわ。そもそも林檎の収穫が2ヶ月後に始まるのに小金貨五枚の価値なんかあるかいな。そもそも天然物も栽培も物が変わらんのに価値も変わらんわ。ええとこ銀貨八十枚が関の山やろ。それ以上は出えへんで」
突然現れた
「なんだ、お前は。わしはこのお嬢ちゃんと話しているんだ。商売の邪魔をするな」
マールは、にやりと
「うち?うちはこのお嬢ちゃんのお抱え商人や。お嬢ちゃんの店で仕入れるものの目利きをさしてもろてるんやわ。買いかどうか、値付け目利きの担当や」
驚くクラリスを置いてけぼりにして、マールが
「なあ、おっちゃん。なんぼなんでも小金貨五枚はぼりすぎや。素人相手にそんな商売したことが世間に知れたら商人ギルドかて黙ってへんやろ。あんた、ここで商売出来へんようになるんとちゃう?銀貨八十。それで譲って、さっきの話は無かったことにしよ。な?」
捲し立てるマールに店主の
「冗談はやめてくれ。銀貨八十枚では利益が出んどころか赤字になるわい。最低でも小金貨二枚は貰わんと話にもならんわ」
店主がそう捲し立てると、マールがもう一度ニヤリと笑う。
「えらい値下がりしはったな。小金貨五枚が小金貨二枚てな。小金貨二枚でええんやな」
マールに問われた店主が勝ち誇った顔で二枚で売ってやろうと言うとマールが分かった、それでええわ。と小袋から小金貨二枚を取り出し、黄金の林檎を受け取った。
店の中に戻り、金庫に小金貨をしまった店主にマールが声をかける。
「ところで」
足を止めて振り返った店主にマールが飛び切りの笑顔で話しかける。
「今な、うち、あんたが素人相手に小金貨二枚の商品を小金貨六枚で売ろうとしたっちゅう情報を握ってるんやけどな」
そこまで言うと言葉を区切り、
「これはギルドに知られたら困るわなぁ。この情報をうちが忘れるのに小金貨一枚と銀貨五十枚くらい必要そうやわ。どうする?買う?」
青くなった店主はマールをしばらくの間
店を出て、二人が一階ホールまで戻るとマールがクラリスに黄金の林檎を手渡して銀貨五十枚を要求する。
「えっと、いいの?小金貨二枚は用意してたんだけど」
クラリスは正直に目の前の狐の獣人に資金を晒す。
「あんたな、商人相手に財布の底なんか見せたらあかんで。あのおっさんもあんたが慌ててるのにつけ込んでぼったくったろうとしてたやん」
呆れ顔でマールが続ける。
「まあ、うちはおっさん相手に小金貨二枚払ろて、小金貨一枚と銀貨五十枚で口止めされたから、都合銀貨五十枚しか払ろてへんしな。利益は出てへんけど損もしてへん。あのおっさんも銀貨五十枚くらいでその林檎を仕入れてるから損はしてへんよ」
そこまで聞いてクラリスは不思議に思う。
よく顔を合わせるだけの食堂の店員になぜこんなに肩入れしてくれるのか。
「利益にもならないのにどうして?お互いの名前も知らないのに?」
そうクラリスが疑問を投じるとマールがクラリスをじっと見る。
「うちはマール。見ての通りの商人や。商人やから売れるもんは売るし、買えるもんは買う」
クラリスが売り物と買い物?とオウム返しに呟くと、マールは、そうと頷く。
「うちが今日売ったのは恩や。あんたに恩を売って、あんたが将来、商人を必要とする立場になったら売った恩の代金で信頼を買うわ。商人は物と人と金を繋げて橋渡しするのが仕事やから、恩を売れる時には売れるだけ売っとかな損やと思てるんよ」
そう言うとマールは出会ってから一番可愛い笑顔で笑って見せた。その笑顔に同性ながら心がキュッとなる。
「わたしはクラリス。ありがとう、きっとこれでファリスに何か起きても何とかなる気がする」
クラリスは何度もマールにお礼を言って商人ギルドを後にした。
ファリス……。マールは立ち去るクラリスを見送りながら疑念を確信へと変えた。
クラリスから感じた匂いは南の森の神獣の匂いであると。
そうであればクラリスが黄金の林檎を欲した訳も理解できるし、手を貸したことにも意味があったと思えた。
獣人にとって神獣は神と同義である。
クラリスと別れてから戻ってきたギルドの保存魔法の列はもうそれほど長くはなかった。
神獣様のお導きやねと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます