第22話 商人の世界

 商人ギルドは、いつになく賑わっていた。


 保存魔法の列に並ぶ者、定期便を担うキャラバンの出発予定を確認する者、目的は様々だが皆殺気立っている。


 命より大切なお金がかっているのだから無理も無い。


 ふと掲示板をみると変わった張り紙が目に付いた。


【商業都市バルドブルグの情報求む】

 五日前から商業都市バルドブルグと連絡が取れず、調査に向かった冒険者も戻ってきません。定期的に行き来のある隊商も帰ってこず、後から出発した隊商も音信が途絶えています。何か情報をお持ちの方はギルドカウンターまで申し出て下さい。謝礼は情報の価値に応じて金貨400枚を上限にお支払いします。


 マールは張り紙に想いを馳せる。


 四百枚の金貨は魅力的だ。が、行ったことのないマールには出せる情報が無かった。


 バルドブルグは国境に面した貿易都市である。交易の中心地で観光地としても人気の街である。


 大和王国とマリスタニア王国の特産品が交わるために、変わった文化が発達した独特の街だと聞いている。


 食べ物も両国の名物料理が集まり、人気の一端を担っている。


「全く連絡がつかないらしいな」


 背後から声をかけられ、振り返ると髭面ひげづら恰幅かっぷくの良い男がマール越しに張り紙を見ていた。


「ああ、マスター。これ、どないしたん?通信の魔道具も使えへんの?」


 マールがそう聞くと、マスターと呼ばれた男が渋面じゅうめんを浮かべてため息をつく。


「大商会の何件かが試したようだが、どうもダメらしい。通信の魔道具自体は繋がっているみたいなんだが、声を掛けても人が出ないんだとよ」


 人が居ない?マールは少し考えて少し心の中がざわつくのを感じる。


 つまり、今街には人が居ないのだ。


 これまでの大店おおだなが、何かあって街を離れたのかかく、人が居ない可能性がある。


 貿易都市ともなると大商会が店を構え、小さな行商人が入り込む余地は無い。


 隙間で細々と商いを強いられることになる。


 考えようによってはこれ以上ない好機である。


 そこまで思いをせてマールは踏みとどまった。


 根っこの部分から商人になっちゃったな、と複雑な思いに駆られる。


 商人の世界には様々な格言があり、その教えには人の命よりも金の価値が高いとするものが沢山ある。


 現にマールの命は金よりも軽く、お金が無いせいで死にかけたし、迫害はくがいにもった。


 でもそうではない、ともマールは思うのだ。


「最悪の場合、誰一人生きちゃいないかもな。そしたらマール、お前……」


 髭面のギルドマスターがそこまで口にしたところで、人の不幸を金に変えるつもりはあらへんからなとマールが制止する。


「そうか、お綺麗なこったな。だがまあ、必ずしも人の不幸を飯の種にするわけじゃないさ。人と物と金を橋渡しするのが商人だ。物のない所に物を持っていけば喜ばれるし、人が足りてない所に人を連れていけば感謝されようよ。それで手数料を取っても誰も不幸にはしないだろ?まあ、中にはアコギなやつもいるけどな。それも自己責任だわ。いずれにせよ、好機は好機だ。売り買いのタイミングを逃すなよ?」


 心得こころえておくわ、とマールは答えてギルドの奥へと歩みを進める。


 保存の魔法をかけてもらって、今夜の宿を探さないと、そう考えながら頭の隅で少しだけ貿易都市で店を構える夢を見たのだった。


 そうしたら、少しは良い人生だと言えるのだろうか。

 そう考えながら彼女は店舗を構えた商人となった自分を想像して少しにやけてしまう。


「あっ、ごめんなさい」


 ふいに右肩に衝撃を感じ謝罪を受けて余所見をしていた自分に気付く。


「いえ、こちらこそ。あれ?お姉ちゃん、あんたは……」


 ぶつかった相手は酒場の女の子だ。名前は何だったか。

 ごめんなさい、急いでて。とそう言うとギルドストアに消えていく。


「なんやろ。なんか買いもんか?んー、気になるなぁ。それにあの匂い……」


 マールは狐の獣人で、割と匂いには敏感である。


 実際には匂いより勘が優っているのだが、その嗅覚が何かを告げていた。


 商売になるかもしれへんな、そうつぶやくとマールはクラリスの後を追ってギルドストアへと消えて行った。

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