第21話 商人

「出られへんってどういうことや。理由教えてや。こっちは仕入れた果物やら肉も抱えてんねん。1日遅れたらその分鮮度落ちて商品価値が下がるんやで」


 こんなことを喚いても仕方がないことは分かっていた。

 街中にひびいたかねが非常事態をげていたからである。


 そういった時、大抵の街は出入りが制限される。

 悪いなマール、と衛兵がそう商人に告げ、安全の為だと説明する。


 しゃあないか、商人はそう呟いて門を後にする。

 まだ噂の域だがスタンピードが起きているという話もある。


 もし街の外でそんなものに巻き込まれれば絶対に助かることはない。


 商人ギルドに引き返して保存の魔法をかけてもらわな、ああ、余計な出費やなぁ、などと取り留めもなく愚痴ぐちが頭の中を駆け巡る。


 せやけど……、と商人は違和感に行き当たる。


「何で今なんやろ……」


 今は秋口。気温は下がり始め、繁殖はんしょくには向いていない季節である。


 動物や虫の性質を残す魔獣と呼ばれる魔物は、繁殖や食性に関しても動物や虫であった頃の名残なごりがある。


 魔素を身体に溜め込んだ動物は次の世代で魔獣を産む。

 しかし、魔獣は魔獣を産まない。


 魔獣は一代限りで、魔獣同士や魔獣と動物が交わると次に産まれてくるのは普通の動物である。


 体内の魔素が濃いため、さらに次代は魔獣になるが必ず一代おきに循環する。


 つまりスタンピードの原因である魔獣は、普通の動物や虫が繁殖した結果であり、通常それは春に起こるはずなのだ。何かが引っかかって商人は釈然としない思いに囚われる。


 考えてもしゃーないか。


 商人は頭を切り替えて商人ギルドへと馬車を進めた。


 果物や肉に保存の魔法をかけてもらわなければ大赤字となってしまう。


「どっかに大商いさせてくれる貴族の大旦那とかおらんかな」


 そう独り言を呟いた。


 馬車をぎょしながら商人は昔を振り返る。


 必ず大商人と呼ばれてみせる。


 故郷こきょうった時、商人はそう心に決めた。


 衛兵にマールと呼ばれた少女は故郷で村人達から酷い扱いを受けた。


 物心がついた時、狐の獣人である彼女には両親が居なかった。


 孤児である彼女は教会で配られるスープをもらい、森で山菜や木の実でって何とか生き長らえた。


 ほそり、汚れた見た目の非力な獣人は村の子供達の恰好かっこう餌食えじきとなった。


 石を投げられ、揶揄やゆされ、見て見ないふりをする大人達の冷たい態度に耐えながら、自分の何が悪いからこんな目にうのかを考えた。


 なぜいじめられるのかが分からなかったからである。


 きっと何か悪いことをしたからそのむくいなんだと思った。


 スープをくれる教会のシスターは、悪いことをすると酷い目に遭う。神様は見ていて必ず罰が下されると言っていた。


 だから酷い目に遭っている自分は、何か悪いことをしてしまったのだと考えた。


 大人になるにつれて、そうではないのだと分かった。


 自分はただのぐちだったのだと知った。


 彼女は信仰を捨てて、スープを貰うたびにしていた感謝の祈りをやめた。


 彼女が至ったのは、金貨を稼げばいい、食べる物に困らなければ、幸せに生きられるという歪んだ結論。


 彼女は森で採った薬草を隣の村で売るようになり、貯めた資金で他所で売れる物を買っては売れる場所に持って行き、そこで売るようになった。


 そうして気が付くと故郷で彼女に酷い扱いをするものは居なくなっていた。


 マールが居なければ塩が手に入らない。


 マールが居なければ小麦の粉が手に入らない。


 マールが居なければ酒が手に入らない。


 マールが流通を押さえた村に、他の行商人は来なくなっていた。


 わざわざ来てもそれほど高くは物が売れないからである。


 そうやって少しずつマールは村にとって、なくてはならない存在になるまで自らの価値を高めてから黙ってその村を出た。 

 これがマールなりの復讐だった。


 流通を押さえて村人がマールの商品に頼りきりになった後、その手を離す。


 いつものように隣村に仕入れに出るスタイルで村を出て、その後マールは王都に進路を変えた。


 最初に異変に気付いたのは村の雑貨屋だった。


 いつもなら二日で帰ってくるマールが四日っても帰ってこない。


 最初は単に交渉が長引いているのかと思い、さらに二日経って事故を疑った。


 しかし街道沿いにやってくる旅人からはそんな話は聞こえてこない。


 雑貨屋は村長にマールが帰ってこないと話を持ちかけにいく。


 しかし、孤児の獣人が姿を消した程度で何を大袈裟おおげさなと話は打ち切られた。


 これが村にとって大きな痛手いたでとなる悪手あくしゅであった。


 村の生活必需品の仕入れ先は、もう何年も前から全てマールが握っていた。


 まず果物が手に入らなくなった。


 次に塩の備蓄が無くなり始め、小麦の粉が手に入らなくなった。


 月に一度、農作物の買い取りに来る行商人が、村の窮状きゅうじょうを見て商品を持ってくるようになった。


 これまでの五倍以上の値段で。


 村は貧しく痩せ衰えていき、誰もがマールの復讐の恐ろしさを知った。


 村や町にとって、金は血液である。


 マールは自分が石を投げられて流した血の倍量、村に血を流させた。


 マールは自分が商人だから、売られた物は買うべきだと村人からの酷い扱いを買い取り、受け入れた。

 そして倍の値段で売り抜けたのである。


「うちは商人やからな、等価交換やないわ」


 残悔ざんかいするようにぽつりとつぶやくと馬車を停め、商人ギルドのドアマンに馬車を任せて扉の中へ消えていった。

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