第18話 冒険者と魔術師
同じ建物の一階で銀狼がモフモフと人気を博していた同時刻、三階のマスタールームでは2人の人間と2人の亜人が渋い顔でローテーブル上の地図を
「正面の南門を王国兵が担当するなら、わしら冒険者ギルドは西門の防衛でええかの」
「これだから
見下すように斜め上から投げつけられた言葉にドワーフと負けじと反論する。
「黙れ、このいけすかないエルフの小娘が。普段から部屋に
昼過ぎに集まってからずっとこの調子で言い争う二人に口を挟むことも出来ず、2人の人間はそろそろうんざりし始めている。身なりが良く、両者とも貴族である事が見て取れる。
「まあ、お二人とも
ヒルデガルデと呼ばれたエルフは貴族らしく女性を褒めながら話す男に笑顔で向き直ると嫌ですわ、私など、と軽く謝辞を行いドワーフから顔を背ける。
女性に話しかける前に褒めなければならないという貴族特有のルール、この教えに貴族達は後々感謝することになる。
「お前らこの女の本性を知らんから
貴族達はヒルデガルデに視線を送りながら少し後退る。ドワーフは嘘をつかない。
かわりに都合の悪い事には堅く沈黙するのだ。つまり、今の話は全て事実である。
「黙りなさい野蛮なドワーフ。何か鉄の塊程度の鈍器をブンブン振り回して勝ち負けしている分際で口を開かないで欲しいものだわ。知性に乏しいドワーフには、女性に対して失礼な言葉が何かすら分からないのね。破壊の化身だなんてよくも言えたものね」
一通りの罵倒を静かに聞いてから、ドワーフが机の上にある地図の端、大きな湖のある場所を指差す。
「ぬしら、この湖を知っておるか。これはな……」
「やめなさい!」
ヒルデガルデが
「ここにはな、昔オーガの群れが住んでおった。片言じゃが言葉を話す個体もおってな。近くの村から女を
ドワーフは続ける。
「あるとき、国から要請を受けた冒険者のパーティーが討伐に向かったんじゃがな。オーガロードと
みるとヒルデガルデの顔が見る見る赤くなる。
「その女と言うのが此奴でな。それはもう手が付けられんほどキレてのぅ。事もあろうにこのクソエルフは禁呪を詠みはじめおった」
貴族が額に汗を浮かべながらごくりとのどを鳴らす。
「そう、その時の魔法が原因で地図でいうこの辺り一帯が
溜息混じりに話すドワーフに、ぷるぷると小刻みに震えるヒルデガルデの握りこぶし。
「焼け残ったオーガロードの剣を見てこの女はまだ怒りを抑えられんでの。『ああ、まだ残っているじゃない。私もまだまだね。』と言い出して続け
言葉を失う貴族にヒルデガルデは当たり前ですよね。とにっこりと優しい笑みをたたえながら語り始める。
「あんな失礼な種族、
静かな怒りを
そして女性に失礼なことを言わない教育を受ける貴族に生まれたことをあらためて神に感謝した。
彼らは彼女がオーガと共に『駄肉』を憎む発言をしたことも聞き逃さない。
先程の言は聞きようによっては駄肉も半分滅ぼしたようにも取れるが大丈夫だろうか。
いや、大丈夫に違いない、そう心の中で呟きながら貴族二人は
彼女と目が合うと恐怖が心を縛る音が聞こえた気がした。深く根を張った恐怖が
1.豊満な胸を讃えれば死ぬ
2.慎ましやかな胸を讃えてもおそらく死ぬ
貴族は口は災いの元であると認識を新たにした。
沈黙は金、雄弁は銀というが雄弁がもたらすのは死かもしれない。
沈黙する貴族を他所に、ヒルデガルデが話を戻す。
「それでは魔術師ギルドから各所に6名ずつ、合計で30名を派遣いたしますわ。内訳や具体的な配置については指示してあげてくださいませ。6名に一人は上級魔法を詠める者を入れておきます。ただ、安全策として至近距離で危難を感知すると装備者を本部へ転送する魔道具を持たせます。ご容赦あそばせ」
そう言うとソファに腰掛け、冷めた紅茶に手をつけた。
「なんじゃ。近くまで来られたら魔術師は消えよるのか」
ドワーフがそう言うと、ヒルデガルデが面倒臭そうに答える。
「近寄らせなければ良いだけですわ。そんなこともできないなら『暴風』なんて大層な二つ名は返上して『そよ風』辺りを名乗るといいわよ、ギムル・タレット」
ギムル・タレットと呼ばれたドワーフは冒険者から暴風の二つ名で呼ばれるギルドマスターである。
初代勇者パーティーの一員で、鍛治と肉弾戦と裁縫が専門である。
特に肉弾戦を取り上げて暴風という二つ名が付いたが、本職は鍛治のため本人はその二つ名が嫌いである。
「黙れこの軽薄なエルフめ。
「あ……」
貴族二人がそう声を漏らすと
顔に張り付いたような笑顔を浮かべたまま、ギムルの肩に手を置くと瞬きをする暇もなく二人が消える。
「え……と、どうするべきですかな」
「さて……、少し待ってみ……」
そう言いかける貴族の言葉を遮るように、ドン!という地鳴りを伴う衝撃音が響き、ギルド三階の窓から見える外壁の向こうに光の柱が立つ。
壁の外の空に黒煙が上がり、貴族達はそこに二人が居ることを悟った。
そして部屋の中に向き直るとそこにはヒルデガルデだけが戻っており、ソファに腰掛けて紅茶を飲んでいる。
「ごめんあそばせ。粗大ゴミを街の外に持って出て焼いてまいりました。紅茶のおかわりを指示してくださるギルドマスターも不在になりましたし、わたくしもこれで失礼いたします」
そう言うと立ち上がりドアに向かって歩き始める。
「あの、ギムル氏は……」
その言葉にヒルデガルデは少し眉を
二人の貴族は机の上の地図を見て、街の外に湖ができないかを心配し、全身にびっしょりと汗をかいていることに気付く。
二人は部屋を支配した恐怖の鎖から少しずつ自分を取り戻しながら、ぽつりぽつりと話はじめた。
「貴族にあるまじきことかも知れないが、一つ告白したいことがあるんだ。聞いてくれるかね」
「聞こうじゃないか。そして、うちの屋敷で少し話し合おう。風呂の用意をさせる」
「ありがたい。告白とは他でもない。あまりの恐怖に全身に汗をかいてびしょびしょなのだが、股間のそれは汗ではないかも知れない」
「そうか、だが心配ない。わたしもだ。ちょっと出たように思うが、何が出たかについてはお互い
二人の若い貴族は後の世に英傑として名を残す。そして、彼らの言葉が後の書物にはこのように、ウィットに富んだ冗談として書き残されるのだ。
「数々の戦場にある恐怖など大したことはない。誇りある女性の怒りを買うことに比べれば」
この言葉が意味することが文字通りであることを知るのは当人二人だけであり、世に知られることはない。
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