第14話 焦燥

「そこ、もう少し低く。土塁が射線を遮らない様に。油の準備急いで。空堀は燃えやすい草と布を敷いて」


 外壁の外では、慌ただしく土塁どるい空堀からぼりの準備、矢と油の搬送が行われる。


 いしゆみの向きが調整され、つるが新調される。


 森の中には弓士が様々な罠を設置し、こちら側から見ればそれとわかる目印を付けていく。


 暴走する魔物は振り返ったり、回り込んで罠の有無を確認したりはしないため目印は分かりやすく付いている。


 魔物同士は他種族連合であり、異種族同士で意思疎通しないという前提だが、指揮官が現れると罠を回避される可能性も高くなる。


 今回は細かい作戦立案を周知する暇がないため味方が罠に掛からないようにすることが第一である。


 森に前線を押し込んで味方の歩兵が罠で負傷しては意味がない。


 土塁は土魔法で空堀を掘り、その土を押し上げて固めたもので、一から土を創造しない分魔力はあまり使わない。


 魔力を土を固める強度に回せる分、作りとしては堅牢けんろうとなる。


 大型の魔物の突進三から四体分であれば崩れずに受け止めてくれる。


 崩れたら空堀にはまって動けないうちに新たに土魔法で盛り上げる。


 空堀の油には火を放つが、この火の目的は火による外部ダメージではない。


 固められた土に撒かれた油は空堀から魔物が這い上がる事を邪魔する効果がある。


 空堀は急勾配の坂のように切られており上部が広く底が狭い。

 油に足を取られて滑りながら、堀の底は極度の酸欠状態となる。

 魔物も生き物に魔力が宿ったタイプであれば窒息して動けなくなる。

 動けない魔物が空堀にあふれて埋まるまでは機能する。


「どっちに行こうかしら」


 ロングボウとショートボウを前にアーリアが頭を悩ませていた。

 外壁を担当するならロングボウで土塁の頭越しに森の際に矢を射掛け続ける。


 森の中を担当するならショートボウを持って森の中に潜み、木の上から直下の魔物を射つ。

 一通り考えた後アーリアはロングボウを持って外壁へ向かう。


 土塁と空堀を突破して外壁まで到達した魔物を射止める。


 最悪の場合、街中に引き返してクラリスを守るには森の中は遠すぎる。


 きっと貴族街の門も王城の門も開かない。

 だからクラリスを避難させるなら外壁の上か中である。


 つまり、街中に入り込んだ魔物を討伐、足止めしながらクラリスのいる兵舎横の地竜の火酒亭まで駆け抜けた後に、向こうから押し寄せる魔物をかき分けて外壁まで戻ることになる。

 

「協力者がいるなぁ」

 

 アーリアは自分の腕には自信を持っている。

 しかし、自分があくまで後衛であることも自覚していた。


 前衛が要る。しかも兵役の義務を一時的に放棄してくれるような。

 持ち場を離れれば当然職務放棄と見做みなされ、最悪の場合、軍法会議にかけられる。


 もし仮に敵前逃亡と判断されれば、出た被害によっては処刑されることもあり得る。


 正に命懸けである。

 あせりがつのり背中にかいた汗で下着が貼り付き不快な熱気を帯びる。


 アーリアがそんな協力者なんて居るわけないよなぁと外壁の上部に出て歩いていると、モリアスがロランと話しているところに出会でくわした。


「あ、居た」


 つい言葉に出してしまったアーリアに気付き、モリアスとロランが振り返る。


「居たってなんだよ」

「ああ、君は妹の……」


 居たわ。しかも二人も。

 さらに言うなら釣り上げたのは指揮兵に大隊長という大物だ。


 アーリアは森の神に心の中で感謝を述べながら、二人を巻き込むことに決めた。


 形振なりふりなど構っていられる状況ではなかったからである。


「提案があるの」


 アーリアはそう切り出した。

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