第13話 古き神の巫女

 暗い洞穴の中にうっすらと青白い光が広がる。

 平らにならされただけの床と言うにはいささか粗末な剥き出しの岩に、濃く青い光が模様もようしていく。


 大きく拡がりを見せるそれは多重に円を描きながら積層せきそうし、古代文字と思しき記号に似た文字を湛えた円陣は半球状にまで積み上がる。


 壁面にはぎっしりと人骨が積まれ、共同墓地カタコンベ特有のひんやりとした空気が独特の匂いを孕んで不気味な雰囲気を醸し出していた。

 積層型立体魔法陣が部屋を埋め尽くした頃、女の声が静かに部屋に響く。


 「さあ、災厄の始まりを。終わりの始まりを。死から生まれ出でてこの世界に混沌をもたらして。最も古き種族の一人。天の理も地の理をも覆す、いと古き神アトニスの名において死して囚われし汝の魂に肉を与えん」


 赤い宝玉オーブがはまった身の丈程もある魔法杖を振りかざしながら、赤いローブをまとった女の声が木霊こだまする。


 その顔はローブのフードに覆われてうかがえないが、声の印象は若々しい。白金に輝くネックレスが首元に覗いている。


 魔法陣の中央には宝玉が置かれており、無色透明だったそれが赤黒く濁っていく。

 宝玉の中で渦巻くそれは憎しみに満ちた目で外の世界へ憎悪を振り撒いている。


 「オーブが割れたら地下墓地から、外の街中へ転送されるから、頑張ってそこから出て下さいね。貴方を殺してこんな地下へ閉じ込めた人間達に復讐しないとね」


この日、世界は小さく混沌へと傾きをみせた。


 世界がいつから始まったのか、それを知る者はいないだろう。人類史が始まったことを始まりと呼ぶのか、魔族史が始まったことを始まりと呼ぶのか。

 動植物の発生を始まりと呼ぶのか。

 何れにせよ、それ以前にこの世界を創った者が居て、その者が創ったルールに沿って、この世界が巡っている。


 今はもう忘れ去られた神々。

 彼らはその名を失い、人々はその名を知る術を持たない。しかし、忘れられただけで彼等の力は失われたわけではない。


 その名を知り、その神の力を知ることが出来れば、その助けを乞うことができる。そして、古代の神々の力は現在の神々の力を遥かに凌駕する。現在の神々は忘れ去られた古代の神々の力を限定して使用することができるに過ぎない借り物だからである。


 例えるなら、水を湛える貯水池そのものが古代の神であり、その限定された行く先が現在の神である。生活用水、飲料水、農業用水として利用される水も元を辿れば貯水池の水であるように。


 アトニスは失われた古代神の名。

 その力は失われた肉を創り、生物として再誕させることすら可能にする。

 現在の魔法においては実現不可能な完全な死者の蘇生も、古代神の力を使えば不可能ではない。


 女はその力を借り世界を少し傾ける。

 その女の目指す先を知る者は誰もいない。

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