第12話 王の責務

「して、状況はどうなっておる?」


 静かに、しかし重い声が広間に響く。

 金糸きんしのあしらわれた豪奢ごうしゃ外套がいとう威厳いげんに満ちている。

 謁見えっけんのためにもうけられた広間には側近の近衛このえと大臣しかいない。


「現在、街の衛士えじがスタンピードを迎え撃つために準備を整えております。外壁の詰め所ごとに指揮を取らせておりますが、総指揮官に王国師団総長のガーランド卿を据えておりますので戦術面では問題はないと思います」


 大臣の言葉を受けてやや不満気にふむ、と頷く。

 美しく整えられた顎髭あごひげと短髪は金色に輝いている。


 年老いて尚、勇壮ゆうそうさをにじませる引き締まった体躯たいくに、あふれ出る覇気はきがその存在感を大きく見せる。


 マリスタニア王国現国王マルシコフ・ガルシア・マリスタニア。

 世界から英雄王と呼ばれた傑物けつぶつである。


「マシューが居るなら儂の出番はなさそうじゃな」


 少しの落胆を交えて英雄王が大臣に視線を送る。


「おたわむれを。王が自ら魔物のスタンピードに出向くなど。して、つかぬことをお聞きしますが王よ。何故なにゆえ、宝物殿にあるはずの魔法武具である全身鎧に国宝の聖剣を身に付けておられるのか。ご説明願えますかな?」


 大臣がやや投げやりにそう問うとバツが悪そうに国王が答える。


「いや、最近そでを通してなかったもんでな。ほれ、使わずに置いておくと錆びたり傷んだりするかもしれんじゃろ?本来なら鎧なんかはオリーブの油なんかで拭かねば錆びるし、剣も錆とらんかなーと確認に、の?」


「の?じゃありませんぞ。自ら出る気であらせられたのでしょう。そもそも御前ごぜんの装備品はドラゴンゾンビのブレスを受けても腐食などするはずもない品ではございませんか」


 一呼吸おいて大臣が続ける。


「だいたい何が『して、状況はどうなっておる。』ですか。こんな人払いまでして近衛二人しかいない状況、明らかにコッソリ街に出ようとしているではありませんか。私が昼の報告に入ってきたら慌てて玉座に戻って、キリッとした顔で『して、状況はどうなっておる。』ですと?」


 大きく溜息をつきながら大臣は言う。


「まさか、スタンピードの状況より酷い状況が謁見の間にあるとは思いもしませんでしたぞ。威厳を放ちながら状況を悪くせんでいただきたい」


「いや、何度も言わんでも良かろうよ。ちょっと恥ずかしいではないか」


 巻き込まれたであろう近衛二人はおろおろしながら二人のやり取りを聞いていた。


「王の責務は国の先行きを守る事、であることを忘れてくださいまするな」


 大臣はそう言うとやれやれといった面持ちで王にこう続けた。


「今回だけですぞ。ロイヤルガード十名を連れて行くこと、これが条件でございます。あと、帰還の指輪を付け、未知の魔物やAランク以上の魔物が現れた場合には引いていただきます。もう若くはないのですから」


 帰還の指輪とは、生命の危険や強い殺意、ある一定以上の力を持つ魔物に反応して砕け散り、装着者を決まった場所に転移させる魔法具である。

 主に要人を暗殺などから守るために使われる。


 そう、どうせ聞きはしないのだ、目の前に戦場があればこの方は行く。

 そしてきっと無事に帰ってくるのだ。自分の心配は杞憂きゆうであると、大臣は確信している。


「確かに儂ももう若くはないのう。じゃが、若い者の中に儂より強いといえるものがいたら連れて参れ。褒美に第一王女をくれてやろう。まあ、今回は危なかったら逃げてくるわい。それとな、国の先行きを守るのはお主ら大臣の仕事じゃ。儂の仕事ではないわい」

 

 少し顎を上げ、睥睨へいげいするように王は言う。


「儂の、王の責務は外なる脅威から臣民を守ることよ」


 そう言うと身につけた聖鎧が輝きを帯びる。

 剣聖と呼ばれ、初代勇者パーティーの前衛を担った英雄。


 歳を重ねて尚、他の追随を許さず彼の他に剣聖と呼ばれた者はいない。

 戦闘狂バトルジャンキーの王。


 その勇壮な姿に大臣は身震いする、そしていつも深い溜息をつく。


 帰還の指輪は敵が強いと王を守り転移させるが、王は戦いの邪魔をされると怒るのだ。


 きっと罰せられることはない。


 しかし王の一番輝かしい瞬間を奪い、楽しみを奪うことに遺憾の念を覚える。


 大臣もまた、若かりし頃に目の前の英雄に憧れた一人であるから。


 王を送り出し、大臣は宝物庫へと歩みを進めた。


「じゃあ、宰相の仕事をしますかね。職権濫用といきましょうか」

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