第11話 毛並みの暴力
「ああああぁああああぁああ、ああああああぁあああーちゃん!なななな何この子!!ああああああああ人をダメにする毛並みだよ!あー!ーぁ!ーぁ!」
アーリアが地竜の火酒亭に着くと何処かから帰ってきたクラリスと入り口の前でばったりと出会った。
そしてアーリアがこの子なんだけど……と切り出した時にはもうファリスの首元に抱き着いて奇声をあげていた。
放っておくと歓喜のあまり失神しそうなので取り敢えず引きはなすことにする。
「クラリス、この子なんだけど……」
あらためてアーリアが説明を始めるとクラリスも話に耳を傾け始めた。目はファリスに釘付けのままではあったが。
「森からついてきちゃってさ、さっき従魔登録が済んだところなんだけど、この子お腹が大きいみたいなんだよ。名前はファリス。この後の街の防衛の間クラリスのと」
「うちで預かれば良いのね!分かったわ!よろしくね、ファリス。さあ、うちに入りましょう!私の部屋がいいわね!ほら!ファリス!こっちよ!」
食い気味にクラリスがファリスを連れて地竜の火酒亭の2階にある自室に連れて行こうとする。
「おばさーん、この子今晩預かることになったから!二階に連れて上がるわね!ほら!あーちゃんも!早く早く!あ、先に上がってて。飲み物持って上がるから」
建物の主人の返答など待たずにクラリスはファリスとアーリアを二階へ押し上げ、自らは飲み物を取りに厨房へと向かった。
アーリアはファリスを伴って二階のクラリスの部屋に向かう。
ファリスはドアとほぼ同じサイズの体をするりと部屋へ滑り込ませ、ベッドの脇にある窓の下にその身を横たえた。
ベッドと同じくらいの面積とベッドの二倍近い体積で部屋の一角に陣取る。
アーリアはクラリスの部屋に入ると大きく息を吸い込んで深呼吸をする。そしていつものように思うのだ。
なんでこんなにいい匂いなの!と。
来るたびに毎回感心させられる。
ほのかに花のような良い香りが漂っている。
香水のようなきついものではなく、微かに
アーリアが住む兵舎は女性ばかりの四人部屋だが、こんないい匂いはしない。
むしろかなり汗臭い。一体何が違うと言うのか。
もしかしてクラリスは汗すらお花の香りだとでも言うのだろうか。なんとも納得がいかない話である。
横を見るとファリスは既に
「あーちゃん、開けてー」
アーリアが扉を開けると両手に大きめのお盆を持ったクラリスが立っている。
盆の上には飲み物と、ちょっとしたお菓子が乗っていた。
お菓子の匂いに反応したのかファリスが頭をもたげる。
テーブルの上にお菓子と飲み物を並べた後、感極まったのかクラリスは飛びつくようにファリスに抱きついた。
「うぉおおおおおおお!あぁ!ふかふか!何これ!私ダメになる!私ダメになっちゃう!うあああぁあぁあ!」
明らかに既に人間としてダメになってしまっているがそこには触れず、アーリアがファリスについて説明を始める。
「さっきも少し言いかけたんだけど、この子お腹に赤ちゃんが居るみたいなの。見た感じから産まれるのももうすぐだと思うんだけど……」
そこまで話すと何かの
「この毛並みの赤ちゃんですって……?え?なに?今ですら呼吸困難で死ぬかも知れないくらいになっているのに?え?赤ちゃん?!あーちゃんは私をどうしたいの?!おかしくなっちゃうよ?!もう戻れないところまで行っちゃうかも知れないよ?!」
「無事に産まれたら育てる?それとも森に……」
「育てます!魔物のいる森に帰すとかダメです。私がお母さんです。責任を持って育てます」
ファリスがキョトンとした顔で、お母さんは私だけどもと言った気がした。
それに気が付いたのか、クラリスが付け加える。
「えー。わたし『も』お母さんです」
ファリスの預け先と産まれてきた子狼の行き先が決まった瞬間だった。
クラリスはどうやらお母さんになるつもりらしい。
モリアスさんにクラリスがお母さんになったと伝えたらどんな顔をするだろうか、アーリアはちょっとした先の楽しみを見つけて上機嫌だった。
未来への希望は確かにここにあると感じられたからである。
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